第14話 ~ おやすみ。2人とも ~
第4章前半これにて終わりです。
――触れれば、ボクの勝ちだ。
マサキは拳を握りしめる。
対して周囲の壁を振り払い、ロトは壁の内側へと入ってきた。
一部破壊されたとはいえ、今だ土壁は健在だ。
半径10メートルほどの穴底のような空間が、マサキを中心に広がっている。
その足元には缶を模した木製のコップ。
これを蹴られれば、マサキの負け。
その敵は目の前にいる。
魔法で増幅すれば、一足で飛べる距離だ。
つまり、触ることが出来れば、マサキの勝ち。
しかし、有利と受け取ることは難しい。
逆に言えば、缶に対して10メートルまで接敵されてしまったと捉えることが出来る。相手から見ても、一足飛びに狙える距離。
故に、絶体絶命ともいえる。
上ではすでに戦いが始まっていた。
激しい剣戟の音が聞こえるわけではなかったが、先ほどからボロボロと土壁の破片が落ちてくる。
少し心配ではあるのだが、見上げる余裕などあろうはずがなかった。
正面を見据える。
金色の瞳が少年を映していた。
ヒラヒラと腕が踊る。
マサキは攻撃の気配を察した瞬間、その前に口で制した。
「ロト。1つ忠告しておくよ。その腕でボクに攻撃して、ボクが触れることが出来れば、君の負けだからね」
「……おっと。そうだった」
危ない危ない……。
心の中で汗を拭う。
ロトは完全に戦闘モードだった。
きっとマサキを攻撃してでも、缶を奪おうとしただろう。
この魔族は加減というものを知らない。
また怪我をするのはごめんだと思い、先に牽制しておいたのだ。
「缶なら問題ないんだろ」
「そうだね」
マサキは頷く。
瞬間、ロトは動いた。
ふっと視界から消える。
逆三角のシルエットは側面に周り込んでいた。
――足が一本しかないのに、どうしてそんなに素早く動けるんだよ!!
マサキは咄嗟に振り向く。
ロトが伸ばした手をタッチしようとした。
瞬間、魔族は手を引っ込める。
再び動く。今度は直上――。
「フェイントだろ!」
直上はマサキの背丈がある分、もっとも缶から遠い位置だ。
ここから手を伸ばしても、届かない。
ましてマサキに触れられれば、ロトの負けなのだ。
マサキの読みは当たる。
逆側面を突く。
だが、またしてもマサキの威嚇に合った。
ロトはまた移動。
激しく穴底のような空間を動き回る。
マサキの視線を散らす作戦だ。
――落ち着け……。
激しく打ち鳴らす鼓動を意識的に抑える。
最近、エーデルンドと取り組んでいる訓練だ。
緊急事態に陥った時の対処法。
先日のダンジョンでの失敗を反省し、師匠(仮)に教えてもらった。
付け焼き刃だが、やらないよりマシだ。
冷静に考える。
今、自分がなすべきことを。
――ボクが見るべきなのは、ロトじゃない。ロトが缶を蹴りにくる瞬間だ。
改めて触れば勝ちという意識を思考に刷り込む。
しかし、ここでさらなる想定外が起こった。
土壁を叩く音が上へ上へと向かっていく。
「しまった!」
意図を察して、少年は舌を鳴らす。
おそらく作戦を切り替えたのだろう。
ロトはエーデルンドと合流して、2対1でアヴィンと対峙するつもりだ。
――いや、でも待てよ。
これは缶蹴り。
戦いではない。
缶を蹴ることに目的を置いた遊びなのだ。
マサキは一抹の不安を抱く。
その悪い予感は当たった。
「マサキ! 助けてくれ! ロトとエーデが!!」
上の方で叫び声が聞こえた。
アヴィンだ。
マサキは飛翔魔法を使い、上昇する。
アヴィンがエーデルンドを中空で追いかけ回している。
飛んでもないスピードだ。
神同士の戦いを彷彿とさせる。
次元が違っていた。
2人だけ別世界の人間だ。
だが、何かトラブルが起きたようには見えない。
と――その時。
「マサキ! よく助けにきてくれたな」
紛れもなくアヴィンの声……。
振り返ると、逆三角のシルエットが見えた。
金色の瞳がニヤリと笑っている。
――声真似!!
しまった!
叫んだが時には遅かった。
ロトが反転すると、急降下する。
マサキも慌てて引き返した。
ロトの背中と、がら空きになった缶が見える。
速い――!
