第19話 ~ デートとはなんじゃ? ~
お待たせしました。
10日後――。
正確にいえば……。
マサキがエーデルンドに思いっきり殴られ、それをいさめようとしたアヴィンと壮絶な夫婦喧嘩へと発展した悪夢の日から10日後。
マサキは何とか保護者の目を盗み、ロトと一緒に黒い森へ赴いた。
相変わらず薄気味悪い空気が流れ、遠くで魔物の吠声が聞こえる。
足を忍ばせ、マサキはロトの後を付いていった。
待ち合わせ場所に辿り着く。
果たして、ルシルフは近くの岩に腰掛け待っていた。
「ルシルフ! ごめん、待った?」
マサキは膝に手をつき、息を切らす。
顔を上げると、ちょうど月明かりを受けたルシルフの顔が見えた。
青白く、魅力的な緑色の瞳が宝石のように輝いている。
マサキと目が合うと、ルシルフは思わず目を反らした。
「大丈夫じゃ。余も今来たところじゃ」
「そう。……でも、良かった。ホントに来てくれたんだね」
「ホントとはなんじゃ? 余は1度決めた約束事は守る。余の方こそ、お主が違えたのではないかと思ったわ」
「そんなことしないよ。初デートだしね」
「で、デート! そ、そそそそそれはあれか。逢い引きというヤツか?」
「よくそんな難しい言葉を知ってるね」
「言ったであろう。余は人間界のことを――って違う。デートとはなんじゃ?」
「男の子と女の子が仲良く遊ぶこと……かな?」
ルシルフは大きく頭を振る。
今気付いたのだが、彼女の髪型が少しだけ変わっていた。
前に会った時は無造作というか、あまり手入れがされていない――それでも綺麗な髪だったが――感じだったが、幾重にカールしていた髪がまっすぐに整えられている。
丁寧にブラッシングされた髪はふんわりとしていて、頭を振ると美しく乱れた。
マサキは指をさして指摘する。
「ルシルフ。髪……」
「なっ!」
慌てて魔人族の魔王は整えた髪を押さえた。
青白い肌が途端に林檎のように赤くなる。
「べべべべ、別にお前と会うからといって、整えてきたのではないぞ。きょ、今日はそうだな。だだだだ、大事な公務があったのだ。だから、今日は」
「すっごく綺麗な髪だね」
「~~~~~~!」
さらっとマサキは言う。
一方ルシルフの方は、今にも血が噴出せんばかりに赤くなっていた。
とうとう耐えきれなくなった魔王は、膝をつき、手を突いて四つん這いになる。
はあはあ、となんとか核(魔族の心臓)を押さえようとした。
だが、全く制御できず、激しく息を漏らすだけだった。
「だ、大丈夫!? ルシルフ。何か病気?」
「ちちち近づくな。ちょっと急いで魔界からやってきたから、息が切れただけじゃ。今、整える。しばし待て」
少年を突き放す。
また近づいて、優しい言葉をかけようものなら、今すぐにでも爆発してしまいそうだ。
しばしの時間をおき、ルシルフは立ち上がる。
顔は平静だったが、まだ赤かった。
おっほん、とわざとらしく席をした後、ルシルフは口を開いた。
「話は戻すが、デートとはなんじゃ?」
「だから、男の子とおんな――――」
「そ、そういう答えを聞きたいのではない」
「じゃあ、どういう?」
「そもそも余はお主にその――――好意を伝えておらん」
「え? ルシルフってぼくのことが嫌いなの?」
「そ、そうはいっておらん。……おらんが、その――。その段階にないというか。お主ほど好いているかといわれると……。ああ、もうわからん!」
折角、整えた髪をルシルフはぐしゃぐしゃにかき回す。
おかげで出会った時に戻ってしまった。
「とにかく、デートというのは何か軽薄な感じがする」
「じゃあ、なんて言えばいい?」
「“遊ぶ”もしくは“語らう”ということで良いであろう」
「わかった。ルシルフがそれでいいならいいよ。……でも、今度はデートしようね」
「マサキ……。そなた、意外と軽い男よな。……まあ、良い」
ルシルフはそこでようやく話題を打ち切る。
途端に魔王としての顔になると、草場の方に視線を放った。
「して。そこに隠れている者は何者じゃ」
覇気を吐く。
言葉に促されるように、逆三角形のシルエットが浮かび上がった。
草場からロトが現れる。
ルシルフの前に進み出ると、いつになく上品に傅いた。
「お前、森の管理者だな」
「お初お目にかかります。魔人族の王。おれ――じゃなかった――我が名はロトと申します」
「お前、10日前も近くにいたな」
