第13話 ~ 君は僕に1度も勝ったことがないんだよ ~
第4章第13話です。
よろしくお願いします。
缶蹴り後半戦。
組分けは攻撃側がエーデルンドとロト。
防御側がマサキとアヴィンという組み合わせになった。
「経験者組になってしまったけど、いいかな?」
「あたしは構わないわ。ただし、さっきみたいなこすい真似をしやがったら、ぶっ潰す」
完全にエーデルンドの人格が変わっていた。
よほど腹に据えかねたらしい。
「ボク、また防御側だよ」
一方でマサキはしょぼくれていた。
アヴィンはポンと少年の肩に手を置く。
「大丈夫。ぼくの予測だとそんなことは関係ないと思うよ」
「え?」
顔を上げるが、アヴィンは口角を上げるだけだった。
缶をセットする。
横でエーデルンドとロトが何やら話し合いをしていた。
逆三角の魔族は1度、目を剥く。
その後、ニヤリと笑ったような気がした。
「俺様はそれで問題ないぞ」
ヒラヒラと腕を振った。
缶の前にエーデルンドが立つ。
軽く素振りして、やる気満々だった。
「エーデ。今度、そんなに飛ばさないでよ。さっきロトがいなかったら、見つけられなかったんだから」
「わかってるよ。安心しな。あたしはすぐ見つかるところに蹴ってやるよ」
というのだが、顔に貼り付いた笑みは崩れない。
一層、歪んだようにも見える。
明らかに何かを企んでいた。
マサキはちらりとアヴィンに視線を送る。
心中を察してくれたのだろうが、向こうもわからないらしい。
ただ肩を竦めるのみだった。
「じゃあ、行くよ」
思いっきり足を振り上げる。
マサキは「あ! また」と思った瞬間。
こん……。
乾いた音が森に広がった。
「へ――」
マサキの目は点になる。
缶は1メートル中空を漂うと、あっさりと落ちてしまった。
コロコロと転がり、やがて木の根本で止まる。
わずか数メートル先。
目に見える範囲だ。
これなら缶を探す手間がないのだが、それにしても――。
マサキは振り返る。
赤髪の女は豊満な胸を見せびらかすように立ったままだ。
本来なら缶を蹴った瞬間、猛ダッシュで隠れるものなのだが、その様子はない。
――まさか……。
少年はピンと来た。
おそらく缶をセットした瞬間、缶を蹴るつもりなのだろう。
やれやれ、とマサキは缶を拾い上げ、肩を竦めた。
「エーデ。早く隠れてよ」
「うん。別に隠れる必要ないさ。あんたがセットした瞬間、すぐに蹴ってやる」
さあ、こいよこいよ、という感じで、赤髪を逆立てる。
完全に大人げない大人になっていた。
「エーデ。それは缶蹴りにおいて反則なんだよ」
アヴィンは金髪を掻きながら、にこやかに伴侶をたしなめた。
「えー。なんでさ」
「最初にマサキが言ったろ。缶を探している間に隠れるって。隠れないというのは、原則的に禁止されているんだよ」
「ちぇ! 折角、いいアイディアだと思ったのに」
「なんだ。ダメなのか」
ロトも落胆を隠さない。
「どうする? もう1回蹴り直す?」
結局、エーデルンドは蹴り直しを選択した。
先ほどよりもかなり遠い距離。
少し時間がかかったが、マサキは缶を見つけ戻ってくる。
所定位置に戻ってくると、異様な気配を察した。
周囲に目を配る。
いる――。
姿こそないが、確実に近くに潜んでいる。
殺気を隠さないのは、完全に挑発だ。
よっぽど頭にきているらしい。
アヴィンを見上げる。
全く動じた様子はない。
にこやかな笑みを少年に返した。
身をかがめ、慎重に缶をセットする。
その間も周囲に目を配ることを怠らない。
缶が地面に触れた瞬間――。
鋭い音が響き渡る。
周囲の幹が斜めに切り落とされていた。
1本ではない。何本も……。全方向から木々が倒れてくる。
「やばい――なんていうと思った!」
マサキは屈んだ姿勢を崩さず、そのまま手を置いた。
【土陣の“装”構え】イゾボイ・ト・テラス!
