第22話 ~ 個として完璧であるという自負 ~
結構、更新早いよなって思ったら、2週間以上過ぎてました。
ホント申し訳ない。
机に突っ伏すように寝ていたエーデルンドは、瞼を持ち上げた。
やおら顔を上げる。
窓の外を見ると、随分月が西に傾いていた。
もうすぐ夜明けだ。
椅子を引く。
エーデルンドは感じていた。
異様な気配が近づいてくるのを。
ハウスの外に出る。
黒い森の方からやってきた生ぬるい風が、彼女の赤髪を梳かした。
「本当に連れてくるとはねぇ」
不敵に微笑む。
エーデルンドの瞳に、自分の息子と知り合いの魔族が映っていた。
そしてもう1人。
いや、もう1匹といえばいいのだろうか。
いずれにしろただならぬ気配を漂わせた存在は、可愛い少女だった。
エーデルンドの前で止まる。
腰に手を置き、未成熟な胸を反らした。
「そなたがエーデルンド・プリサーラか!?」
元気な声で名を尋ねる。
対して、エーデルンドは厳かに傅いた。
「魔人族の王とお見受けいたしますが……」
「うむ! 我が名ルシルフ! くるしゅうない! 面を上げよ」
言葉はともかく、その口調は友人に挨拶するかのように快活だった。
「まさか、そなたの保護者が“人間重戦車”とはな」
ルシルフはお気に入りというスナック菓子を頬張った。
焼きたてのアルカからは、プンと玉蜀黍の良い匂いが漂っている。
マサキはたまらず手を伸ばしたが、エーデルンドによって撃墜された。
このハウスでは、深夜の食事は禁止されている。
ただお客様は特別だった。
「人間重戦車?」
はたかれた手にフーフーと息を吹きかけながら、マサキは尋ねる。
「なんだ? マサキ、知らねぇのかよ。エーデの2つ名だ」
「2つ名? ……確かにエーデが怒ると重戦車のように迫ってくるものね――痛ッ!」
エーデルンドはポカリとマサキの後頭部を叩く。
ふひぃ、と痛みに耐えながら、項垂れた。
「それは魔族が勝手に言ってるだけだろ。あたしには“華麗なる紅の舞闘家”という異名があってだな」
「くははは……。てめぇの戦い方のどこに華麗さがある――痛ぇ!」
大笑いするロトの頭もはたく。
溜まらず魔族も、マサキの横で蹲った。
「名前はともかくエーデルンドは凄かったのだぞ。魔族の大軍の中に単身突撃して、轢き倒してしまうほどの突進力があったのだ。こやつが通った場所は、魔族の死体で道が埋まっておったそうだ」
「へぇ……」
「お戯れを、陛下」
「謙遜するな、エーデ。そなたは強い」
ルシルフは目を輝かせた。
マサキは違和感を覚える。
魔族であるルシルフが、同胞を倒したという逸話を喋っているのだ。
悔しい――とは思わないのだろうか、と。
率直に疑問を口にすると、答えたのはロトだった。
「魔族に団結とか連帯とかそんな文字はねぇよ。あるのは強いか弱いかだけだ」
「そうね。あんたたちは、シンプルよね。強ければ、種族問わず賞賛するし、弱かったら蔑むだけ」
「そうは考えないものも多分におるがな。余は好きだが、はむ」
もう何枚目かのアルカを食べる。
かなりの枚数食べているのに、1枚1枚幸せそうな顔をして、ルシルフは食べていた。
「うーん。でも、それだとおかしくない」
「何がじゃ?」
「君はその…………。魔王のことが……」
魔人族の王は、眉根を寄せた。
幸せそうな顔が一変して、不機嫌になる。
「確かに……。余はシャーラギアンのことが嫌いだ」
口に出すのも忌々しいという風に顔を歪める。
「あいつは別格だよな。なんつーか、強すぎるからこそ嫌われてるっていうかさ」
ロトはうんうんと頷く。
「それもあるが、あやつが魔界でも嫌われている理由は強さ云々ではない」
「どういうこと?」
「魔族を治めようとしたことだ」
マサキは首を傾げた。
少年の反応を見ながら、ルシルフは説明を続ける。
「先ほどもそこな魔族がいったが、我らに団結や連帯という文字はない。個として完璧であるという自負があるからだ。だが、シャーラギアンはその個を無視して、人間界に攻め入った」
人間がいけ好かない種族であることは認める。
だが、その嫌いというレベルは、少し鼻につくような行動を取る魔族となんら変わらないものらしい。
