第15話 ~ 樹海の魔王様だ ~
お久しぶりです。
やや不定期スローペースになると思いますが、こちらも再開していきます。
今後ともよろしくお願いします。
今日も遊びで疲れ果てたマサキと、そのベッドに寄りかかるようにして眠ったロトを見て、エーデルンドは目を細めた。
明かりを消し、そっと寝室のドアを閉じる。
リビングに戻ると、アヴィンが山羊の乳汁を温めていた。
湯気のたった木のカップをテーブルに置く。
「飲むかい?」
「ああ。いただくよ」
エーデルンドは椅子に座る。
カップに口を付けると、程良い暖かさの乳汁が、喉元を流れていく。
胃の中がほんわりと暖かくなるのと同時に、1日の疲れが洗い流れていく。
カップを置き、ぐりぐりと首を回す。
「はああ……。今日も疲れたねぇ」
「まるでおばさんみたいだ」
「400年も生きてるんだ。十分おばさんだよ」
「おばさんどころか、おばあさんですらないけどね」
アヴィンも椅子を引いて座る。
対面に座った伴侶と同じようにカップに口を付けた。
「それにしても仲がいいね、彼らは。今日も1日中遊んでたんだろ?」
「旧友がとられたみたいで妬けるかい?」
「うーん。ちょっとね」
アヴィンは苦笑い浮かべる。
「こんなことなら、もうちょっと早く会わせても良かったかもしれないね」
「そうでもないさ。マサキにある程度の強さが備わっていたからこそ、ロトも認めてくれた節はある。強さは魔族の唯一といえるバロメーターだからね」
「なるほど。確かにそうだね」
「でも、良かったよ。マサキに友達が出来て」
「心配してたんだね」
「2年前の事件以来、友達を作ろうとしないからね」
「何度か村には連れて行ったんだろ?」
「まあね。……一緒に遊んだりもしていた。でも、なんかあいつ――自分で線を引いちゃうんだ。そこがね。なんか子供らしくなくて、あたしは気に食わなかった。あたしの頃はもっとぶつかっていた。喧嘩もしたけど、それがずっとわだかまりになるようなことはなかった」
「そういう意味では、マサキはやっと自分が全力でぶつかっても大丈夫な相手に出会えたんじゃないかな」
白い乳汁を見つめながら、アヴィンは言った。
「ぶつかって――ってのは、頑丈とかそういうのじゃなくて……」
「わかってるよ。……でも、彼にとって重要なんだよ。自分がぶつかっていって、壊れないと思える相手に出会えることは……。マサキは強い。そして賢いからこそ、自分がまだ力に振り回されていることを知っている。何か彼の中で自信を掴めればいいけどね。それまではロトはちょうどいい相手かもしれない」
「……ロトは魔族で、私たちと同じくらい年はとってるけど、中身はまだガキだからね」
エーデルンドはクツクツと笑う。
妻の顔を見ながら、アヴィンは目を細める。
一言呟いた。
「良かった」
「ああ。何にせよ、マサキに友達が出来るのは嬉しいことさ」
「そうじゃないよ。いや、その意見には同意するけど」
「だったらなんだい?」
「君がようやく笑ってくれたから。最近、ずっと難しい顔をしてたからね」
「そ、そうかね」
エーデルンドは自分の頬を揉んだ。
「ぷっ! 変な顔」
「変な顔とはなんだい!」
ガタッと椅子を蹴って、エーデルンドは立ち上がる。
アヴィンは指さしながら、カラカラと笑った。
やがて乳汁も空になり、アヴィンは立ち上がる。
「さて、そろそろ寝ないと」
「なんだよ。まだ酒があるぞ」
「残念ながら、朝早くから魔界だ」
「そうなのかい」
エーデルンドは持ち上げようとした酒樽を床に戻す。
「しばらく空けるよ。10日ぐらいかな。それぐらいをめどに帰ってくる」
「何かあったのかい?」
昔は、1年2年帰ってこないことはざらだったのだが、マサキがこのハウスに来てからその間隔は短くなっていた。
10日というのは最近では異例の長さだった。
「どうやら、ある地方に新しい魔王が立ったらしい」
「第2のシャーラギアンかい?」
「それを見定めるための調査さ。だから、もっとかかるかもしれないね」
魔界にも人間ほどきっちりはしていないが、国――というよりは地方を治める魔族の王がいる。
先ほどエーデルンドも言ったが、魔族にとって強さは1つのバロメーターだ。
つまり、王とはその地方の中でもっとも強い魔族のことを差し、敗れた者はその王に付き従う。それが魔界での暗黙の掟だった。
何百年という単位で地方に君臨し続けた後、力が弱まった時に他の魔族に殺され、王の座から引きずり下ろされるというルーティンが、魔界のあちこちで行われていた。
シャーラギアンも一地方の王だったといわれるが、彼の場合あまりにも強大で、魔族の中にも反感を持つ者は少なくない。
「気を付けなよ」
「わかってる。君やマサキをおいて、死ぬことは絶対にないさ」
そして久しぶりに、2人は同じベッドで一夜を明かすのだった。
★
ある日、午前の鍛錬を終え、休憩していると、マサキはロトに尋ねた。
「ロトって普段はあの森にいるんでしょ」
マサキがハインザルドに来てからずっと見続けていた黒い森を指さす。
【ラソルの樹海】と呼ばれ、多くのモンスターや魔族の亜種が住む。
ランクこそA級となっているが、難易度の高さは群を抜いており、世界最高難易度と称する冒険者もいる。
「まあな。あそこでは俺様が一番偉いんだぜ」
「じゃあ、ラソルの樹海の王様なんだ。ロトは……」
「おう。ラソルの樹海の魔王様だ」
エッヘンと偉そうに胸を張る。
ただし、胸がどこら辺なのかよくわからない。
「言ってみたいなあ」
「行きたいか、マサキ」
「いいの?」
「いいぞ。俺様が案内してやる」
「ダメだよ」
びしゃりと後ろから声をかけられた。
2人は同時に振り返る。
洗濯籠を持ったエーデルンドが立っていた。
赤髪に三角巾を巻き、エプロンを着ている。すべてアヴィンのお手製だ。
シーツをのばしながら、ピンと張ったロープにかけていく。
「えー。なんでだよ、エーデ。俺様が案内するんだからいいだろ?」
「ダメなものはダメだよ。さすがにあそこは危険すぎる」
「大丈夫だって。あそこでは俺様が王様だ」
「あんたが王様だろうと、魔王様であろうと関係ない。あそこはまだマサキには早すぎる」
ロトはブーイングを飛ばす。
「ありがとう、ロト。ぼくがもっと強くなったら連れてってよ」
興味はある。
けど、前回のD級ダンジョンでの一件で、マサキもさすがに懲りていた。
保護者があれほど頑ななのだから、相当強いモンスターがうようよしているのだろう。
だが、ロトは納得していなかった。
うねうねと布のような手をヒラヒラさせながら、黄金色の目を光らせていた。
4章後半戦。
やっと冒頭のあのキャラが登場します。
お楽しみに。