第8話 ~ 師匠がとってもスパルタでね ~
ちょっと短いですが、許して!
4章第8話です。
初めて出会った魔族は、生物と呼称していいものか迷う姿をしていた。
逆三角形のシルエットに手が2本。足が1本。
マサキは昔、幼稚園で描いたばい菌にそっくりだと思った。
何故、ばい菌を描いたのかは覚えていないが、我ながらおどろおどろしく出来てしまったため、それだけが記憶の片隅に残っている。
子供の落書きから生まれたような魔族の姿に、実はマサキは――。
笑いそうになっていたのだ……。
「お前、今笑ってなかったか?」
「え? いや、そんなことはないよ」
ふんふん、と首を振る。
危ない危ない。まさか表情に出ていたとは思わなかった。
愉快な姿形をしているが、目の前にいるのは紛れもなく魔族。
先ほど、あっという間に自分に大ダメージを与えてくれてた張本人なのだ。
下手な行動は命取りになる。
「ロト……か。いい名前だね」
――ゲームの主人公みたいな名前だけど……。
褒めつつも、頭の中では注釈を欠かさない。
ロトは無反応だった。というより、表情といっても、瞳ぐらいしか感情を表す部分がない。
金色の目も、ギョロリとしていていまいち反応が掴みづらいのだ。
ともかく話を続けようとした。
「貴様、人間の子供だな。どうしてダンジョンなどにいる」
と思ったら、向こうから話しかけてきた。
面食らったマサキは、黙り込んでしまう。
どうした、何か言ったらどうだ? とロトが話しかけるまで、その状態は続いた。
マサキはようやく頷く。
「あ? うん……。そうだよ」
「そうか。なら……。うまいかな? お前の肉」
いきなり物騒なことを言ってきた。
背筋に冷たい汗を掻きながら、マサキは踏み込む。
「どうかな。筋肉ばかりで硬くて食べれないかも」
自分で説明しながら、何を言っているのだと、ツッコミを入れた。
ロトはひたりと1歩近づく。
マサキは半歩後ろに下がった。
「いや、食う。俺は魔族だからな」
ロトの足に力が込められるまでは見ていた。
気がつけば、砂埃が微かに動く――のを見ていた。
――消え……。
漫画みたいな現象に、マサキは呆気に取られる。
瞬間、ふわりと空気が動いたような気がした。
咄嗟に屈む。
頭上を駆け抜けていったのは、ロトの手だ。
伸縮自在らしい。
立っていた時よりも明らかに長い。
低い姿勢のままマサキは駆ける。
立ち止まっていてはダメだ。
とにかく闇雲でもいいから動くしかない。
相手は視界から消えるほどのスピードの持ち主。
見てから反応していて、遅すぎる。
ぶわっ……。
空気が流れる。
マサキは急停止した。
目の前を布が駆け抜けていく。
側の幹に刺さると、大木を折り紙で切るかのように斬り飛ばした。
ぞっとする。
もし刺さっていれば、自分がああなっていたかもしれない。
――動くのもダメかも……。
マサキは魔法を唱えた。
【幻遠泡沫】マッフル・ボフ!
少年の手から泡が浮かび上がる。
それはシャボン玉のように風に揺られ飛んでいった。
暗い森の中に、淡く虹色に光る泡が漂う。
マサキは耳を澄ました。
パチン、と泡が破裂する。
音を聞いて、瞬間的に少年は反応した。
腰を切って、半身になると目の前をロトの手が伸びていく。
攻撃はこれだけで終わらない。
連続して、魔手が少年に襲いかかった。
音を聞き、的確に回避していく。
泡の中で踊るように体をさばく姿は、まるで演舞のようだ。
さすがにロトもからくりに気付いただろう。
腕を横薙ぎに払った。
木々を根こそぎ刈ると同時に、森にあった大気をも薙ぎ払う。
泡が吹き飛び、マサキの姿が露わになった。
魔手が伸びる。
今度こそ少年を捉えた。
パチン!
マサキは破裂する。
まるで泡のようにだ。
感触がない。
金色の目が猫のように細くなる。
「幻影魔法か……」
呟いた。
周囲を見回す。
攻撃してくる気配はない。
「逃げの一手か……。子供にしてはクレバーだな」
ロトは少し笑った。
表情には表れない。だが、彼は確実に笑っていた。
目を凝らす。
草木に血の跡がついていた。
点々と入口の方向へ向かって続いている。
自分の手を見た後、ロトは血を辿って走り出した。
「さかしい小僧だが……。どうやら詰めが甘かったようだな」
つと森が明るくなる。
空を覆っていた雲が晴れ、月が出てきたのだろう。
これで一層、子供を捜索しやすくなる。
ロトがそう思った時、彼の聴覚を刺激する言葉があった。
「じっ、かい……」
何か苦しそうに呻く声。
子供だろうか。
思ったより深手だったのかもしれない。
しかし――。
10回とはなんだ?
ロトが疑問を持った瞬間、天頂を見上げた。
「――!!」
それは月ではなかった。
いや、月はあった。空に……。今まさに、雲間から現れたのだ。
では、先ほど森に差した光はなんだったのか。
それは少年が抱えていた雷精を帯びた光の玉にあった。
「11回目! …………もうダメだ」
マサキは高速で回した舌を夜気で冷やした。
高速魔法。
瞬間的に口内をブーストし、魔法を重ねがけする呪唱法。
言ってみれば、超早口言葉。
マサキは20行に及ぶ呪文を、わずか数秒で11回呪唱した。
ここまで来るとキツイのは、魔力の安定化だ。
魔法の圧力が強すぎて、術者にすら影響が出始めていた。
筋肉が悲鳴を上げ、口の中に血の味が広がっていく。
今までの最高は7回。
この土壇場でその記録を4回も上回ったのだ。
少年は眼下を見る。
ロトがこちらを睨んでいた。
血走った眼は、少し慌てているようにも見える。
「へへっ」
少年は思わず声を出して笑った。
逃げたのではなく、まさか反撃してくるとは露と思っていまい。
最初の幻影魔法から、ここまですべて予定通りだった。
「これでも戦術を考えるのは得意なんだ! 師匠がとってもスパルタでね!!」
マサキは雷光をロトに向ける。
そして――。
【雷獣の奏】リューナ!
と叫ぶのだった。
来週末もよろしくお願いします。




