第18話 ~ “好き”って決めてしまったんだ ~
お待たせしました。
白い絵筆で線を引くように山の稜線が輝きはじめる。
時間と共に、朝日が顔を出した。
夕焼けにも似た赤い朝空を見ながら、ルシルフは名残惜しそうに立ち上がる。
「朝か……。忌々しいことじゃが、そろそろお別れじゃ」
「そうなの?」
「うむ。……余はこれでも王であるからな。玉座に余が不在となれば、心配する者も現れる故。覇王の悲しき定めよ」
「そうか。じゃあ、ぼくも戻らないと」
同じくマサキも立ち上がった。
パンパンと尻を叩く。
長時間座っていたためか、ごわごわしていた。
「うむ。面白い話だった、マサキ」
「ううん。こんな話で良ければ、いつでも……」
「いつでもか……。それは魅力的な提案だな」
ルシルフはどこか達観したように薄く微笑む。
「ルシルフ」
「なんじゃ?」
「今度はいつ会える」
深緑の瞳が大きく見開いた。
同時に、黒い森に漂う朝の空気を大きく吸い込む。
「お主、また余に会おうというのか?」
「え? ダメ? 折角、友達になれたのに、1回っきりじゃもったないないよ」
「ううむ……」
ルシルフは少し考え込んでから言った。
「そなた、変わっておるな」
「はは……。よく言われるよ」
「余は魔王だぞ。魔王にもう1度、会うつもりなのか?」
「ダメなの?」
「だ、ダメというわけではないが、普通は思わんだろ」
「ぼくはもう1度、ルシルフに会いたいよ」
「む……」
自称魔王は首を絞められたかのように息を詰まらせる。
再び、マサキを睨んだ。
「何故だ? 何故会いたい? 余に……。よもやお主。もう1度、余を誘い出して、大人たちに掴まえさせるつもりではないであろうな」
「そ、そんなことをしないよ!」
「では、何故余に会いたいのだ?」
「それは……。……怒らない?」
「事と次第による」
「じゃあ、喋らない」
マサキはプイッと背けた。
予想外の返答に、慌てたのはルシルフの方だ。
「わかったわかった。余の名誉にかけて、お主を裁かんでおく。だから、申してみよ」
半目で小さな魔王を見つめた後、マサキは逡巡しながらも、答えを口にした。
「あのね。たぶん、こんなことを人に――ううん……。魔族にいうのは、初めてなんだけど」
「……もったいぶらずに申してみよ」
マサキはむずむずと口元を動かす。
すでに耳まで赤くなっていた。
対して、小さな魔王の顔も赤い。
こちらは怒りだ。
少年の煮え切らない態度に、今にも噴火しそうなほど苛ついていた。
はあああああ、とマサキは大きく息を吸い込む。
「ぼく……。ルシルフのことを好きになっちゃった」
「……す…………き………………ぃ…………?」
好きじゃと?
うん……。
マサキは頷く。
ルシルフは呆然としていた。
赤かった顔は、青ざめている。
今にも目を回して、倒れそうだ。
マサキはホッと息をもらした。
「良かった。好きっていって通じるんだね」
「わ、わかっておる。余は人間について勉強したからな。つまり、あれだろ。そなたは余に特別な好意を抱いているということだろ」
「うん」
はっきりと頷く。
清々しさすら感じる態度に、ルシルフは慌てに慌てた。
もはや、魔界の王を名乗った時の不遜な少女の姿はない。
まるで初めて恋をしたような村娘がそこにいた。
「だ、だが……。そなたと余が会って、そんなに時間は――」
「たぶん、一目惚れだと思う」
「ひとめ……ぼれ…………」
聞けば聞くほど、尋ねれば尋ねるほど、ルシルフの顔が難しく歪んでいく。
ピィィィイ、とお湯の沸いたヤカンのような声を上げて、今にも身体がガラガラと崩れていきそうだった。
「で、では……。どどどどこがいいのじゃ。余の――」
「ううん。初めてみた時にピンと来たんだ」
「……なにが?」
「ぼくはこの子と仲良くなりたいって。……前にね。ぼくの保護者に尋ねたことがあるんだ。奥さんのどこが好きなのって」
「そしたら、どう答えたのじゃ」
「『わからないよ。一目見た時に、もう“好き”って決めてしまったんだ』って言ってた。その時にはよくわからなかったけど、今ならわかるよ」
「よ、余はわからぬ」
「うん。そうかも知れないね。……話を戻すよ。つまりはそういうことなんだ。ぼくがルシルフに会いたいと思うのは。今度はぼくが訊くよ。また会える? ルシルフ」
