第20話 ~ 人の声に耳を傾けな ~
お待たせしてすいません。
第4章第20話です。
よく晴れた空の下、少年と赤髪の女が対峙していた。
広い草原の上を風が滑っていく。
緩やかに互いの衣服と髪を揺らした。
マサキ、そしてエーデルンドだ。
2人の闘気が漲っていく。
最高潮に達した途端――。
「きぃいい!」
甲高い奇声を上げて、飛竜が飛び立っていった。
瞬間、マサキは飛び出す。
1歩遅れたエーデルンドは、ややスタンスを広げた。
突撃する弟子に対して、迎撃の姿勢を取る。
マサキは飛び上がった。
上段回し蹴り。
いきなりの大技だったが、エーデルンドは軽々さばく。
だが、マサキの攻撃は終わらない。
器用に空中で姿勢を変える。大きく足を上げ、赤髪に振り下ろした。
渾身の踵落とし――。
さすがのエーデルンドも、両腕を使って防いだ。
組み手をやり始めてから、マサキの体重は10キロ以上増えている。
筋力はさらに倍加し、子供といえど1発の威力は決して軽くはない。
踵落としも防がれたが、マサキは動く。
着地すると、今度はがら空きになったボディへ拳打を放った。
エーデルンドもボケッと見ていたわけではない。
すぐに構えを直し、少年の拳を迎撃する。
一呼吸で、5連打を打ち込むが、そのどれもが致命傷に至らない。
「攻撃が雑になってるよ!」
叱るのだが、マサキは容赦なく拳打を入れる。
速い。
さらにスピードが増す。
だが、エーデルンドはそのすべてに対応した。
「もっと動きな!」
呼吸を合わせ、意識が攻撃に向いた少年の足を払う。
体勢を崩した瞬間、エーデルンドは下段突きが相手の顔面を捉えた。
入った――。
が、マサキの目は諦めていない。
むしろ獲物を罠にかけた猟師のような目をしていた。
倒れた体勢のまま振り下ろされた下段突きを両腕で捉える。
足をあっという間に絡めると、極めた。
現代世界でいう飛びつき腕ひしぎ十字固めといったところだろう。
「あまい!」
エーデルンドは一喝する。
普通は腕を引き抜くところだろうが、彼女がやったことといえば、逆だ。
腕を突き入れたのだ。
正確には受け止められた下段突きを無理矢理押し込めたのである。
マサキの腕と足の中で加速した拳は、小さな顎へと届く。
そのまま振り抜くと、地面へ叩きつけた。
「ぐはぁ!」
身体の空気が一気に吐き出されるような衝撃――。
目の前で火花が散る。
半分微睡む視界の片隅で、エーデルンドの追撃が見えた。
マサキは反射的に身体をひねる。
拳をかわすことに成功したが、サッカー蹴りが脇腹を襲った。
10歳の少年の身体がまさにボールのように舞い上がる。
草原の上に叩きつけられた。
「痛ったぁ……」
脇腹の辺りを押さえながら、マサキは蹲る。
その顔面にエーデルンドは、再び下段突きを振り下ろした。
寸前で止まる。
息を吐くと、構えを解いた。
「まったく……。全然ダメ。攻撃を淡泊すぎる。相手をダウンさせることに固執しすぎて、身体の使い方を大きすぎるんだよ。だから、初動がバレバレ」
「……ぐぅ…………うう」
「腕ひしぎの狙いは悪くなかったけど、まだ技が荒い。付け焼き刃の技を使うよりも、もっと基本をしっかりしな。あんたはまだ身体が出来ていない。自分よりも強く、身体の大きな相手に対しては被弾しないことを意識しな。そのためには足を使って――」
マサキは立ち上がる。
顔をしかめ、脂汗を垂らしていたが、腕を上げて構えた。
両腕の奥から鋭い眼光を放ち、荒く息を吐き出す。
子供とは思えない。野獣のような闘気を放っていた。
「もう1本……。お願いします」
「人の話を聞いていたのかい」
「…………」
「ふー。何があったか知らないけど、昔のあんたを思わせるね。また1人で抱え込んでるんじゃないだろうね」
「違う……」
「どう違うんだい?」
マサキが最近、またコソコソと何かをやっていることは知っている。
犯人はロトで、概ね黒の森にでも出入りでもしているのだろう。
止めても聞かないし、そもそもロトが勝手にさらっているようだ(故に発見が難しい)。
ロトが付いているから、比較的安心はしているのだが、親としては気が気でなかった。
「強くなりたい」
マサキは呟いた。
ハッとするほど、意志力に溢れた言葉だった。
一瞬見せた大人びた表情に、エーデルンドはつと言葉を失う。
「それは誰かを倒すためかい? それとも誰かを守るためかい?」
「どっちも違うと思う」
「ほう……。じゃあ、一体なんなんだい?」
「追いつきたい」
「追いつく?」
ある人に追いつきたいんだ?
