第25話 ~ 陛下の良い遊び相手 ~
第4章第25話です。
よろしくお願いします。
対するは、幼き姿をした魔王。
対するは、人間重戦車と呼ばれたかつての英雄。
1匹と1人の戦いを見ながら、マサキは思う。
この缶蹴りが終わった時には、この黒い森は残っているのかな。
予想通り。
いや、予想以上の凄まじさだった。
すでに木の缶が置かれた場所を中心に、ぶっとい黒い木がいくつもなぎ倒されている。あたかも開墾されたかのような光景が、荒涼として広がっていた。
ルシルフとエーデルンドがぶつかり合うたびに、衝撃波が草木を揺らす。
とんでもない速さで展開される戦闘は、もはやマサキの理解の外にあった。
不思議なのはあれだけ激しい戦闘を行いながら、お互い大した怪我をしていないことだ。
おそらく、これが缶蹴りだからだろう。
エーデルンドは攻撃ではなく、ルシルフはタッチしようと手を伸ばし続けている。
逆にルシルフはその悉くをかわしていた。
結果、接触を回避するだけの缶蹴りになっているのだが、これが戦闘だったらと思うと、ぞっとする。
「魔王様、よく我慢してるな」
横でロトはのんびりと呟いた。
「俺ならルールなんて無視して、エーデルンドをぶっ飛ばすんだけどな」
事も無げに、物騒なことを呟く。
でも、ロトの言うとおりだ。
倒し殺し、騙し殺すことをいとわない魔族――その王が、ルールに則って森で躍動している。
同じ魔族から見ても、その健全な精神は奇異に映ったのだろう。
マサキが缶を蹴ってから、もう随分時間が経っている。
未だ空は明けないが、薄らと西の地平が明るくなっているような気がした。
「そろそろ決着が着きそうだな」
そのタイミングでロトは呟く。
どうしてわかるのだろうか。
マサキは首を傾げた。
「若干だが、エーデルンドが押されはじめてる」
解説を入れてくれるのだが、マサキにはわからない。
こんな時でも自分の未熟さを呪わずにはいられなかった。
「ありゃあ、技術とかじゃなくて、単にポテンシャルの問題だ。ようは持久力の違いだな。お前と組み手をやったりして身体を動かしちゃいるが、エーデルンドは引退した身だ。ガチでやれば、さすがにガス欠になる」
一方、ルシルフは現役バリバリだ。しかも魔王。
そもそも魔族に対して持久戦を挑むことすらが無謀なのだ。
それはどうしようもない魔族と人間の埋めがたいポテンシャルの問題だった。
「決まるぞ!」
興奮気味にロトは叫ぶ。
マサキにもわかった。
エーデルンドの息が一瞬、切れたのだ。
動きが止まる。
ほんの刹那の時間――。
ルシルフからすれば、十分だった。
空中で反転する。
急降下すると、激戦の最中でも勇敢に立ち続ける木の缶へと向かった。
獲物に向かう獅子のごとく、ルシルフは思わず牙を剥く。
「もらったぞ!」
大きく足を振り上げた。
ギィン!!
