第10話 ~ 鬼ごっことか ~
今週末もよろしくお願いします。
第4章第10話です。
マサキが目覚ました翌日。
疲労からか風邪を引いてしまった。
傷口やいくつかの微細な骨折は回復魔法で治ったのだが、まだむくみがひどく、体温も上がっていた。
エーデルンドは安静にするように、といって、街へ薬を買い付けにいってしまった。
外はあいにくの雨だ。
空は鉛のような雲に覆われていて、余計気分が優れなかった。
「けほ。けほ」
咳き込みながら、愛読書となっている魔法書を、ベッドの上で読んでいると不意に寝室の扉が開いた。
本から眼を離し、顔を上げる。
エーデルンドが帰ってきたのかと思ったら違った。
突然、稲光が近くの森に落ちる。
青白い光は、ちょうど逆三角形のシルエットを浮かび上がらせた。
その中心には一対の瞳。
血走らせた金色の目が光らせ、何かポタポタと滴が落ちていた。
マサキの背中が凍り付く。
「ぎゃああああああああ!!」
生涯はじめてではなかろうかというほど、大げさな悲鳴を上げた。
シルエットはマサキの声に驚き、肩――というか上辺の頂点――をびくつかせる。
「ま、マサキ。俺様だ。ロト様だ」
ひらひらした布のような手を差し出した。
その手には小さな花が握られている。
生憎と雨に濡れていたが、可愛い花だった。
前の世界で見たマーガレットに似ていて、花びらの数が多い。
「お見舞いだ。やるよ」
「これをボクに?」
「いらねぇのか? だったら食っちまうぞ!」
「わあああ。ダメだよ、そんな。わかった。もらうよ」
花を摘む。
しっとりと濡れているが、良い香りが漂ってきた。
前の世界では、あまり花に興味がなかったが、こうして愛でると心がポカポカしてくる。
「ありがとう、ロト」
「お、おう」
ロトはスルスルと伸ばした手を畳む。
金色の目を明後日の方向に向けた。
どうやら照れているらしい。
「お、お前がそうなったのも、俺様のせいだしな。そ、それに今はエーデルンドもアヴィンもいないし。言われた通りのことをしているだけだ」
「ふーん。じゃあ、何度かエーデやアヴィンがいない日ってあったでしょ。その時は、ロトはどこにいたの?」
「あそこだ」
窓の外を示す。
その先に真っ黒な森が見えた。
「あそこからお前を見てた」
「いつも?」
「いつもというわけではないがな。エーデルンドやアヴィンがいない時はずっと」
「全然気付かなかった」
「当たり前だ。お前みたいな小僧に俺様の気配を悟られてなるものか」
うがー、という感じで、腕をヒラヒラさせる。
さらに雨露が床に滴り落ちた。
「身体を拭いたら? ボクみたいに風邪を引いちゃうよ」
「俺様はお前ほど軟弱じゃないからな。大丈夫だ」
「そう。……けほけほ」
マサキは激しく咳き込み始める。
「お、おい。大丈夫か?」
「あ。うん。……ありがとね」
「水でも持ってくるか?」
「え? いいの」
「ちょっと待ってろ」
部屋を出ていくと、しばらくしてコップに水を入れて持ってきた。
マサキはゴクゴクと飲む。
ぷはー、と息を吐いた。
「ありがとう、ロト。生き返ったよ」
「そうか」
マサキからコップを受け取る。
手だけを伸ばして、台所の洗い場に置いた。
なんとも便利な手だ。
「ところで、ロトって普段何してるの?」
「何って……。そうだな。木に登って」
「登って」
「ぼーとしている」
「それだけ?」
「それだけだが……」
なんか微妙な空気が流れた。
「それってつまんなくない。もったいないよ」
「つまらない? うむ、よくわからん」
「何かして遊ぼうよ」
「遊ぶ? 前みたいに戦うのか?」
――あれ……。遊びだったんだ。
マサキはかなり全力だったのだが、ロトにとってはお遊びだったらしい。
軽くショックだった。
「それもいいけど。そんなことしたら、またエーデに怒られるよ」
「う――。あいつを怒らせるのはさすがにダメだな」
力無く項垂れる。
魔族とは思えない人間じみた反応に、マサキは思わず笑ってしまった。
「ねぇ。ロトとエーデってどっちが強い?」
「うーん。そうだな。本気を出されると、あいつの方が強いかもな」
あっさりと認めた。
魔族であるロトがこういうのだから、よっぽどなのだろう。
マサキも最近、組み手では彼女に土をつけることができるようになってきたが、明らかに手を抜かれていることは知っていた。
エーデルンドの中で強さのギヤのようなものがあって、マサキの強さに合わせ段階的に上げていっているらしい。
それがわかったのはつい最近なのだが、底知れぬ強さに愕然としていたところだった。
さらに言えば、エーデルンドよりも遙かにアヴィンは強いことを知っている。
マサキが今のレベルを10とするなら、一体アヴィンは何レベルなのだろうか。
想像できないし、したくもなかった。
ともかく、目下の目標はロトに勝つということかもしれない。
エーデルンドが今のタイミングで、魔族ロトをマサキと引き合わせたのは、子供の心情を慮ってのことかもしれない。
そう考えると、マサキを強くするというエーデルンドの決意は、並々ならぬものを感じる。同時に、自分がなんと恵まれているのか、と思い、改めて保護者2人に感謝した。
「なあなあ、マサキよ」
「なに? ロト」
「遊びって何やるんだ?」
「そうだね……。うーん、鬼ごっことか」
「鬼ごっこ。なんだ、それは?」
マサキは簡単にルールを説明した。
金色の目がみるみる輝いていく。
「おお! なんか楽しそうだ。ハンティングみたいだぞ」
ロトが言うと、なんか鬼ごっこが血なまぐさく思えてきた。
「よし! 今すぐやるぞ!」
「い、今はダメだよ。ボクの体調が戻ったらね」
「わかった。じゃあ、早く治せ、マサキ」
――早く治せといわれて、治ったら苦労ないよ。
マサキは苦笑いを浮かべる。
でも、内心では少し楽しみだった。
3年前の村での一件以来、マサキはあまり友達を作ってこなかった。
その代わり、一生懸命勉強し、鍛錬し、そして勇者候補としてのクラスを上げようと躍起になっていた。
結果、それが空回りし、前のような結果になったのだけど……。
それでも、アヴィンやエーデルンド以外の人(?)と遊ぶのは、少し楽しみだったのだ。
「エーデも誘おうか。鬼ごっこは人数が多い方が楽しいし」
「おお! そうだな! 楽しみだ!」
ロトは腕を掲げて、喜びを露わにするのだった。
明日も18時に更新します。