「ある人? それはアヴィン? それともあたし? もしくはロト?」
マサキは首を振った。
「じゃあ、一体誰?」
「それは言えない」
「あんたはその人を倒したいのかい?」
「違う。……しいていうなら、その人の隣に立ちたいんだ」
「ふーん」
エーデルンドは目を細めた。
何となく、マサキのおかれている現状を理解した。
すると、マサキをビッと指さす。
「マサキ……。強さとは何だと思う?」
「そ、そんなのいきなり言われてもわからないよ」
「だろうね。強さには様々なものがある。あたしはたくさんある強さの中でも、もっとも重要なのは、“自信”だと思ってる」
「自信……」
「確かにありすぎれば、それは慢心になる。しかしだ。なさ過ぎるとというのも問題なんだ。今のあんたには、恐らくそれが欠けている。だから、焦っているんだろうね」
「ぼくが…………焦ってる?」
「じゃあ、それを付けるためにはどうしたらいいと思う?」
マサキは少し時間を掛けて考えた。
「……練習?」
「良い答えだよ。……でも、練習だけでは自分の立ち位置はわからないだろ」
「強さの指標ってこと?」
エーデルンドは大きく頷いた。
「そのためにはどうしたらいい?」
「エーデを倒すとか? 何かの大会に出るとか?」
「違うね。誰かを倒したとか、大会で優勝したとかいう自信はね。結局、結果であって、自信ではない。あたしから言わせれば、それは慢心だ」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「人の声に耳を傾けな」
「え?」
「あんたを心配し、あんたを心の底から信じ、あんたを真に思いやってくれる人の声に耳を傾けな。それは決して多くないはずだ。だからこそ大切にしなければならない。そうして人のことを考えることによって、自ずと立つ位置が見えてくる。自分が何をすればいいかわかってくるのさ」
マサキの肩を叩く。
息子は顔を上げ、感謝の言葉を述べた。
「ありがとう。エーデ」
「わかってくれたかい。さて、今日の組み手は――」
「でも――。ぼくは強くならなきゃいけない。その人との距離が、絶望的に空いていたとしても、ぼくは追いつかなきゃならない」
やがて少年は構えを取る。
冷めた闘気を、再び燃え上がらせた。
眼光は先ほどよりも鋭く感じる。
――まただ。
エーデルンドは思った。
先ほどよりも、またマサキは1つ大きくなったような気がする。
ほんの数分ごとに息子が強くなる理由。
少し興味が出てきた。
「マサキ……」
「なに?」
「もし、次の1本……。あたしに勝てたら、アヴィンとの相談の上でだけど、あんたの強さを一段階引き上げてあげるよ。それであんたはもっと強くなれる」
「ホント!?」
「ああ……。アヴィンがOKしたらだけどね」
「やった!」
マサキは飛び上がった。
はしゃぐ少年は見ながら、エーデルンドは一喝する。
「ただし――! あたしが勝ったら、“あの人”のことを教えること。どうだい?」
マサキは固まる。
数秒悩んだ末、答えた。
「いいよ」
覚悟を決めた顔だ。
エーデルンドは口角を上げる。
それぞれの覚悟を賭けた組み手が始まった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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