第26話 ~ これが聖剣? ~
ご無沙汰しております。
遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
本年もよろくお願いします!
翌朝、アヴィンはマサキに打ち明けた。
現在、魔界で人間界に危機的な状況をもたらす兆候があること。
調査のためアヴィンとエーデルンドが離れること。
最後に、子供の気持ちを確かめた。
マサキは残りたい、と主張した。
2人にとってみれば、少し困ったことではある。
だが、彼ならそういうだろうと思っていた。
むしろマサキは――。
「ぼくも、アヴィンとエーデルンドについていっちゃダメなの?」
思いも寄らぬ提案をした。
さすがに2人は慌てた。
無知とは言え、Aクラス冒険者でも裸足で逃げ出すほど、魔界は恐ろしい場所だ。やっと10歳になり、暫定のB級ライセンスを持つほどの力を持つマサキでは、さすがに荷が重い。そして子供を連れ回すことが出来るほど、魔界は甘い世界ではない。
それは叶わなくとも、マサキはここに残りたかった。
離れれば、ルシルフと会えなくなる可能性がある。
何より――。
自分がここを離れたら、2度とアヴィンとエーデルンドに会えないような気がした。
不吉な予感だ。
けど、彼は自身の手によって、家を守りたかった。
ここは、マサキの第2の我が家なのだから。
すべてを聞き終えたアヴィンは、長く息を吐いた。
一旦背もたれにもたれかかる。
エーデルンドは休憩の意味を込めて、茶を用意した。
思っていたよりも、マサキの意志は固い。
無理矢理にでも突き放すことも出来るだろうが、きっと彼はここに戻ってくるだろう。
でも、嬉しかった。
ハウスを我が家だといってくれたことが。
アヴィンからすれば、ここは魔界を監視する前線基地だ。
けれど、いつの間にかこのハウスは、自分が帰る場所になっていた。
そのことを、子供の口から聞いて初めて気付く。
しかし、感情論と実情は違う。
マサキの決意は喜ばしいことだが、頷くことは出来なかった。
エーデルンドが出してくれた茶を一口啜った後、アヴィンはこう切り出した。
「条件がある――」
ピンとマサキは背筋を伸ばす。
隣に座るエーデルンドも、茶が入ったカップを飲まずにテーブルの上に置いた。
「僕たちが出発するのは、約1年後だ」
「1年……」
マサキは喉を鳴らす。
「その1年で、ぼくたちが認めるほどのマサキが強くなれば、ここにいてもいい」
「ホント?」
マサキの瞳が、星屑を流し込んだかのように光を帯びていく。
「僕は仮にも勇者だよ。嘘はいわない。それに、僕たちは君が強くなることに全面協力する。いいだろ、エーデ?」
「依存はないよ。その代わり――マジで死ぬかもしれないよ、あんた」
「え?」
一転、少年の顔は蒼白となった。
アヴィンは頷く。
「そうだね。死ぬかもね」
「え、ええ? アヴィンまで!!」
「それぐらいしないと、1年で強くなれないよ。少なくとも、横で茶をしばいてる魔族よりも強くなってもらわないとね」
家族会議に何故か混じっているロトを見た。
さっきから茶を飲んだり、菓子受けをもりもり食べていたロトは、ヒラヒラとした手を止めた。
「はん! 1年そこらで修行したって、俺様より強くなるわけないだろ」
「や、やってみないとわからないよ、ロト」
「はっはー。やれるもんならやってみな」
笑い飛ばした。
マサキは「むぅ」とむくれている。
アヴィンは子供の表情を見ながら、クスリと笑った。
話を続ける。
「1年で強くならなければ、大人しくここを去ること。また1年の間に有事があり、僕とエーデがここを離れなければならない事情が出来た時、君が一定以上強さがなければ、同じく去ること」
「どういうこと?」
「つまり、魔界で何かあって、あたしたちが出っ張らなければならない状況になったら、即刻あんたを退去させるってことさ」
エーデルンドは捕捉する。
アヴィンは頷いた。
「それでもいいね」
「うん。構わないよ。ぼく、絶対強くなるから!」
「ごめんね、マサキ」
「どうして謝るの、アヴィン。無理をいっているのは、ぼくの方だよ」
アヴィンは少しの間だけ瞼を伏せた。
違う。
違うのだ。
無理をさせたのは、無理をいったのは、アヴィンたちの方なのだ。
謝っても謝り尽くせない。
罪があるのは、アヴィンの方だった。
「最後に聞いてほしいことがあるんだ、マサキ」
アヴィンが口を開きかけたその時、突如雨が降り始めた。
鈍色の雲が空を覆い、まだ朝だというのに夕闇のように薄暗くなる。
