第6話 ~ あんたはまだまだ力不足なんだよ ~
第4章第6話です。
1人で歩き回る初めてのダンジョンは、ともかく楽しかった。
遺跡の探検。
見たこともない文字。
古代の仕掛け。
お宝。
はじめて遭遇するモンスター。
向こうの世界やゲームでは味わえない興奮が、少年の純真さに磨きをかけていく。
今までハインザルドに来て、何度も「良かった」と思うことがあった。
でも、今――この瞬間ほど、感謝したことはない。
人には天職があると、アヴィンは言っていた。
もしそれが本当なら、自分にとって勇者候補こそがそれなのだと、マサキは強く思った。
「ぶわっ!」
遺跡の奥にあった宝箱を開けたマサキは、突然噴出した黒い霧に咽び込んだ。
これ見よがしに罠であったのだが、初めて見つけたお宝に不用意に飛びついてしまったのだ。
――あ。ヤバイ! これ毒だ。
臭いからすぐにわかった。
致死性ではないが、身体を麻痺させる類のものだ。
――一応、毒消し飲んでおこうか。
実は、マサキの身体は7歳時に起こした事件以来、超が付くほど強くなっていた。
通常の毒ぐらいでは全く効かない。
効果があっても、少しお腹が痛くなる程度だった。
理由はわからない。
あの時に何が起きたのか。
アヴィンと戦ったあの夢は一体――。
保護者たちは何も話してくれない。いつも誤魔化されてばかりだ。
マサキはあの日見た夢と関係にあるに違いないと思っていた。
アヴィンと戦う夢――。
時間が経ち、もうすっかり記憶は褪せていたが、今でも夢の中にあった殺意は、マサキの心の奥に深く刻まれていた。
魔法袋から毒消しを取りだし、飲んでおく。
特に症状が出ないことを確認した後、改めて宝箱の中を確認した。
しかしたからばこはからっぽだった!
「~~~~!」
がっくりと項垂れる。
虚しい……。
心の中に木枯らしが吹いたようだ。
気を取り直し、次の遺跡に向かおうと心に決めた。
振り返る。
マサキは「うっ」と喉を詰まらせた。
カチカチという耳障りな音が響き渡る。
実は、宝箱の周りは骨だらけだった。
この罠にかかった冒険者かと思ったが、その予想は大きく外れた。
骨が突如動き出したのだ。
パーツを集め、起き上がった。
真っ白な手には、剣や弓が握られている。
スケルトン系のD級モンスター――タボンだ。
人間の髑髏が突如動き出す事態に、マサキは冷静だった。
初めて出会った時は驚いたものだが、もう慣れたものだ。
振り返ると骨の魔物がカタカタと笑い声を上げていたなんて、シチュエーションは、うんざりするほど経験してきた。
――でも、最初はすごく驚いたけどね。
ちょっとだけ漏らしてしまったことは、ナイショである。
気が付けば、タボンに囲まれていた。
宝箱の毒を受けて麻痺したところを襲いかかる。
なかなか効率のいい仕掛けだ。
制作者はかなり性格が悪いだろう。
マサキは手を掲げる。
余裕の笑みを浮かべた。
【炎の飛礫】バル・レグ!
