第21話 ~ 魔王に愛を告白した勇敢な勇者 ~
なんとか更新です。
こちらもスローペースで申し訳ないです。
第4章第21話です。
「あはははははははは!」
エーデルンドの笑声が響き渡る。
陽はすっかり落ち、ハウスの中はランプの明かりに包まれていた。
食堂のテーブルには、エーデルンドとロト、マサキが座っている。
アヴィンはいない。
数日前に魔界に行ったきり、まだ戻っていなかった。
お腹をよじらせ笑う保護者を見ながら、マサキはムスッと頬を膨らませている。
結局、マサキは負けた。
最近かなり修行を追い込んでいるから、奇跡を期待したが、やはり保護者の壁は厚かった。
正直に悔しい……。
訓練とは違う。
本気のぶつかり合いに負けた時ほど、感情は煮えたぎるものはない。
自分が今一番ほしいものを逃すとなれば、尚更だった。
そしてマサキはルシルフのことを話した。
途中、ロトも呼び、エーデルンドは事の経緯を聞く。
マサキが魔人族の王に愛の告白をしたといった瞬間、保護者は大爆笑した。
「あ、あんた、凄いね」
エーデルンドは涙を払う。
もちろん、笑い泣きだ。
何かデジャブを感じると思ったら、同じようなことをロトにも言われたのを思い出した。
そのロトも横で笑っている。
「なあ! こいつ、馬鹿だろ!」
「初恋相手が魔王だなんて……。いやー、さすがはあたしたちの子供だね」
「ちょっと! からかわないでよ。ぼくは真剣なんだ」
「真剣さね。何せ――よりにもよって、魔王なんだからね」
「え?」
何か含みのある言い方に、マサキは眉を上げた。
エーデルンドは微笑むと、それ以上何も言わず、ロトの方を見た。
「ロト……。あんたから見て、その可愛い魔王様はどんな人だい?」
「普通と言えば、普通じゃないか。……確かに若い王だし。めんこいにはめんこいけど、ポテンシャルでは俺様が見た中では最強だ。ああ、もちろんシャーラギアンは抜きでな」
「ルシルフってそんなに強いの?」
「当たり前だろ! あれで魔王っていわれてんだ。魔界で王を名乗るなんて、よっぽどの力がないと無理なんだよ」
魔界は弱肉強食の世界だ。
強い者が正義――という人間界では考えられない野蛮な考えが通る。
故に、魔族の上に魔族が立つということは、非常に希有な例だった。
つまり、魔族の王を名乗ることは、よっぽどの実力者でなければならない。
「だから、あんたが1、2日背伸びして訓練したところで、到底その子には追いつけないよ。諦めるんだな」
「でも、ぼくは彼女に仕えたいんじゃない。ルシルフの横に並びたいんだ」
「なんだ。わかってるじゃないか」
「え?」
またエーデルンドはクツクツと笑った。
「魔王に仕えるんだったら、それなりの実力が必要さ。でも、あんたは部下になりたいんじゃないだろ?」
「うん。ぼくは、エーデとアヴィンのような関係になりたい」
エーデルンドは少し頬を赤らめる。
子供にこうもはっきり言われると、少し照れくさいらしい。
「ロト……。魔族のあんたにこういう質問をするのもおかしいんだが、ルシルフに脈はあると思うかい?」
「脈?」
「あたしとアヴィンみたいになるかってことさ」
「夫婦になるってことか? うーん。どうだろうな? 難しいじゃないか」
「そうかい」
マサキもはっきり言われて、項垂れるしかなかった。
自分でもわかっていた。
立花マサキは、ルシルフにふさわしくないと。
それは自分が彼女よりも弱いからだ。
だから、必死になって強くなろうとした。
それはまだまだ先の話だと。
将来、このまま修行を続ければ、ルシルフに追いつけるかもしれない。
でも、彼女がそこまで待ってくれる保証はなかった。
ロトは言葉を続ける。
「でもよ。俺様は愛だの恋だのはわかんねぇけど、マサキが嫌いなら、向こうも会おうとはしないだろう」
…………!
