第2話(前編)
午後0時をお知らせします(特に言うこともない)。
午後からは複合基礎能力試験。
文字通り、筋力、体力、瞬発力、魔力、信仰などの5項目に加え、投擲、俊敏性、魔力耐久性、状態異常耐性、応用力、精神耐性など、およそ30項目に及ぶ能力数値を調べられる。
全ジョブの志望者が参加し、同じ試験を受ける。
筆記や実技に比べれば、与えられる点数は低いが、首席を狙っているエルナとすれば、手を抜くわけにはいかない。
そう。エルナは首席――つまりトップ合格を目指していた。
何故、と言われれば、さほど強い理由はない。
ただ当たり前にそう思っていた。
エルナはすでに師匠について、B級ダンジョンにまで潜り、B級賢者の暫定ライセンスを持っている。
暫定ライセンスというのは、SもしくはA級ライセンスを持つ勇者候補の弟子となった15歳以下の未成年を対象とした制度だ。
暫定ライセンスがあれば、S、A級のライセンスを持つ勇者候補が同伴であれば、15歳以下の未成年で育成校を卒業していなくても、ダンジョンに潜ることができる。
いわば、勇者候補のインターンのような制度だ。
これもアヴィンが推奨した。
というのも、彼にはアルミアという弟子がおり、当時13歳だった。
非常に才覚に優れていたことから、アヴィンのパーティに同伴し、3年後魔王の封印にも関わる。
しかし、アルミアを連れて程なくし「子供を魔王討伐に連れて歩く」ということに批判が上がる。アヴィンはなんとかその批判をかいくぐったが、長い戦争のおかげで孤児が大量に発生していた現状を憂いていた。
中にはアルミアのような才能ある人間がいるかもしれない。
そこで早急に勇者候補の徒弟制度と暫定ライセンスを作り上げたのだ。
言ってみれば、アヴィンが考えた戦争孤児対策だったのである。
平和になった後も、500年以上、制度は引き継がれ、エルナのような優秀な勇者候補志望生を生み出す温床になっている。
エルナが育成校を受験する理由は、単独でダンジョンに潜れる正規ライセンスを取ること。試験も育成校のカリキュラムも大して興味はなかった。
自分が不合格になるなんて毛ほども考えておらず、適当にやってもトップ10に入る自信はあった。
だが目指すは首席合格。
できれば、ぶっちぎりがいい。
でなければ、10年近く自分を鍛えてくれた師に申し訳が立たない。
首席合格は、エルナにとって師に対する忠誠の証だった。
今、エルナが受けている試験は、イメージコントロールのテスト。
魔力に反応する特殊な砂を使って、試験官が出すお題の絵を無手で描く。
砂に魔力を通し、お題の絵を描くのだが、難易度が高い。
細密に模写するためには、小さな砂粒1つ1つに魔力を通さなければならず、高いイメージ力と、コントロール、両方が必要になる。
それでも賢者を目指す志望者は、きっちりと床に絵を描写する。
中にはお題と寸分違わぬ絵を描いたり、魔力の位相を操作して、砂に色づけをする志望者もいる。
――最難関といわれる賢者を志望するだけあって、みんなやるわね。
順番待ちをしていたエルナは、床に次々と描かれる絵を見て、感心していた。
「次、エルナ・ワドナー!」
名前を呼ばれて、エルナは所定の位置に立つ。
一礼すると、試験官はそっとお題の絵を見せた。
オレンジ色に燃える炎の絵だった。
複雑な曲線が絡み合い、輪郭を取るのが難しい。さらに上手く濃淡を出して、奥行きを見せないと炎にすら見えないかもしれない。
比較的難しいお題と言えた。
エルナの側にいた受験生たちも、お題を見て鼻白んでいる。内心では「自分の番じゃなくてよかった」とほっと胸をなで下ろしているだろう。
――私がB級ライセンスを持ってるから……ってのは、考え過ぎよね。
顔は真剣そのものだったが、心の中では苦笑する。
「絵のようなイメージであれば、問題ないのですね?」
質問すると、試験官は黙ったまま頷いた。
なら――と、手を掲げ、集中した。
エルナの魔力に反応し、砂が青白い魔法光を帯び始める。
コントロール下に置かれた砂が徐々に中央へと集まっていく。
すると丸い1つの塊になり、さらに床から離れて浮き始めた。
横で見ていた受験生はおろか、試験官まで目を見張る。
普通、床にばらまかれた砂を動かし絵にする。
なのに、エルナは一粒残らず集め、さらに床から持ち上げてしまった。
エルナの奇行に皆が首を傾げる中、本人の表情は変わらない。
砂の塊が1ロール(1ロール=1メートル)ほど浮く。
見計らったように、ちょいと指先を動かした。
ゴワッ!
