第5話 ~ 弱い者いじめは好きじゃないんだ ~
今週末もよろしくお願いします。
第4章第5話です。
D級ダンジョン【プレナ遺跡】。
魔族との戦争前から存在する古代の遺跡群がダンジョンした場所だ。
あちこちに尖塔や祠、あるいはオブジェなどが点在している。
その分布範囲は広く、世界でも十指に入るほど面積を持っていた。
遺跡とはあるが、ダンジョンのほとんどが緑の深い樹木に覆われ、野生動物や森型のダンジョンなどで遭遇するモンスターも存在する。
しかし、遺跡というだけあって、数多くのレアアイテムが確認されており、勇者候補たちには人気のダンジョンになっていた。
――と、説明を受けたマサキは、さらに目を輝かせた。
エーデルンドがついているとはいえ、広大でしかもレアアイテムが確認されているダンジョンを自由に散策できるのだ。
胸どころかすべての細胞が、今にも踊り出しそうだった。
「いいかい。トラップには気を付けて散策するんだよ。特に遺跡はね。かなり罠が仕掛けられてる。注意するんだよ」
「うん! わかった!」
歯切れ良い返事を返す。
自分が言いだしたこととはいえ、エーデルンドは少し表情を曇らせた。
そして遺跡の方ではなく、遠くの崖の方を見つめる。
「どうしたの、エーデ? いかないの?」
「ああ……。今行くよ」
ようやくエーデルンドの足が動く。
2人は遺跡ダンジョンへと足を踏み入れた。
◆
ダンジョンに入ると、マサキは見える範囲の遺跡を目印に、歩き出した。
本来、勇者候補たちは道具屋などで地図を買ったり、ギルドで情報収集をしたりして挑むのだが、むろん少年は予備知識〇だ。
それでも楽しかった。
自分の見たことのない場所を、自由に動けることは――。
意味もなく、1つ自分が成長したような気分になってくる。
時折、ちらりとマサキは後ろを振り返る。
エーデルンドが少し距離を開け、着いてきていた。
周囲に目を配りながらだが、決してマサキから視線を逸らさない。
隙あらば、保護者を巻こうと思っていたが、全く油断する様子はなかった。
そもそも他のダンジョンでも何度か試みたのだが、逃げおおせたことは1度たりともなかった。
エーデルンドとマサキの身体能力の差というよりは、彼女自身が人を追跡することに慣れているらしい。
巻いたと思ったら、いつの間にか目の前にいたなんてことは、日常茶飯事だった。
正直、マサキには強さの実感がなかった。
昨日、アヴィンにB級のライセンスを取れたことは凄いことだと祝ってもらったが、どうしてもそう思うことができなかった。
戦ったA級の勇者候補の試験官も、対して強くはなかったし、これまでマサキは魔法を使ったエーデルンドと戦って勝ったことがない。
時々、アヴィンとも組み手をするが、これが出来れば彼より強くなれるという――到達点のイメージすら浮かばなかった。
エーデルンドとアヴィンが化け物なのだといえばそれまでだ。
けれども、マサキは知りたかった。
自分が今、どこまでやれるのか。
どこまで強いのかを。
故に、エーデルンドやアヴィンから一旦距離を置きたくて、わがままを言ったのだった。
遺跡が見えてきた。
小さな祠。
建物というよりは、大きな石材をブロックように積み上げただけのような素朴な作りをしていた。
遺跡に近づこうとしたマサキの動きが止まる。
同時に、後方数メートルのところに立っていたエーデルンドも、立ち止まった。
「ウウウウウ……」
うなり声が聞こえる。
出てきたのは、大きな野犬。がっしりとして、筋肉を隆起させた体格は、虎を思わせた。
声は1つではない。
無数――。
すでに囲まれていた。
――確かバーダラ・ミオルだっけ?