追いつかないかもしれない。
それでも追いかけずにはいられなかった。
ロトは地面に到達する。
木のコップを見て、目を細めた。
口がないぶん、正確にはわからなかったが、笑っているようにも見える。
「俺の勝ちだ」
ロトは布のような手を返すのだった。
◆
2回戦が始まる前。
缶の捜索をしながら、アヴィンはマサキの背中に語りかけた。
「マサキ……。1つだけ僕からアドバイスをしてもいいかな」
「え? う、うん」
マサキは素直に驚いていた。
アヴィンは普段の修行においても、あまりアドバイスをしたりしない。
試行錯誤することこそが、最良の授業だと思っている節があり、あまり具体的なことはいわないのだ。
今、振り返ると、アヴィンも結構本気で缶蹴りを楽しんでいたのかもしれない。
「ぼくから言わせると、あの2人のコンビは最悪な組み合わせだ」
「そうなの?」
「ロトもそうだけど、エーデも勝つことに手段を選ばないところがある」
「ああ。確かに……」
普段の組み手でも、結構えげつない攻撃をしてくることがある。
思い当たる節はいくつかあった。
「子供の君から見て、かなり卑怯な揺さぶりを掛けてくるだろう」
「たとえば……」
「それはぼくにもわからないな。でもまあ、とにかく、今言えることはこの遊びの原点に帰ることだ。そうすれば自ずと相手の思考もわかるはずだよ」
そう忠告し、アヴィンは缶の捜索に戻っていった。
◆
「な、にぃ!!」
叫声を上げたのは、ロトだった。
缶を手で叩こうとした瞬間、地面から蔦が伸びてきた。
柔らかな魔族の手を捉える。
さらに、蔦は伸びていき、逆三角の体躯を絡め取った。
「おしかったね。ロト」
「マサキ! てめぇ!」
蔦を切ろうとするが、さらに緑が波のように押し寄せ魔族を包んでいく。
「びっくりしたよ。まさかアヴィンの声真似が出来るなんて。本当に何かあったと思ったじゃないか?」
「お前、読んでたのか?」
「何か仕掛けてくるのはね。あんな方法でボクをおびき出すとは思ってもみなかったけど。でも、残念。何もなしに、ボクが缶から離れるわけないでしょ」
「くそ!」
ロトはもがくが、もうどうしようもない。
マサキは微笑む。
勝利を確信した。
「というわけで、ロト掴まえた」
マサキはタッチする。
がっくりと項垂れた魔族は、手を伸ばして蔦を引きちぎった。
「ああ。くそー。いいアイディアだと思ったのによ」
「なんだい? 負けたのかい?」
声は上から降ってきた。
見上げると、アヴィンとエーデルンド夫妻が降りてくる。
あちらも勝負がついたらしい。
エーデルンドの機嫌が悪そうなところをみると、アヴィンが勝ったようだ。
「うるせぇぞ、エーデ。お前こそ、アヴィンに負けてんじゃねぇか」
「ピーピーやかましいねぇ。あたしは囮。あんたが本命だろ。マサキにやられてんじゃないよ」
「エーデ。そこはマサキの健闘をたたえるべきだと思うけど」
「ふん……。作戦が悪かったのさ」
すっかり拗ねてしまった。
逆にアヴィンはマサキの肩に手を置いて労う。
そしてそっと耳打ちした。
「エーデはね。ロトの声真似を聞いて、動揺してぼくに捕まったんだよ」
「え? ホント?」
「なかなか可愛いところあるだろ」
「ふふ……。そうだね」
「自慢の妻だからね」
アヴィンは軽くウィンクする。
「おーい! もっかい! もっかい! やろうぜ!!」
ロトは元気だ。
敗戦のショックを微塵も感じさせない。
1番楽しんでいるのは、この魔族なのかもしれない。
「どうする? エーデ。まだやる?」
エーデルンドはすぐ返事しなかった。
けれど、やはり負けたままなのが悔しいのだろう。
「ええい! やってやるわ!!」
と腕をまくるのだった。
★
結局、その後2回行った。
マサキが攻撃側にまわり、結局2敗。
ロトは攻撃と防御側をやって、1勝1敗。
同じくエーデルンドも、攻撃と防御側にまわり、1勝1敗。
ずっと防御側に回っていたアヴィンが、2勝した。
同数では缶蹴りは守り手のほうが有利であることを示してしまった。
とっぷりと日が暮れ、ハウスに戻る。
疲れ果てたマサキは、汗を拭うと、夕食も食べずに眠りこけてしまった。
アヴィンはそっとマサキの寝室の扉を開ける。
子供がベッドの上で規則正しく寝息を立てていた。
そのベッドに寄りかかるようにして存在したのは、逆三角のシルエット。
手をだらんと垂らし、疲れ果てたロトの姿があった。
「おやすみ。2人とも」
鼻を鳴らす。
そしてゆっくりと寝室の扉を閉めるのだった。
先週もアナウンスさせていただきましたが、しばらく休載させていただきます。
ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解のほどよろしくお願いします。
次回からは第4章後半です。
ルシルフとマサキの出会いが描かれる予定ですので、
楽しみにお待ち下さい。
『異世界の「魔法使い」は底辺職だけど、オレの魔力は最強説』をよろしくお願いします。