甘く優しく切なげな子供の声だった。
ルシルフはマサキから目を背けている。
予感があった。
見た瞬間、「会える」といってしまいそうだったから。
だけど、その言葉を王としての矜持が阻んでいた。
何か支配される。征服される。
王として恥ずべき行為を享受してしまいそうな気がしたからだ。
少し合間を取り、ようやく精神を回復させたルシルフは、ふんと鼻を鳴らした。
「わかった。そなたがそこまで望むのであれば、会おう」
「ほんと?」
「王は嘘をつかん。そうだな。お前たちの私感時間で10日後でどうだ?」
「うん。いいよ。会えるならいつでも。やった」
「よ、良いか。そなたがそこまで言うから、王としての慈悲を与えてやったのだ。べ、べ別に他意があるわけじゃないぞ」
「わかってるよ」
「本当にわかっておるのだろうな」
話しているうちに、朝日が昇っていた。
黒い森は相変わらず暗かったが、それでも夜中よりも幾分明るく見えた。
ルシルフは背を向ける。
顔を向けた先には、【魔界への道】が見えた。
「では、行くぞ」
「10日後……。絶対だよ」
「わかっておる」
「じゃあ、バイバイ! ルシルフ」
「ば、バイバイ……」
マサキが大きく手を振る。
一方、ルシルフは顔を赤くし、小さく手を挙げるだけに留めた。
大地を蹴る。
一足飛びで見えなくなってしまった。
恐ろしい膂力だ。
魔王を自称するだけはある。
それでもマサキはワクワクしていた。
いや、ドキドキかもしれない。
今さらになって胸が痛くなってきた。
顔を上げる。
少年は笑みを浮かべた。
嬉しかった。
10日後にまた会える。
それが無性に嬉しかった。
感動するマサキの前に、ロトが姿を現したのは、ルシルフが飛び立った直後だった。
気配に気付いたマサキは顔を上げる。
胸に置いた手を離した。
「ロト。無事だったんだね」
「ああ。まあな」
何か様子が違う。
能面の顔からいつになく神妙な雰囲気が漂っていた。
「もしかして、ずっとそこにいた?」
「ま、まあな」
「……えっと? どれくらい?」
「お前が、昔の話を始めた時ぐらいからだ」
――ほとんど全部じゃないか!!
「お前の告白シーンもバッチし見てたぜ」
「な――!」
マサキは蹲る。
ルシルフの前では平静を装えていた少年だが、人が見ていたと聞いて、蹲る。
本人を目の前にするよりも恥ずかしく、動けなくなってしまった。
だが、ロトは小中高連れ添った悪友のようにからかったりはしない。
魔族だからだろうか。
じっとマサキを見つめ、こう言った。
「お前、凄いな……」
黄金の瞳を向ける。
マサキは立ち上がり、首を傾げた。
「は? え……。いや、そうでもないけど。――って、何が?」
「今の魔族……。本人がいっていたように魔人族の王だぞ」
「ロトは知ってるんだ。有名人なんだね」
「お前……。それを知った上で、告白したのかよ」
「うん……」
マサキは頷く。
一方、ロトは布のような手をだらりと垂らし、また――。
「凄いな」
と言った。
「まあ、いいや。オレ様には関係のないことだし」
「そんなこと言わないでよ。10日後、ここに連れてくるのは、ロトだからね」
「オレ様にエスコートさせんのかよ! お前らのデートだろ?」
「さすがに黒い森の深奥まで来られないよ」
「はあ……。保護者付きのデートなんて聞いたことないぞ」
「ぼくたちは若いんだ。仕方ないだろ」
「子供がいうのかよ。……てか、あっちは人間の時間で言うと、3桁に昇るババアなんだけどな」
「超年の差だね」
マサキはあっけらかんと言う。
これにはロトもお手上げだった。
「わかったよ。連れてってやる」
「やったー」
「だが、その前に――」
「うん。わかってる。……ぼくたちが生き残れるかが問題だね」
ロトがいれば、この黒い森を脱出できるだろう。
だが、ハウスに帰れば、そこに待ち受けるボスキャラの脅威からは逃れられない。
マサキは保護者の拳骨を想像する。
今から頭が痛かった。
少年少女の恋愛は心が癒やされるんじゃあ……。
新作『3000年地道に聖剣を守ってきましたが、幼妻とイチャイチャしたいので邪竜になりました。』の方もよろしくお願いします。