「我らは本来統率されることは好まぬ。何よりも苦痛なのだ。それを課したシャーラギアンを我らは許すことは出来ぬ。有り体にいえば、嫌いなのだ」
魔族はずっと自由奔放にやってきた。
そうしたことによって、魔界は保たれてきた。
しかし、シャーラギアンは許さなかった。
それ故、魔族の反感を買ったのだ。
魔族もまた被害者なのかもしれない。
マサキは幼いながらそう理解した。
「それでもシャーラギアンに従った魔族は多くいるんだよね」
「その通りだ。そこな魔族がいったようにヤツは強すぎた。強さ故、憧れを持つ者も少なくなかった。強さへの憧憬という感情は、魔族にも当然備わっておる。我がエーデルンドに会いたかったのも、その感情があった故だ」
「恐れ多いことです、王よ」
エーデルンドは大きな胸に手を置いた。
「そう畏まるな。何も取って食おうなどとは思っておらんよ」
言葉こそ遠慮した様子をうかがえるが、表情は違っていた。
魔族の少女の口元には、はっきりと笑みが浮かび、深緑の瞳が燃えさかっていた。
エーデルンドは困ったような表情を浮かべる。
「ルシルフ王……。もしかして、ここに来たのは」
「お主に会うためだ。だが、そなたもわかっておろう。長く――それも400年以上、魔族と携わっておるのだ。余の望みはわかっていよう」
「アルカだけでは満足できませんか?」
「菓子は美味だが、余はもっと旨い物を欲しておる」
「わかりました」
エーデルンドは観念して立ち上がる。
ルシルフは笑った。
邪悪ともいえるほど――喜悦に歪んでいた。
「今からで良いのか?」
「明日まで待ってくれと頼んでも無駄でしょう」
「そなたは想像通りの女子だな」
「あたしを娘を扱いしてくれるのは、王だけですよ」
エーデルンドはやれやれと肩をすくめた。
今日の黒い森は妙に静かだった。
夜鳥の低い鳴き声や虫の音が聞こえる以外、特に何も聞こえてこない。
まるで森全体が寝静まっているかのように感じる。
そんな森の真ん中で、1人と1匹が対峙していた。
かつての英雄と幼き魔王――。
注目の一戦であることは間違いない。
マサキにとっても、重要な戦いになる。
強さを知るエーデルンドが、どこまでルシルフに対抗出来るか。
それによって、今のルシルフと自分の距離を測られるかもしれない。
他者と比較することによって強さを知ることは重要であり、好機だ。
目標を明確にイメージできれば、その後の鍛錬に役立つはず。
向かい合う2人を見ながら、マサキは固唾を呑んだ。
「して――。どうする、重戦車。差しでやり合うか? 余は構わんぞ」
「こういうのはどうでしょうか?」
エーデルンドは木で作ったコップを取り出す。
ルシルフはそれを見てすべて理解した。
「おお」と思わず歓声を上げる。
「知っておるぞ。缶蹴りだな」
「ルールの説明はいらないようですね」
「うむ。攻守はどうする?」
「王は守るのが好きですか?」
エーデルンドは逆に尋ねた。
魔王の少女は、ぺろりと唇を舐める。
尻尾をピシャリと地面に打ち付けた。
「よくわかっておるではないか。余が攻撃だ。良いな」
「ご随意に」
「では、マサキ」
突然、ルシルフが声を掛ける。
振り返った少女の顔は見たこともないほど、満足げだった。
胸の辺りがちくりと痛む。
自分もあのような顔をさせてみたい、と少年は強く思った。
「なに? ルシルフ」
「お主が蹴るがよい」
「ぼくが?」
「余が蹴っても良いが、今の精神状態からいって、加減が出来そうにない」
緑色の瞳を光らせた。
背中にじわりと汗が浮かんだ。
ルシルフから感じた気配は、明らかに殺気めいていた。
――大丈夫かな……。
心配になり、マサキは保護者の方を向く。
エーデルンドは薄く微笑んだ。
マサキの疑問を暗に答えた。
「わかったよ」
コップを受け取り、地面に置く。
――今のぼくには、こんなことしか出来ないんだな。
落胆を心の中で滲ませた。
だが、ここで終わるわけにはいかない。
今、エーデルンドが立っている場所にいつか立ってみせる。
大きな目標を胸に、少年は顔を上げる。
「行くよ……」
ルシルフ、そしてエーデルンドは頷いた。
マサキは大きく足を上げる。
渾身の力を込めて、木の缶を蹴り飛ばした。
再び缶蹴りです。