第23話 ~ 陛下、これは缶蹴りですよ ~
こっちの更新は毎度遅れてすいません。
ペース的には月2~3回ぐらいが限界かな、と思ってます。
マサキが住むハウスの周りには、結界が張られている。
近くにある『魔界の道』から漏れる瘴気をシャットアウトするためだ。
故に結界外は、悪意と殺気に満ちあふれているものの、中に至っては野花が咲き乱れるほど穏やかな空気が満ちている。
だが、今日に至っては違っていた。
近くの森から発せられる狂気じみた闘気に空気はこわばり、小さな虫たちは地中や野花の裏に隠れてしまった。
丑三つ時の黒い森は、普段以上の重苦しかった。
黒万年樹といわれる魔界原生の樹木がしなる。
梢を打ち鳴らす音は、突風と相まって、怯えているように思えた。
黒万年樹の枝の上に、2つの影があった。
立花マサキと、魔族ロトだ。
1人と1匹は、戦いの舞台の中心となるやや開けた空間を注視していた。
始まる前から、マサキは何度も喉を鳴らす。
口の中がからからだった。
「ロトはどう思う?」
「思うって? どっちが勝つかってことか?」
マサキは神妙に頷く。
ロトは即答しなかった。
「まあ、どっちっていわれたら、魔王様の方だろうな」
「やっぱり、そうなんだ」
あまり保護者をこういいたくはないが、エーデルンドが魔族から『人間重戦車』と称されるほど強いとはにわかに信じがたかった。
ルシルフの強さは肌で感じている。
ブラックホールのように壮大な深さから考えても、マサキとしても軍配はルシルフに上がるのではないかと思っていた。
だが、そのルシルフが戦いたいと選んだのがエーデルンドだ。
マサキが普段感じていない強さを、まだ隠し持っているのかもしれない。
「ま――。エーデの野郎が全盛期なら真っ先にエーデを選んだだろうがな」
「え?」
エーデルンドが戻ってくる。
特に緊張した面持ちでもない。
何か仕掛けるわけでもなく、単純に広場の中心に木の缶を置いた。
辺りを見渡す。
ルシルフの姿はない。
しかし、確実に近くに潜伏していることはわかる。
全く隠すことのない殺気やら、闘気やらが膨大ずぎて、逆に居場所を特定するのを困難にしていた。
魔王のことだ。
決して、搦め手は使わない。
来るとすれば――。
真っ正面!
「来た!!」
燃え上がった殺気が、火の玉のように飛来した。
「でああああああああああああああ!!」
気合い一閃。
膂力+速度+重力+魔力――おそらくハインザルドにある力をすべて結集したような一撃が、空から降ってくる。
エーデルンドは両手を交差した。
魔王渾身の――いわゆる――ライ〇ーキックを見事に受け止めた。
保護者の足下が土煙をあげながら、一段下がる。
巨大隕石と似た衝撃を、エーデルンドは身一つで堪えた。
ルシルフの攻勢は終わらない。
初撃を止められたと見るや、すぐに身体を捻る。
エーデルンドの頭をサッカーボールのように蹴り抜いた。
対して、動きを読みながら、冷静にかわす。
すると、エーデルンドは手を伸ばした。
「ちっ!」
舌打ちする。
ルシルフは人間の肩を蹴ると、そのまま後方へと下がった。
「おしい!」
声をあげたのは、マサキだった。
横のロトも興奮気味に腕をヒラヒラさせている。
ルシルフはにやりと牙を覗かせた。
「危ない。危ない。これは缶蹴りだったな」
今さらルールを思い出す。
――じゃあ、ルシルフは何だと思っていたのだろう。
マサキは胸中で突っ込んだ。
状況は膠着しない。
飛び出したのは、エーデルンドだった。
防御側から見れば、攻撃側の姿が見える絶好のチャンス。
あくまで彼女の中には、缶蹴りの規則しか頭にないようだ。
「捕まえた!」
「なんの!」
伸びてくる手をルシルフはかわす。
一旦攻勢を選んだエーデルンドは止まらない。
次々と開いた手を打ち出す。
「速い!」
マサキは思わず目を剥いた。
だが、どんなに瞼を広げても目が追いつかない。
なのに――。
ルシルフは1つ1つの動作を見て判断しながら、捌いている。
動き自体には無駄が多いものの、類い希なる身体能力が、神速の突きを迎撃していた。
英雄と魔王の組み手。
それは永遠に続くかと思ったが、すぐに終わりはやってきた。
動いたのはエーデルンドだった。
開いた手をルシルフの顔に向かってのばす。
ルシルフが払おうとした瞬間、その手は止まった。
虚拳だ。
ルシルフの動きが一瞬止まる。
開いた手のせいで視界を塞がれた。
「うまい!」
計画通り、相手の動きを止めると、エーデルンドは身を屈ませる。
魔族の少女の足を払おうと、蹴りを回した。
寸前で気づいたルシルフは飛び退く。
数瞬遅い。
エーデルンドの長い足は、わずかにそのつま先にかかる。
それだけで十分だった。
少女の肢体がわずかに傾く。
その好機を見逃すエーデルンドではない。
1歩踏み込むと、ルシルフの胸に手を伸ばした。
「今度こそ!!」
「くっ!」
ルシルフの顔が歪む。
途端、彼女の周りに闇が覆った。
背中の翼が彼女の身体よりも大きく変化する。
空気を叩くように羽ばたくと、空中へと逃げた。
エーデルンドの手が宙を掻く。
その手をそのまま赤髪を掻くことに使用した。
「さすがに、簡単にはいきませんか?」
「良い攻撃だった。少し肝が冷えたぞ、人間重戦車」
「その綽名で呼ぶのはやめてもらいたいのですが、陛下」
「――であろうな。まだお主はその一端を見せておらんしな」
そういうわけじゃないんだけどな、とエーデルンドは小声でいう。
マサキはじっと戦いを見守っていた。
驚いた、というのが正直な気持ちだ。
同時に羨ましいとも思った。
ルシルフは笑っていた。
満足そうに。
彼女と出会って、マサキは1度としてあんな顔をさせたことがない。
この戦いは空しい。
己の力のなさをただただ痛感させられる。
心をヤスリか何かでゴリゴリと削られているように痛い。
それでもマサキは前を向いた。
強くならなければいけない。
今、ここにいる誰よりもだ。
「さてさて、翼を使ってしまったし。もう遠慮は無用だろう」
「遠慮していただいていたのですね」
「狸が――。お主の方こそ、全く本気でないくせに」
――あれで本気じゃないの!
マサキの声は当然聞こえない。
代わりに隣のロトに訴える。
魔族は肩をすくめるようにヒラヒラと手を動かした。
「陛下、これは缶蹴りですよ」
「その通りだ。だが、プレイヤーは余とそなただ。少々アドリブを聞かせても面白かろう」
ルシルフの闘気がまた膨れ上がった。
どす黒い魔力が満ちていくのを、目ではっきりと捉えることができる。
本気だ。本気で、保護者と戦おうとしている。
「やれやれ。まあ、少々錆びついた身体にはちょうどいい運動かもしれませんね」
エーデルンドもまた構えをとった。
腰を落とし、低く――もはやそれはクラウチングスタートの体勢に近い。
すると、彼女もまた魔力を放出した。
黄金色の魔力がまるで雷のように吹き出す。
「いいぞ、重戦車」
「いつでもいいですよ、陛下」
闘気がぶつかる。
両雄が同時に飛び出した。