固い布を広げたような音が辺りに響く。
砂塊が弾けると、上に向かって広がっていった。
エルナはぐっと拳を握り込む。
同時に砂は、動きを止めた。
指を鳴らす。
砂に赤やオレンジ色、あるいは黒が染色されていく。
皆が一斉に「はあ」と感嘆の息を漏らした。
現れたのは、題絵と同じ形の炎のオブジェ。
単なる絵ではなく、立体的に捉えた炎の像だった。
「試験官……。どうですか?」
かなりの集中力がいるのだろう。
少し声が震えている。
呆然と眺めていた試験官は我に返り「合格です」と、採点とは違う言葉で返した。
エルナは息を吐く。
炎のオブジェは、音を立てて崩れ、床に広がった。
踵を返し、次の受験生に場所を譲る。
口々に呟かれる小さな賞賛を浴びながら、エルナは列から離れていった。
――次の試験まで少しだけ時間があるわね……。
あらかじめ受験生に配られた試験のスケジュール表を見ながら、頭の中で呟く。
会場のどこかにいる我が妹のことも気になってはいるが、エルナにはもう1つやるべき事があった。
それは、明日行われる実技試験の下調べである。
1日目を筆記と複合基礎能力試験。
2日目に実技試験を行うスケジュールは昔から変わっていない。
内容も変わっていないことから、たいていの志望者は実技試験で何が行われるのか知っている。
つまり、パーティを組み、低レベルのダンジョンに潜るのである。
ダンジョンに行くのはいい。曲者はパーティ決めだ。
学校側からの指定はなく、自由に相手を選んで4、5人のパーティを組んでよい――と聞けば、なんら問題ないように思う。
だが、選んだパーティのバランスなども、採点基準となれば、試験を考えた人間の底意地の悪さを呪いたくなる。
しかも、昨日今日あった人間がパーティを組むのだ。あらかじめ、職業や戦力を知っておかないと、戦術的なパーティを作るのは難しい。
故に、複合基礎能力試験が1つのポイントになる。
配点が少ないこの試験を、1日目にやっているのも、全ジョブを集め、オープンスペースで行っているのも、パーティに入れるメンバーを受験生に値踏みさせるためだ。
事実、エルナ以外にも、試験を受けながら、しきりに周りの人間に目を配っている受験生がいる。
皆が静かに試験を受けているようで、本当は喋る余裕すらないのだ。
「「「「「「「おお!!!!!」」」」」」」
場内にどよめきが上がった。
瞬発魔力試験の辺りだ。
エルナは小走りに近寄っていった。
瞬発魔力が高い人間は、初期放出量が高いため魔法の威力が高く、さらに魔力を練るロスが少ないことからスピーディに魔法戦を挑む事ができる。是非ともパーティに入れておきたい逸材だ。
エルナと同じ考えを持った受験生を振り切り、試験場に辿り着く。
瞬発魔力試験は、水を張った甕に手をかざし、瞬間的に魔力を放出して、水のしぶきの高さによって採点基準を決める。
その場所に濡れ鼠となった少女が立っていた。
くるりとこちらを向き、ぐっしょりと濡れた赤毛を垂らした女の子は、エルナを見るなり、こっちにやってくる。
「ふぇぇ……。お姉ちゃん。びしょびしょだよぉ……」
マリーだった。
――1人は決まりのようね……。
ずぶ濡れの妹を見ながら、エルナはほっと息を吐いた。
投稿前の添削をしながら、身長とか体重とか、3サイズとか計るシーンとかあっても良かったじゃんないのか、と過去の自分にクレームを入れました。
※ 後編は本日18時になります。