炎のつぶてを周囲に向かって解き放った。
決着は一瞬だった。
マサキの周りには、灰となったスケルトンの武器や防具が残されているのみ。
本人は全くの無傷だった。
「全くもう……。余計な魔力を使っちゃったよ」
パンパンと手を叩く。
それと同時に、女の人の笑い声が聞こえた。
部屋の外から様子を伺っていたエーデルンドが中に入ってくる。
口元に手を当て、実に愉快そうだった。
「そんな単純な罠にひっかかるなんて。まだまだだね」
「違うもん。罠とわかってて開けたんだもん」
「ほう。そうかい。だけど、B級の暫定ライセンスを持つ人間にしては、お粗末だねぇ」
「むぅ」
マサキは頬を膨らませ、エーデルンドを無視した。
「エーデ。もうついて来ないで」
「それは駄目さ。あんたを監督するのがあたしの役目さね」
怒り混じりの忠告を、保護者はあっさりと流してしまった。
こんなやりとりをすでに4回ぐらいやっている。
他のダンジョンでも同じ事をやっているので、それを合わせれば3桁は行くだろう。
ともかく、我慢の限界だった。
なんとかしてエーデルンドを巻けないか。
ダンジョン探索をしながら、マサキはずっとそんな事を考えていた。
巻くためには、エーデルンドの視線を逸らす必要がある。
でも、D級ダンジョンのモンスターや罠程度では、保護者の気を逸らせるものなど皆無といっていいだろう。
何か妙案はないものだろうか。
考えながら、遺跡探索の帰路についていた時、ピタリと鼻に何かが当たった。
何事かと思い、マサキは咄嗟に持っていた松明を掲げる。
天井から水が漏れ、地面に大きな水たまりが出来ていた。
ふと少年は水たまりを覗き込む。
自分の姿が映り込んでいた。
――そうか。……ぼく自身がエーデの気を引く材料になればいいんだ。
と考えた時、少年の脳裏にアイディアが浮かんだ。
――たしか……。この先に。
ニヤリと笑みを浮かべる。
10歳とは思えない。
下品な笑顔だ。
後ろを向く。
エーデルンドが距離を置いて、付いてきていた。
子供と目が合い、首を傾げる。
すると、少年は脱兎の如く走り始めた。
「なっ!」
慌てて後を追いかける。
「そろそろ何かしてくるだろうと思ってたけど。今度は、何を企んでるんだろうね、あいつは」
エーデルンドは歯をむき出す。
笑っていた。
マサキがダンジョンで巻こうとしたのは、1度や2度ではない。
それこそ手と足があっても足りないぐらいの数だ。
しかし、その悉くをエーデルンドは看破してきた。
もはやダンジョン探索ではお馴染みの光景だ。
師匠を巻こうなんて褒められたことではないが、いつしかこれが楽しみにもなっていた。
すると、角を曲がったところで子供の姿がいきなり消えた。
「うわあああああああ!」
悲鳴だけが聞こえる。
慌てて駆け寄ると、回廊の真ん中に大きな穴が出来ていた。
どうやら落とし穴に落ちたらしい。
穴の手前にあるスイッチには、子供の足跡が盛大に残されていた。
「あはははは……。だから、罠には気を付けろっていったんだよ」
とにかくエーデルンドは笑った。
B級の暫定ライセンスを取ったとはいえ、マサキはまだ子供なのだ。
強くはなっただろうが、まだまだダンジョン探索をするには経験が足りていない。
「そーら、わかったろ、マサキ? あんたはまだまだ力不足なんだよ」
暗い穴に向かって叫ぶ。
かなり深い穴だ。
エーデルンドは魔法で照らすも底が見えなかった。
「あいつ……。慌て過ぎて、魔法に失敗したのかね」
しょうがない、と言う感じで、エーデルンドは赤髪を手で梳いた。
すると【風護操桿】を唱える。ゆっくりと降下していった。
しばらく経って、突然穴の縁に黒い人の手が現れる。
静かに身体を持ち上げ、はい上がった。
出現したのは、全身黒ずくめの少年だ。
魔法を解く。
黒い墨のようなものが払われると、少年の姿が露わになった。
「ぷはー……。これで巻けたかな」
少年は穴を覗き込む。
実は落ちたと見せかけて、変身魔法で黒く染まり、落とし穴の壁面にずっとしがみついていたのだ。
「エーデなら、ぼくのピンチに放っておけるはずがないと思ったけど、大成功だね」
少々良心が痛むが、見抜けなかった師匠も悪い。
マサキは心を切り替えた。
遺跡の出口を目指し、再び歩き出す。
後ろで、パタンと落とし穴が閉じる音がした。
遺跡を出る。
空気が無性に上手かった。
とうとう自由を手に入れたのだ。
生憎と日差しは梢で遮られているが、合間から見える空は青空だった。
実に清々しい。
マサキは大きく伸びをする。
もう背後の保護者を気にする必要はない。
少年は歩き出す。
だが、その背後で輝く1対の光に気付くことはなかった。
今週はここまでです。
ちょっと新作の連載が大変ですが、
出来る限りこちらも更新していきますので、よろしくお願いします。
次回は来週末になります。
よろしくお願いします。