第9話(前編)
第9話前編です。
暗闇から現れたのは、竜の顔だった。
次第に、長い首が露わになり、硬い外皮が現れる。
太い4本の足は、地面を踏むたびに地響きを起こし、巨木を押し倒し、一直線に向かってくる。
ようやく我が子の前に現れた母竜は、壊れた楽器のようにひどく濁った吠声を上げた。
対して、三体の子供も巣穴から長い首を出して、母竜を真似するように喚く。
母竜が吠えたのは、子供の無事を喜ぶものではない。子竜が叫んだのも、母の帰還を喜んだわけではない。
ぽつねんとひとり佇む人間の雄に向けられた威嚇だった。
竜を目の前にして、人間は一歩も引かない。
それどころか何やらぶつぶつと唱えている。
呪唱……。
むろん竜に言葉の意味することはわからない。
しかし魔獣としての本能が、危機を知らせていた。
長い首を引く。
口内に黒い炎が灯った。
先に仕掛けたのは、人間だった。
「炎邸の庭にて、業火の華を咲け!」
突如、現れたのは陽の光だった。
竜は炎息を撃つのも忘れて、のけぞる。
左右に開閉する瞼を何度も瞬かせ、強烈な赤い光から逃げようと惑う。
【炎華咆吼】バム・ドーラ!
炎の集束体が1本の光条となり放たれた。
しかしそれが向けられたのは、巨竜ではなく……。
三体の子竜がいる巣穴の上だった。
竜の炎息のような炎の槍が、巣穴がある古代樹を貫く。
一瞬で幹に赤黒い穴を空けた。
興奮した巣穴のドラゴンたちが、助けを求めるように一層喚き散らす。
「ぎゃうあああああああああああああああああああああああああああ!!」
母竜の嘶きは、《死手の樹林》を吹き飛ばさん勢いで伝播した。
仰首し、天を見つめる。
首の竜鱗がうごめく。
すると、水風船を膨らませるかのように炎気管が膨らんだ。
口内からは、今にも漏れ出さんばかりの黒い炎。
膨らんだ火袋は、先ほど放ったものと比べて、明らかに大きくなっていた。
特大の怒りは、究極の炎によって返されようとしている。
…………れむ……………………か……………………。
ふと――異常に発達した竜の耳に、声が聞こえた。
だが、理解することが出来ない。
それに言葉は、普段の人間のものよりも早いような気がした。
……ぶるり。
ほんの刹那、竜は動きを止めた。
わずかであったが、身体に“危機”が駆け巡った。
人間で言うところの恐怖――。
つい先ほど、自分を襲った謎の光と音、そして身体中への痛み……。
あの時に感じた“嫌悪”……。
それを本能的に察知したエヴィルドラゴンは、瞬間的に動きを止めた。
「いまだ! セラフィ!」
人間が叫んだ。
天が光る。
分厚い雲のように幾重に重なった古代樹の梢の向こう。
見たこと“ある”青白い光が、集束していた。
【雷獣の奏】リューナ!
セラフィは叫んだ。
本日18時に後編を投稿します。