第4話(後編)
お姉ちゃんの逆襲です。
人混みをかき分けながら、エルナは歩いていた。
時々、パーティの勧誘を受けたが、すべて無視した。
全く取り合わずずんずん歩いて行く少女の態度を見て、勧誘者は二言目を中止して、他の受験生に矛先を向けた。
エルナの口元には、薄く笑みが浮かんでいた。
全くの予想外の展開だった。
しかし、望外のチャンスだ。
エルナはずっと待ち続けていた。
マリーが自分から巣立っていくことを。
正直に話せば、自分のパーティに置くことで、育成校に通いながら徐々に距離を開けて、自立させていくつもりではいた。
あらかじめ立てていたプラン通りにならなかったのは残念であり、自分の手でマリーを育てられなかったことに悔いはある。
けれど、自分や師匠以外の人間によって、自立が果たされることがもっとも好ましいということも、エルナは理解していた。
あのリコという少女なら、申し分がない。
心配なのは、リコが第二のエルナにならないであろうか、ということ。
しかしリコの発言や態度――少し話した程度ではあるが、そうならないと確信していた。
最高のタイミングで、最良のパーティを得たのだ、マリーは。
だが、そんなことはどうでも良かった……。
いや、どうでも良くないことはない。マリーが良い知己を得たのはめでたい。
そう――マリーがめでたいのだ。
なら、エルナが笑っている理由。
マリーという“ハンデ”から抜け出したことでもない。
姉という責務から解放されたことでもない。
……退屈だった。
勇者候補育成校入学試験。
その中でも最難関といわれるゼルデ=ディファス地方での賢者志望受験。
けれど、結果は総合1位。それもぶっちぎりだ。
もっとレベルが高いと思っていた。
優秀な人材と出会い、切磋琢磨できるのではないかと期待していた。
だが、結果は……。
拍子抜けしていたのだ。
自分に噛みついてくるような人間がいない。
獅子も虎もいない楽園に――。
けれど、ちゃんと潜んでいた。
獅子でも虎でもなかったが、自分に敵意を剥き出しにして襲ってこようとする受験生が……。
それが溜まらなく嬉しかった。
今にも大口を開けて笑い出したくなるほどにだ。
“気”が腹の中で渦を巻き、今にも爆発しそうになる。
でも、少し――。
――寂しいものね……。
ふと振り返った。
そこに妹はいない。
ライバルたちが、パーティ組みにしのぎを削っている姿が見えた。
エルナは前を向く。
「さ! お姉ちゃん、逆襲するわよ!」
拳を空に向かって大きく振り上げた。
「あー、いたいた!」
徐々に会場から受験生がいなくなっていく。
実技試験場へと続く道の方では、受験生が集まり、武器や道具の確認している。時折、鬨の声を上げて、自分たちを鼓舞するパーティもいる。
おそらくほとんどが初めてなのだろう。
青白い顔をし、足を引きずるようにダンジョンに向かっていくものもいれば、初ダンジョンに興奮しているものもいる。だいたい半々といったところだ。
そんな中、会場の隅の街灯に寄りかかっている1人の少女を見つけた。
黒く長い髪に、白い肌。肩と腰、胸だけをカバーした鎧からは、鍛え抜かれた腹筋が見え隠れしている。
瞼は固く閉じた少女は、同い年とは思えない独特の覇気を纏っていた。
「よかった。もう誰かと組んでいるのかと思ってた。……こんなところであなた、何をしているの?」
少女は薄く目を開けた。
「みんな、パーティ決めてるわよ。早くしないと残り物だけになっちゃう」
そうだ――。実技試験の残酷なところは、最終的に残るのが成績の低い下位の人間ばかりだということだ。そして最後の最後は、下位同士のパーティになる。となれば、実技試験の結果は目に見えているも同然だ。
それがわかってる成績下位の人間で、少し口の立つ受験生は、一生懸命に自分を売り込む。なんとか上位の人間が集まるパーティに入れば、かなりの幸運だ。
しかし、勧誘などしたことがない受験生は、たちまち置いてかれ、後は同じような境遇のメンバーと組まなければならない。
失意の底に埋まった受験生のパーティは、もはやお通夜状態だ。
エルナからすれば、会場の端でじっと構えている少女の行動が理解出来なかった。
――まあ……。らしいといえば、らしいけど……。
「どこかであったな」
「覚えてるんだ。そうそう。筋力テストの時に、あなたの後ろに並んでたのよ、私……」
「だったか……」
「あなた、ヴェルテ・ロードナアさんでしょ?」
眼鏡の奥の眼光が、初めてエルナを捉えた。
マリーも眼鏡っ子だが、迫力は段違いだ。
「そんな怖い顔をしないで……。言ったでしょ? あなたの後ろに並んでたって。名前ぐらい聞こえて当然でしょ?」
「……」
「私の名前はエルナ・ワドナー」
「ワドナー……。ああ、トップ成績の」
「あら。意外と知られているのね、私……」
「たまたまだ。――というか、総合トップの人間の名前ぐらいはイヤでも耳にするだろう」
「へへへ……」
「で――。そのトップの人間が私に何か用か?」
「あなたに興味があるの……」
「どっちかといえば、私はノーマルだ」
少し考えてから、エルナは顔を真っ赤にした。
「違う!! そういうのじゃなくて……」
「からかっただけだ」
「あ、そう……。イマイチあなたのキャラって掴みどころがないわね。――あなたを私のパーティに迎えたいっていうこと」
「パーティに? ……知っているのか、私の順位は――」
「251位。基礎体力項目ではそこそこ高いけど、他の項目では低調。筆記も中の下ってとこだったわね」
「わかっているなら、話が早い。……私のような戦士を選ばなくても、お前ほどの人間なら引く手あまただろう。放っておいても、成績の上位クラスがパーティとして誘いにくるはずだ」
「否定はしないわ。……でも、私のパーティは私が作らなければ意味がない」
「……」
「で、最初の質問に戻るけど、あなたこんなところで何をやっているの? パーティ決め、終わっちゃうわよ」
「興味がない。あまりものでいい」
「なら、私もそれでいいわ。あまりものには賭博の神が宿るっていうしね」
エルナはヴェルテが立ってる横で座り込んだ。
「お前……」
「お前じゃなくて、エルナって呼んで。これからパーティになるんだから。仲良くしましょ」
「まだ何も――」
「それに興味があるのよ。“魔剣士が魔剣を振るっているところ”」
「――――!」
眼鏡の奥の瞳が、大きく広がっていくのを見た。
反応を見ながら、エルナは悪戯っぽく笑う。
「やっと人間らしい反応を見せたわね。心配しないで。私はあなたがそういう人物だって知って誘ってるのよ」
「……好きにしろ」
ヴェルテは大きく見開いた瞳をギュッと閉じる。
そして再び会った時と同じく、瞑想を始めた。
「あなたの賭博の神になるように頑張るわ」
エルナは柔らかく微笑んだ。
離れた姉妹が、共闘するシーンはあるのか?
果たして……!!
※ 明日18時投稿します。




