第7話 ~ 我が名は、ロト ~
今週末もよろしくお願いします。
第4章第7話です。
誰かに見られている……。
マサキがそうはっきり意識したのは、夕暮れ時だった。
まだ太陽は地平の上にあったが、ダンジョンの中は暗く、静まりかえっている。
不気味な犬と思しき像が、深い影を刻んでいた。
1羽の鳥が茂みから飛びだす。
悲鳴こそ上げなかったが、マサキは小さな肩をビクリと立たせる。
モンスターではない。
ハインザルド特有の野鳥が、奇声を上げながら、まだ赤い空の向こうへと旅立っていった。
――さすがにそろそろ帰ろうかな。
思い出し、踵を返す。
ダンジョンの中で探索していた時は、毛ほども思い出さなかったのだが、今になってエーデルンドの事が気になった。
まだマサキの事を探しているのだろうか。
当然、怒っているだろうし、怒られることは目に見えている。
しかし、子供からしてみれば、眼を離した親の方が悪いのだ。
幼稚な三段論法を繰り広げ、マサキは入口を目指す。
ひたと止まった。
まただ。
やはり誰かに見られている。
実は、エーデルンドと別れてから、ずっと追いかけられていた。
何度と視線を探った。だが、結局捕まらずじまい。
おかげで、自由な1人探索は台無しだ。
保護者ではないかと疑ったが、視線の性質自体が違う。
濡れた刃のような殺意を押し隠している――そんな気配だった。
どちらかといえば、モンスターに近い。
それもかなり高位クラスのだ。
けれど、ここはD級ダンジョン。
A級やB級とは違う。下位から数えた方が早い。
勇者候補初心者がたむろするような比較的穏やかなダンジョン。
マサキに気配を読ませないほどの高位なモンスターなどいるはずもない。
ともかく、ダンジョンを出ることにした。
エーデルンドも恐らくマサキが帰ってくることを考えて、入口で待っているかもしれない。
そして訊こう。
この視線の正体……。
「――――!」
少年はキュッと音を鳴らして再び足を止めた。
辺りを窺う。
場所は鬱蒼と茂った森の中。
近くに遺跡はなく、数多くの樹木がブラインドになっていた。
1滴――汗が垂れる。
一瞬感じた。
確実に今、殺意を向けられた。
長らく鞘に納まっていた刃を、喉元に向かって突き付けられたような感じだ。
無意識のうちに構えを取った。
手を挙げ、薄暗い闇に向かって照準を合わせる。
「だれ?」
声をかけてみた。
反響し、何度も森でエコーする。
しかし、自分の声以外に反応するものはいない。
「――――!」
少年は振り返る。
茂みが揺れていた。
何かが動いた。影だ。
今度は鳥なんかではない。
殺意を持った何者かが、マサキの背後を通っていった。
ちょん……。
何かが頬に触れた。
冷たい……。刃のような……。
背後……。
マサキは利き手に魔力を込めた。
【熱限突破】ハウ・ブリーン!
魔力によって一時的に筋力を増幅させる魔法。
遠距離を主体とする魔法使いの中でも珍しい近接に特化した魔法である。
振り向きざま、マサキは魔力を載せた拳を放つ。
その速度と重さは、例え小さな子供であろうと、捉えることも防御することも叶わない。
だが――。
パシッ!
掴まれた。
一気に速度が減衰し、マサキの動きが完全に停止する。
腕を見た。
人の手ではない。
何か絹のようなものが巻き付けられている。
武器かと思ったがそうではない。
絹か布かわからないものは、直接本体から伸びていた。
顔を上げる。
最初に目に飛び込んできたのは、血走った金色の瞳だった。
「ひぃ!」
思わず悲鳴を上げてしまった。
瞬間、視界が流れる。
腕を強く引っ張られたと思ったら、身体ごと浮いていた。
気が付けば空中だ。
太い大樹にぶつかった。
寸前で受け身を取ったが、失敗する。
肺の空気が一気に押し出され、呼吸が止まる。
口からは吐瀉物が吐き出され、朝に食べた豆の残骸と再会した。
攻撃はこれで終わらない。
半分意識を失う中。マサキは視界がくるくると変わっていくのを人ごとのように見つめていた。
また木に叩きつけられる。
あるいは地面。最後は岩だ。
人より丈夫な身体と、日頃のエーデルンドの鍛錬から、マサキは子供とは思えないほどの鋼鉄の肉体を手に入れていた。
それを持ってしても、ダメージは免れない。
普通の子供なら、最初の一撃で即死だろう。
側で岩が崩れていくのが聞こえた。
意識はあるらしい。
この期に及んで顔を上げることが出来る自分を誇りに思う。
音もなく、影は近づいてきた。
逆三角形のシルエット。
上2つの頂点からは、ひょろひょろとなびく腕。
下の頂点からは1本の足が伸びていた。
三角の真ん中には、顔というよりは仮面があった。
不気味な金色の瞳を動かし、中央には穴が空いている。
とにかく奇怪な形をしていた。
もちろん、見たことも聞いたこともない。
記憶の中にいるモンスター図鑑をめくってみるも、該当するモンスターはいなかった。
……となれば、可能性はしぼられてくる。
――このままじゃダメだ。
マサキは魔法袋になんとか手を突っ込んだ。
中から回復薬を取りだし、口に流し込む。
ある程度、回復は出来たが、気休め程度にしかならない。
こういう時に回復魔法を使えれば、と思う。
だが、最強の魔法使いになると言ったからには、易々と宗旨替えするわけにはいかなかった。
「ねぇ……」
マサキは大胆にも話しかける。
同時に、袋の中で【回復の指輪】を発動させた。
時間経過とともに、使用者の体力を回復させる魔法の指輪。
つい1年前ぐらいに、D級ライセンスを取った時の祝いにもらったものだ。
それから使うことは1度もなかったが、用意だけはしておくものだと思った。
【回復の指輪】は微々たるものだ。
本当に回復しているかも怪しい。
だが、逃げるにしても、戦うにしても、万全の状態に戻さなければ話にならない。
だから今は時間稼ぎ。
時間が経てば、もしかしたらエーデルンドが見つけてくれるかもしれない。
そんな淡い期待を抱きつつ、少年は口を動かした。
「君……。魔族だよね」
「…………」
反応なし。
それでもマサキは話し続けた。
いや、話し続けなければいけないのだ。
「ぼくの名前は立花マサキ。君の名前は? 魔族はとても賢いから、人間のように名前を付けるって聞いた事があるよ」
魔王シャーラギアンにしてもそうだ。
あれに語源はなく、本人がそう名乗ったからという理由で呼称されたのは、有名な話だった。
「…………」
やはり無反応か。
揺れる頭の中で、マサキは会話のネタを必死に探る。
だが、思わぬ反応が返ってきた。
「ロト……」
「え?」
「我が名は、ロト……」
魔族は名乗ってきたのである。
待たせたな!(なにげに1年ぶりの登場だったw)
明日もよろしくお願いします!