「やはりばれてましたか……」
「余を誰だと思っている」
緑の瞳が冷たく光った。
ロトの張り出した肩が、今日は小さく見える。
それほど、魔族にとって魔王といわれる存在はとても大きいのかもしれない。
「して、ここに魔族が何用じゃ。邪魔だてするというなら――」
「待って、ルシルフ! ロトはぼくの友達なんだ」
「友達……?」
マサキが割って入る。
幾分、ルシルフの表情は和らいだが、傅いた魔族から目を離すことはなかった。
「そなた、余の他に魔族の友達がいるのか?」
「まあね。ロトはぼくの保護者の知り合いなんだよ」
「ふん……。命拾いしたな」
ルシルフは視線を収めた。
マサキの方に向き直る。
「して、何をして遊ぶ。それともまた語り合うか。お主の異世界の話は興味に尽きんからな」
「それもいいけど、これはどうかな?」
少年が取りだしたのは、木のコップ。
ハウスから持ち出してきたのだ。
「おお! それはあれか! 缶蹴りというヤツか?」
以前、マサキから聞いて、ルシルフはその遊びを知っていた。
話を聞いていた当時から興味深そうに目を輝かせていたので、今日はリクエストに応えようと、缶を持ってきたのだ。
「そうだよ。もう少し人数がいると面白いけど、3人でどうかな?」
「ちょっと待て! まさかと思うが俺様も人数に入ってるのか?」
「他に誰がいると思ってるんだよ」
「なんじゃ、ロト。余と遊べる栄誉を賜えるのじゃ。光栄に思うがよい。それとも何か……。余と遊ぶのは不服か?」
「め、滅相もございません!!」
ずざざざ、とロトは下がると、再び深々と頭を下げた。
あんなに恐縮している魔族を見て、思わずマサキは吹き出してしまう。
気付いたロトは、ギロリと黄金色の瞳で少年を睨んだ。
というわけで、魔王を交えた缶蹴りが始まった。
おそらく人類史に名を残すイベントだろう。
残念ながら、ギャラリーはいない。
黒い森にいるのは、マサキとルシルフ、ロトの1人と2匹だけ。
その取り合わせですら、歴史に残りそうだ。
じゃんけんの結果(魔王は初じゃんけんだった)、マサキがオニ役。ロトとルシルフが逃げる役になった。
「なんじゃ、余が逃げる方か。余はオニの方が良かったんじゃが」
早速、不平を漏らす魔王だったが、ぐるぐると手を回してやる気満々だった。
対称的にロトはため息を漏らす。
「どうなっても知らないぞ、マサキ」
「とりあえずやってみようよ。あと、缶はあんまり遠くへ蹴らないでね」
現在、ロトの計らいで魔物が来ないようにしてくれている。
それでも遭遇確率は〇ではない。
他はともかく、マサキが出会えば命はないだろう。
少年にしてみれば、命をかけた缶蹴り。
そしてデートだった。
蹴り役は当然ルシルフだ。
ロトとマサキは心配そうに見つめる。
「ルシルフ……」
「わかっておる。そっと蹴ってやるわ」
言葉通り、ルシルフは軽く蹴った。
それでも大飛球であることに代わりはなく、茂みの中に消えていく。
――あれぐらいなら大丈夫かな。
マサキは缶を探しにいった。
幸い、すぐに見つかり、元の場所に戻した。
「さて……」
周囲を窺った。
1歩前に出る。
視線を缶から話した瞬間、ヒュッと大気が動いた。
「え?」
目の端で影を捉える。
薄紫の髪をふわりと浮かせ、口端を歪めた少女がいた。
すでに缶を蹴る体勢が出来上がっている。
――速ッ!
その思考すら遅い。
だが――とマサキは心中で逆接する。
実はもうすでに罠は張られていた。
保護者――エーデルンドを出し抜いた禁じ手を、マサキは容赦なくルシルフにも仕掛けていたのである。
思いっきり蹴った後、ルシルフの動きは止まるはず。
すかさず、缶を踏んで名前を宣言する。
少年の頭にゲームプランが刻まれた。
だが、その目論見は脆くも崩れ去った。
がぎぃん!
力強い音が黒い森に響く。
思いっきり振り抜かれた缶は、梢を抜け、上空へと打ち出された。
しばし月夜を遊覧した後、森の彼方へと消えていった。
マサキは呆然と見送った後、缶があった場所を見つめる。
下から出た杭が、真っ二つに折れていた。
――すごい。
チープな感想しか出なかった。
いきなり勝負を決めてしまった小さな魔王は、腰に手を置き、ちっぱい胸を反らした。
「余の勝ちだ!」
ガキ大将のように、魔王は無邪気に笑っていた。
ルシルフが尊い……。