雷がなり、やがて雨脚も強くなってきた。
ぴちゃり……。
雨音に混じって、何か聞こえる。
ハウスに何か近づいていた。
アヴィンとエーデルンドが同時に立ち上がる。
遅れて、マサキ。
ハウスの入り口にそっと近づき、ドアを開いた。
アヴィンとエーデルンドは息を呑む。
2人の間から顔を出したマサキは、目を大きく広げて叫んだ。
「ルシルフ!!」
確かにそれは、小さき魔界の王だった。
明らかにいつもと様子が違う。
薄紫の長い髪は乱れ、鮮やかな緑の瞳は、生気を失いかけている。
透き通るような白い肌は、泥に汚れ、裂傷と火傷の痕が見られた。
「ま、さき……」
ふっとルシルフは笑う。
すると、崩れ落ちた。
髪が広がり、泥の色を吸い続けた。
◆◆◆
話を中断し、アヴィンはエーデルンドと手分けをし、ハウスに運んだ。
2人の寝室へと担ぎ込み、ベッドに寝かせる。
アヴィンは目を細めた。
ひどい傷だ。
見た目もそうだが、精神に作用するような呪いをいくつも受けている。
おそらく魔法もしくは強力な呪術をかけられた後、嬲られたのだろう。
翻せば、彼女もよく保っている方だった。
彼女にかけられた呪いは、1つとっても触れるだけで正気を失うか、絶命するほどのものだ。ルシルフは1000近い呪いの種類を受けつつも動き、このハウスまでやってきた。
大した生命力だと感嘆せずにはいられなかった。
「さすがは――といったところかな」
アヴィンは真剣な眼差しで、傷ついたルシルフを見つめた。
そんな勇者の服の袖を、マサキは掴み哀願した。
「アヴィン! この子なんだ! この子がぼくが好きな――。だから、お願い助けてあげて!」
「マサキ、落ち着きな!」
エーデルンドは一喝する。
いつもなら、シュンとなるはずのマサキもこの時ばかりは「でも――!」と反論した。そんな子供の頭を、アヴィンは軽く撫でる。
「大丈夫。マサキの大好きな人は、そんなに弱い人じゃないよ」
アヴィンは優しい言葉を投げかけた。
勇者は困っていた。
手当をしてあげたいのは山々だが、相手は魔族だ。
人間に使う回復魔法も、ルシルフに対しては毒を与えるようなものだった。
それに、外傷よりも問題なのは、彼女が抱えている呪いだ。
これを解呪しなければ、例え傷が癒えたところで一緒だった。
こうして考えている間にも、ルシルフはどんどん衰弱していく。
呻きを漏らす度に、マサキは顔を歪めた。
「あたしがひとっ走りいって、守銭奴を連れてこようか?」
「それじゃあ、時間がかかりすぎる。呪術の種類からいって、今夜が峠かもしれない」
「そんな……」
マサキの顔がみるみる蒼白になっていく。
ルシルフの手を反射的に掴んだ。
絶望的に冷たかった。
「マサキ、落ち着きな。……アヴィン、方法はあるんだろ?」
「ああ。ちょっと危険な方法だけどね」
普通、呪いの解呪は絡まった紐を丁寧にほどくような作業だ。
簡単な呪いであれば、アヴィンやエーデルンドにも解くことは出来るが、ルシルフにかかった呪いは、専門家が10人そこいら集まったところで、明日中に解けるようなものではない。
ならば別の方法をとるしかない。
アヴィンがやろうとしているのは、その紐を無理矢理引きちぎることだ。
簡単で、短期的に治癒出来る一方、一旦癒着してしまった呪いを引き剥がす行為は、対象者の生皮を剥ぐようなものだった。
当然、激痛を伴う。最悪死もあり得るだろう。
「そんな――」
マサキは項垂れる。
アヴィンは小さな肩に手を置いた。
「大丈夫。君の大事な人は、僕が必ず救ってみせる」
「本当に?」
「これでも、僕は勇者だからね」
すると、アヴィンは手を掲げた。
魔力が収束し、目映い光が寝室を包んだ。
光より来たれ! 聖剣デグロス!!
力強い言葉が響く。
やがて光が収縮していく。
元の明るさに戻ったが、寝室の中心で暖かな光を放つものがあった。
「聖剣?」
マサキは見つめたのは、アヴィンの手の前に浮かんだものだった。
白鞘に、まるで光を集めたかのような金色の細工。
いくつもの魔石が、純真な輝きを放っていた。
「これが聖剣?」
マサキが首を傾げるのも無理はなかった。
アヴィンの手の平の上で浮かんでいたのは、子供の親指ほどの小さな剣だったからだ。
こちらはかなりまったり更新ですが、引き続きよろしくお願いします。
新作『最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、伝説の道を歩み始める。』を投稿しております。是非、そちらも読んで下さい。よろしくお願いします。