突然、土が隆起すると、巨大な壁が倒れてくる木をシャットアウトする。
加えて隙間のない土の壁は、奇襲を仕掛けてくるであろうエーデルンドの進路も阻んだ。
ともかく第一波は防いだ。
問題はここからだ。
マサキは側にいたアヴィンに話しかける。
「二番煎じなんて、エーデらしくないね」
「そうだね。まあ、これぐらいなら読み切るだろう」
すると、土の壁が震えた。
同時に何度何度も、土を叩くような音が聞こえてくる。
あくまで正面突破を選択するらしい。
怒りで思考を停止しているのではないかと思うほどだ。
「マサキ……」
アヴィンは構える。
言われなくても、警戒した。
やがて土の壁にヒビが入る。
厚さ2メートルほどの分厚い層。
それを恐らく、何の道具も魔法も使わないでぶち抜こうとしている。
とてもではないが、真似できない。
難しい難行を、相手は軽々とやってのけようとしていた。
「マサキ!!」
アヴィンは叫ぶ。
警戒しろ、ということではない。
「――!!」
1歩遅れて、マサキは気付く。
壁の高さは約20メートル。
そこに穴が空いていることは、少年も知っている。
そして侵入してくるなら、そこしかないことはわかっていた。
赤髪を揺らしエーデルンドがダイブしてくる。
「それも読み筋だよ」
【森風緑依】アゼ・ブラッタ!
すかさず呪文を詠唱する。
先ほどアヴィンが披露した魔法。
植物を一時的にに成長させる。
木々が爆発的に繁茂する。
四方の土壁からだ。
落ちてくるエーデルンドに向かって、枝葉が追いかけるように手を伸ばした。
突然の魔法による防御にも、赤髪の保護者は冷静に対応する。
不安定な中空で、腰を切り、或いは足の反動を使って、うまくかわす。
若干、足止めになっただろうが、ここに落ちてくるのは時間の問題だった。
「マサキ! あとは頼むよ。エーデルンドの相手はぼくがする」
「え? あ、うん……。わかった!」
アヴィンが跳躍する。
エーデルンドを迎撃しに向かった。
同時に、先ほどまで土を削っていた音が妙に近くで聞こえる。
マサキは視線を目の前に移した。
ぽっかりと穴が空いてた。
その隙間から、煮えたぎった金色の瞳が見えた。
ロトだ。
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
初めて出会った時の恐怖が蘇った。
アヴィン対エーデルンド。
マサキ対ロキ。
予想はしていたが、清々しいほどのマンツーマン作戦。
これが効果的だ。
戦力でいえば、マサキが最弱。
魔法は使えるが、やはり身体能力が物をいう缶蹴りにあって、人間の子供と魔族の差は歴然としている。
しかし――。
されどこれは缶蹴り。
戦いであれば絶対に勝てないが、今は相手に触るだけでこちらの勝利なのだ。
勝機ある……。
少年の肚は決まった。
ゆっくりと立ち上がる。
その頃に穴は大きく広がっていた。
逆三角形のシルエットが、薄暗い森の中に浮かび上がる。
そして2人の戦いは始まった。
◆
エーデルンドが下から登ってくる人影を視認する。
黄金色の頭を見つけると、反動を使って方向転換した。
壁に近づくと、利き手ではない方の手で壁をぶち抜く。
そうしてやっと落下を止めた。
一方、アヴィンもまたエーデルンドと同じ方法で壁に貼り付く。
両者はしばしにらみ合った。
「あんたとこうしてやり合うのはいつぐらいだろうね」
「やり合うって……。これは缶蹴りだよ」
「いいじゃないか。たまに……。こういうことも夫婦間のスキンシップとして必要だと思うけどね」
「やれやれ。熱烈なスキンシップもあったものだ」
肩を竦める勇者だったが、エーデルンドはというと、やる気に満ちあふれていた。
青い瞳を燃え上がらせ、歯をむき出す。
「わかってると思うけど……。僕が君に触れたらアウトだからね」
「ちょうどいいハンデだ」
「ハンデって……。エーデ、わかってるのかい? 君は僕に1度も勝ったことがないんだよ」
「ほう……。やけに煽るじゃないか。俄然、燃えてきた」
口が裂ける。
1度も勝ったことがない相手を前に見せる笑みは、まるで手負いの獣のようだ。
伴侶の本気度を悟り、アヴィンもまた気を引き締める。
緩みきっていた口がいつしか真一文字に結ばれていた。
「行くよ」
「いいとも」
同時に壁を蹴る。
月夜に、2人のシルエットが浮かび上がった。
来週、土曜日のみの更新とさせていただきます。
その後、本業の方に集中するため、章の途中ですが、お休みさせていただきます。
再開については、Twitter&活動報告にて随時お知らせします。
しばらくお待たせすることになりますが、今後とも本作をよろしくお願いします。