甲高い……。
およそ普通の缶蹴りでは聞けない音が、辺りにこだました。
「なにぃ!?」
顔を歪めたのは、ルシルフだった。
同じくマサキとロトも息を呑む。
魔王による渾身の蹴りを入れられた木の缶は、いまだ地面に立っていた。
ルシルフの小さな足は確実に缶を捉えている。
それをとどめたのは、缶を押さえ付けたエーデルンドの足だった。
ルシルフは視線を送る。
目の前に、燃えるような赤い髪の女が口角を上げて笑っていた。
硬直したルシルフに、まるで埃でも払うかのようにタッチする。
「ルシルフ、捕まえた」
「あ……」
勝負は一瞬で決着した。
なんとも呆気ない幕切れに、ルシルフも、マサキも、ロトも声を出せなかった。
唯一、エーデルンドだけが腰に手を当て。
「あたしの勝ちだね、陛下」
勝利宣言を行う。
静まり返った黒い森に、凜と響き渡った。
その意味を飲み込むことが困難だった。
どうやらルシルフは負けてしまったらしい。
「ずっ――」
ようやく魔王が口を開いたのは、勝利宣言後たっぷり10つは数えることができた。
「ズルいぞ、お主!」
夜の森に響く声で言い放った。
一方、エーデルンドは肩をすくめる。
「いいえ、陛下。これは正統な勝利ですよ。あなたは缶を蹴れてない。そしてあたしは陛下をタッチした。これ以上にない勝利です」
「むぅううううううう」
白い頬を真っ青にして、膨らませる。
ルシルフもわかっているのだ。
自分が負けたことを。
つまり、マサキが初めてエーデルンドと缶蹴りをやった時の戦法の応用だ。
缶を蹴れると見せかけた瞬間、缶自体を蹴れないようにした。
違いがあるとすれば、マサキが杭を使って固定したのに対して、エーデルンドは自分の力を使ったという点だけだろう。
「ぬし、狙っていたな」
「当然です、陛下」
「一瞬疲れをみせたのは?」
「もちろん、嘘です」
小さく舌を出す。
ルシルフは「きぃいいい!」と地団駄を踏んだ。
その様子を見ながら、ロトは解説する。
「経験の差だな」
確かにルシルフはああ見えて、百年以上生きてる。
けど、エーデルンドはその倍以上生きている。さらに、魔王シャーラギアンが猛威を振るった人魔大戦の生き残りだ。
戦闘ではないけれど、駆け引きという点でエーデルンドが勝った。
「もう1回じゃ! 今度は余が守勢でよいぞ」
「もう1回ですか。承服しかねますね、陛下。さすがにもう1戦やる体力はないですよ。あたしは」
「なんだ、お主? 余に負けるのが嫌なのか?」
「そうは思いませんが……。それに陛下、もうすぐ夜明けです」
西の空を指し示す。
先ほどよりも地平にかかる白い線が濃くなっているような気がした。
「ぬぬぬぬ……」
さしものわがまま大魔王も、反論できない。
顔をさらに真っ青にし、己の怒りを抑え込んだ。
改めて羽を広げる。
「いいか! 今度、会った時、もう1回やるからな」
「あたしは忙しいですからねぇ。今度は、うちの弟子に任せますよ」
ぽんとマサキの背中を叩く。
ルシルフは目を細めた。
「マサキが、か……?」
「え? ぼく――!」
素っ頓狂な声を上げる。
「今は不足でしょうが、鍛えていただければ、きっと陛下の良い遊び相手になるかと。なあ、マサキ」
これはエールだ。
エーデルンドなりの。
良い友達になれ。そう励ましてくれているのだろう。
マサキは顔を上げる。
ルシルフを見つめた。
「今度は、ぼくと遊ぼう。ルシルフ」
依然として、ルシルフは蛇のようにマサキを睨んでいる。
怒っているようにも、すねているようにも見えた。
「マサキ……」
「う、うん」
「今度会う時まで、もっと強くなれ。余を満足させるぐらいにな」
「……うん。頑張るよ! 君よりも強くなる!」
「たわけ。余より強くなれるものか」
ルシルフは笑った。
一瞬、ほんの一瞬だったけど、マサキに微笑みかけたのだ。
翼をはためかす。
爆風とともに、魔王は飛び出した。
一息で白々とした夜明けの空へと舞い上がる。
まるで「バイバイ」というように、上空を旋回した後、魔界への道がある方へと飛んでいってしまった。
空を見つめるマサキの肩に手を置いたのは、エーデルンドだった。
「良い子じゃないか?」
「でしょ?」
本当にルシルフは最高に素敵な女の子だと思う。
魔族を統治する王とは思えないほどに。
「マサキ、強くなりたいかい」
「当たり前だよ!」
「ルシルフのため?」
うん、とマサキは首を傾けた。
「そうかい……。なら、アヴィンが帰ってきたら相談しよう」
「え?」
「前に少し話したろ? あんたの力を一段階強くする話」
マサキは覚えていた。
そしてずっと頭の片隅で気になっていたことだった。
自分の力を1段階引き上げる方法。
一体それはなんなのか。
エーデルンドはそれ以上、何もいわなかった。
ただ魔界の道へと消えた魔王の行方を見守っていた。
申し訳ない。
次回の更新は来年になると思います。
皆様、良いお年を!