マサキは顔を上げる。
一方、エーデルンドは口角を上げた。
「強い弱いその関係性を決めるのが、魔族だ。けど、向こうはあんたに会おうとしてくれている。それはあんたの強さにではなく、もっと違うものに惚れ込んでいるからじゃないのかい?」
「それは、ぼくが人間で。物珍しいからじゃ」
「あたしが出会った魔族は、人間と見るや真っ先に命を刈り取ってきたもんだがね」
「…………」
「つまり、あんたにはちゃんとルシルフが魅了される何かがあるってことさ」
「そんなのわかんないよ……」
「わかんないなら、聞けばいい」
「そんなこと……。出来ないよ」
「恋人に愛を語るってそういうことさ。そうやってお互いのことを話し合って、その魅力に気づくものなんだよ」
酒杯を呷る。
頬を染めたのは、少し昔のことを思い出したからだ。
やや酔った保護者を見ながら、マサキはおずおずと尋ねる。
「ね、ねぇ……。エーデルンド……」
「なんだい?」
「根本的なことを聞いていいかな」
「はん?」
「ぼくは……そのぉ…………。このままルシルフに会い続けていいの」
「ダメ」
あっさりと否定された。
マサキはがっくりと項垂れる。
エーデルンドは軽やかに笑った。
「あははははは……。そういっても、あんたは会いに行くんだろ?」
「え?」
「人間ってのはおかしいものでね。人にダメっていわれる方が、燃え上がるものさ。よくあるだろ? 敵国の王子と王女が惹かれ合って、最後は国同士が仲良くなるっていう。愛ってのは偉大でね。たった1つの睦み合いが、国そのものを変えてしまう」
「はは……。今日のエーデは酔ってやがるな」
といいながら、ロトも酒杯を傾ける。
どうやって飲んでいるかわからないが、酒が減ってることは確かだ。
「えっと……。それはつまり、今後も会ってもいいってこと?」
「あたしがダメっていっても、あんたは破るじゃないか」
「じゃあ、ルシルフと会ってもいいんだね」
「ただし、ロトを絶対に連れていくこと。そのルシルフはともかく、黒い森は最危険地帯なんだから」
「うん」
「そうと決まれば、明日から修行メニューを増やすよ。覚悟しな」
「その修行がクリア出来たら、ルシルフより強くなれる?」
「ばーか。……あんたが黒い森に入っても、怪我しない程度には強くするだけさ。すさ。今日も遅い。明日からの修行に向けて、もう寝な」
「ありがとう。エーデルンド! おやすみなさい!」
マサキは早速寝間着に着替え、自室へと足を向ける。
酒杯を片手にその様子を見ていたエーデルンドは、つと我が子を呼び止めた。
「そうだ。マサキ」
「なに?」
「その子をここへ呼びな」
「は?」
「おいおい。酔っ払いめ! 今、なんつった!」
マサキと一緒に絶句していたロトが言った。
あまりに驚きすぎて、手に持っていた酒杯が落としてしまう。
酒が古めかしい板にしみこむと、アルコールの臭いがプンと食堂に漂った。
「聞こえなかったのかい? ルシルフをここに呼びな。そうすれば、あたしの目もあるし。安心だ」
事も無げにそういうと、酒杯を傾けるのだった。
「断る!」
ルシルフはきっぱりと言った。
額には青筋を浮かべている。
マサキは項垂れた。
「だよね……」
ルシルフは魔族だ。
基本的に人間に対して警戒心を抱いている。
そもそも大がつくぐらい嫌いなのだ。
それでもマサキとこうして会ってくれるのは、エーデルンドの言うとおり、自分になんらかの魅力があるからかもしれない。
それはともかく、やはりというかやっぱりというか。
ハウスへのお誘いをルシルフは、一刀のもとに斬り捨てた。
「マサキのことをそこそこ……うーん……ちょびっと! ちょびっとだぞ! 信頼はしておる。子供のそなたのわがままを王として聞いてはあげたい。だがな」
ルシルフは薄いスナック菓子のようなものをむしゃむしゃと食べた。
ハインザルドで“アルカ”と呼ばれる菓子だ。
磨りつぶした玉蜀黍を薄く伸ばし、カリカリになるまで焼いている。ハインザルドで広く食べられており、子供のおやつの定番だった。
マサキはアルカを土産にルシルフのご機嫌を取り、話を切り出す作戦に出る。
お菓子自体は気に入ってくれたが、肝心の話はあっさりと断られたというわけだ。
そもそもルシルフの性格からいえば、土産は自分への献上品。もらうのは当然の権利と映ったかもしれない。
――とんでもない子を好きになっちゃったなあ……。
心の中でぼやく。
端で見ていたロトに言わせれば、今さらだった。
「もしかしたら、君を会わせないと、もう会えないかもしれないんだ」
「そ、そうなのか!?」
ルシルフは慌ててマサキに顔を寄せた。
白い顔をさらに白くして、人間の少年を見つめる。
だが、近づけた魔族の少女の顔は、みるみる赤くなっていった。
顔を背けると、またアルカをパクパクと食べ始める。
「そ、そうか。それは残念だな。ま、まあ……いいではないか。わ、我はべ、べべべ別に寂しくなんかないぞ」
「そう――。そうだよね。ルシルフは、無理にぼくに会ってくれてるから」
この世の終わりだという顔をしているマサキを見て、ルシルフはまたも慌てた。
「いや、マサキと会いたくないわけではないのだ。……その前にいた世界の話とかも聞きたいし、遊びももっと教えてほしいし。お菓子は美味しい……」
「でも、ハウスには来られないんだよね」
「も、もちろんじゃ! ――――あ」
「だよね……」
マサキはまた深いため息を吐く。
その姿を見て、ルシルフはツインテールにした髪を振り乱した。
「ええい! シャキッとせよ! そなたらしくもない。魔王に愛を告白した勇敢な勇者はどこへいったのじゃ!」
「でも……。エーデが認めてくれないと、ぼくは――――」
「うん? エーデとはお主の保護者の名か?」
「前に言ってなかったっけ? ハインザルドでのぼくのママだ」
「本名は?」
「エーデルンドだけど……」
ルシルフの顔が固まる。
途端、唇と腕が震えだした。
その手を伸ばすと、がっしりとマサキの肩を掴む。
鼻先が触れるのではないかというぐらい顔を近づけた。
しかし、どう見てもロマンチックな様子はない。
ルシルフは罵声にも似た声で尋ねた。
「お主の保護者はエーデルンド・プリサーラか」
「え? そうだけど……。知ってるの?」
「行く!」
「へっ?」
「そなたの家へ行くぞ!」
え…………。
「ええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
マサキの声は黒い森のモンスターの眠りを妨げるほどの音量を持って、広がっていった。