表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/136

第9話(後編)

第9話(後編)です!

 巨大な極光が再び《死手の樹林に》に振り下ろされた。


 古代樹の枝葉を一瞬にして蒸発させる。

 竜頭が光を浴びるのに、刹那の時間差すらなかった。


「がぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 巨大な雷光がエヴィルドラゴンを包む。


 回避するわけでも、身もだえ苦しむわけでもない。

 ただ首を天に仰ぎ、なすがままの姿で、光を呷った。


 10秒以上注がれた極光は、次第に細い線へと集束し、辺りに余韻を残しながら消えた。


 魔法の照射が終わった後も、エヴィルドラゴンは天を仰いだままだった。

 それは、ドラゴンとしての矜持。

 王者として最後の抵抗のように見えた。


「カヨーテ!」


 バリンが叫ぶ。


 古代樹の幹から飛び出したのは、禿頭の重装騎士。


「待ってました!」


 魔法袋の中に温存していた大戦斧を取り出す。


 バリンが駆けだしたのを見計らい、クリュナが補助魔法を使う。


 筋力を上げたカヨーテは跳躍する。

 狙うは、喉から飛び出たままの『ドラゴンの火袋』。


 さらにバリンが風力魔法を追加し、カヨーテを打ち上げた。


 戦斧を握り直すと同時に、力を込める。


 シュン!


 絹を裂くような音――。

 エヴィルドラゴンから火袋が切り離される。

 袋に溜まった赤黒い炎が飛び出した。


「わわわわわわわ……」


 空中でなんとか交わそうと、四肢をじたばたさせる。

 慌てる禿頭の騎士を、防護魔法の光が優しく包んだ。

 被害を免れたカヨーテは、下で魔法をコントロールするクリュナに向かって親指を立てる。


「ありがとよ、クリュナ」

「あとで甘い物でも奢ってもらうわよ」

「お前、神官だろ? 慈悲はないのかよ?」

「他の人間にあげちゃって、あんたの分なんかないわ」


 地面に降り立ちながら、禿頭を撫でる。

 ゆっくりとカヨーテを下ろしていたクリュナの視界に、人が落ちてくるのが見えた。


「セラフィ!」


 クリュナが叫ぶ。

 返事はない。頭を下に向けた姿勢で落下している。


 即座に動いたのは、バリンだった。

 風魔法で高速移動すると、激突する寸前でセラフィをキャッチする。


 クリュナとカヨーテは同時に息を吐いた。


「大丈夫か? セラフィ」


 地面に下ろしながら、バリンは声をかける。


 セラフィは薄く目を開けた。

 瞳は落ちくぼみ、うっすらと隈が浮かんでいる。

 典型的な魔力切れの症状だった。


「ああ……。ありがとう、バリン」


 二度の高速言語によるフル魔力の【雷獣の奏】。


 いかなセラフィといえど、ただではすまない。

 身体はだるく、視界がぼやける。

 それでも彼女は首をエヴィルドラゴンに向けた。


「ヤツは?」

「おそらく死んではいない。またショック状態に陥ったのだろう。さすがに2回もあれをくらっては、すぐには動けないはずだ」

「そうだな……。でも――」


「やったぁ! すごいすごい!」


 クリュナの歓声が一際大きく響く。

 カヨーテが切り裂いた『ドラゴンの火袋』を広げて喜んでいる。


「おい、クリュナ! 遊ぶなよ。売りもんに傷がついたらどうするんだ?」

「あ、そっか?」

「2人とも……。それはセラフィのものだ」


 カヨーテとクリュナはこちらを向き。


「「ああ、そう言えばそうだったな(わね)」」


 と口を揃えた。


 魔力切れを起こし、思考能力が落ちたセラフィは、妙な違和感を覚えた。


「さて、そろそろ移動しよう。立てるか、セラフィ」

「ああ……。その前にバリン。魔力鎮静剤を持ってるか?」

「……。すまない。今、私の魔法袋には――」


 魔力鎮静剤は、魔力切れを起こした時に症状を和らげるため薬だ。


「なら、私の魔法袋に入ってるから、取ってくれない?」

「わかった。だが、少し待ってくれ。まずは退避が先決だ」


 バリンはセラフィに肩を貸しながら、無理矢理立たせた。


 ――なんだ? 何か……何か…………嫌な予感がする。


 仲間に支えられながら、セラフィは自分の胸に残った“しこり”のようなものの原因を考えていた。


 クリュナたちと合流し、一行はその場を離れる。


 背中越しにエヴィルドラゴンの子供の鳴き声が聞こえた。

 犬が甘えるような声で、母竜を心配している。


 子供の声に反応するかと思ったが、エヴィルドラゴンは目を見広げ、天を仰いだままの状態で固まっている。

 ショック状態から復帰する気配はない。


 それでもセラフィの鼓動は異質な音を立て続けている。


 このままセーフポイントに何事もなく帰る。   


 しかし、何故か全くそう思えない……。


「クリュナ……。魔力鎮静剤は持っているか?」

「えっと……。あ、ちょっと待ってね」


 隣を歩くクリュナは魔法袋の中を覗く。

 えーと、と言いながら、飛び出したのは例の焼き菓子だった。


「違う。これじゃないわ」

「だから、余計な物を入れるなと言ったんだ!」


 セラフィは反射的に怒鳴っていた。


「おい……セラフィ。あんま大きな声を上げるなよ。ヤツが起きちまう」


 『ドラゴンの火袋』を担いだカヨーテがたしなめた。

 すまない、とセラフィは声を上擦らせながら謝罪した。


「カヨーテ……。そんな事を言うものじゃないわ。セラフィは魔力切れを起こしているのよ。おそらく理性がうまく働かなくて、イライラしているのよ」


 ――そうなのだろうか?


 確かに魔力切れは、神経が高ぶり、理性よりも本能的な行動が多くなると言われている。

 ならば、セラフィが抱えている不安も、魔力切れによる副次的なものなのだろうか……。


「さて……。この辺りでいいだろう」


 バリンの足が止まった。


 古代樹が鬱蒼と茂り、巨大な根が幾重に絡まった場所。

 おそらくセーフポイントからまだ距離があるだろう。


 バリンが魔法袋に手を入れる。

 やっと魔力鎮静剤を出してくれるのだろうか、と思った。

 しかし――先ほどバリンがこう言った。


『今、私の魔法袋には――』


 それが「ある」と捉えることも出来る。

 だが、前後の文脈から推理すれば、バリンは「ない」と言ったのだ。

 ならば、彼は何を取り出そうとしているのだろうか。


 袋から現れたのはショートソードだった。


 愛剣にしている――柄に魔宝石がついたもの。


 突如、バリンはセラフィから離れた。

 支えがなくなった彼女は、くたりと地面に倒れる。


 な……に…………?


 声が出ない。

 喉が渇ききっている。

 なのに、全身から汗が噴き出す。


「どうする? ここでやるのか?」

「セーフポイントに戻った方が……」

「いや、他のパーティが――」


 3人が集まり、何やら話をしている。

 特にカヨーテはしきりに下半身をもぞもそさせていた。


 心臓が鳴る。

 早鐘以上に……鳴る。


「それに……前に……………………まほうつかい…………」


 魔法使い…………?

 ああ……。『ワナードドラゴン』の仲間の1人を殺した……。

 ヤツが現れるのを警戒しているのか?

 3人はヤツが現れるのを知っているのか?


 幾重にも幾層にも疑問が重なっていく……。


 しかしセラフィに答えを導く気力も体力もない。

 ただ耳朶が拾う情報を聞くしかない……。


「もし…………。もし、だ」


 最後の気力を振り絞り、セラフィは声をかけた。

 3人は振り返る。


「私が……バリンたちの逃走の足手まといなっているのなら……。わ……わたしを…………置いていって………………くれ………………」


「セラフィ……」


 クリュナは駆け寄る。

 少しやつれた女賢者の腕を持ち上げ、手を握った。


「そんなことはしないわ」


 クリュナは微笑む。天使のようだった。


 セラフィは涙が出そうだった。

 一瞬でも疑った自分を悔いた。

 そして再度、懇願する。


「なあ、クリュナ……。私の袋から…………鎮静ざ…………を…………」

「それはダメ――」


 まるで子供に言い聞かせるように――。


「ねぇ、セラフィ……。あなたって――――」



 ホントウニ、ナカマオモイナノネ……。



 柔らかく……。

 なのに凄惨に……。


 そして悲劇は幕を開けた。


続きます。


※ 明日も前後編になります。

  前編を明日12時。後編を18時になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました。↓↓こちらもよろしくお願いします。
最強勇者となった娘に強化された平凡なおっさんは、伝説の道を歩み始める。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