鋼のような銀の体毛を見つめ、マサキは分析する。
昔、戦ったことがあるE級モンスター【バーダラ】の上位種だ。
身体はバーダラよりも大きく、さらに俊敏姓はそのまま。
知能も、統率力も高い。
パーティで組んで戦うなら、さほど苦戦はしないが、1人となると勝手が違ってくる。
遺跡で待ちかまえていたのも、人間が来ることがわかっていて、網を張っていたのだろう。
マサキはエーデルンドに振り返った。
手助けする様子はない。
気配を消し、バーダラに気付かれないよう戦いを見守っている。
1人で戦え――。
そういうことだろう。
――ま。問題はないけどね。
マサキは構える。
喉を震わせ、唸りを上げていたバーダラ・ミオルの動きが、一瞬止まる。
すぐに再開したが、明らかに少年を警戒していた。
縦へ距離を詰めていた動きが、横へと変わる。
睨み合いが続いた。
痺れを切らしたのは、マサキの方だ。
「時間がないんだ。ボクから行くよ」
まるで遊びに出かけるような呑気な声がダンジョンに響く。
しかし、地面を蹴る力強さは、遊びのレベルを超えていた。
バーダラ・ミオルの視界からすれば、それは突然少年が目の前に現れたかのようだった。
「弱い者いじめはあまり好きじゃないんだ。だから、これを食らったら逃げてね」
忠告するがモンスターが理解できるはずもない。
まして時間すらなかった。
少年はバーダラ・ミオルの鼻面に掌底突きを放つ。
「キャウン!」
可愛い声が響く。
バーダラ・ミオルの巨体があっさりと宙に舞った。
そのまま数メートルほど飛ばされると、遺跡に激突する。
「あ。やっちゃった」
思ったより吹き飛んでしまったことに、マサキは反省する。
幸いにも頑丈に出来ているらしい。
砂埃が舞っただけだ。
「さあ……。これでわかっただろう」
逃げろ、と暗に忠告したつもりだったが、逆にバーダラ・ミオルたちの逆鱗に触れたらしい。
「おおおおおおおおお!」
遠吠えがダンジョンに響き渡った。
遺跡のてっぺん付近で成り行きを見守っていたバーダラ・ミオルだ。
どうやら、あいつがリーダーらしい。
わらわらとバーダラ・ミオルが集まってくる。
その数は20に届こうかというほどだ。
「野犬型は先にリーダーを倒して黙らせろっていったろ?」
後ろからエーデルンドがため息混じりに忠告する。
「うるさいな。わかってるよ」
教わったことを忘れたわけではない。
リーダーだと思っていたバーダラ・ミオルが違っていた。
ただそれだけのことなのだ。
「手を貸すかい?」
「いいよ。エーデルンドは自分に襲いかかってくる奴に集中して」
「はいはい」
エーデルンドは自分の背後から忍び寄ってきたバーダラ・ミオルを言葉通りに一蹴した。
マサキも再び臨戦態勢を敷く。
リーダーに突撃しようと瞬間、横合いから別のバーダラ・ミオルが襲いかかってきた。
少年は慌てない。
その冷静さは老兵のようだった。
腰を捌く。
半身になりながら、かわす。
そのままバーダラ・ミオルの側面に出ると、横っ腹に掌底をぶち込んだ。
再び甲高い悲鳴が上がる。
派手に吹っ飛ぶことはなかったが、そのままモンスターは昏倒した。
バーダラ・ミオルは爪を、あるいは牙を、さらには巨体を使って、攻撃してくる。
間断ない攻撃に、マサキも足を止めるしかない。
だが、着実にモンスターの数を減らしていった。
第三者からみれば、まるでモンスターと戯れているように、その動きは優雅だった。
あっという間に残り3体。
攻撃の波が止んだの見計らい、マサキは襲いかかってきたバーダラ・ミオルの背中を蹴った。
その反動を使い、遺跡の上で戦況を見ていたリーダー格の前に躍り出る。
モンスターは一瞬たじろぐような動きを見せた。
「残念だけど、これで終わりだよ」
掌底を放とうとした瞬間だった。
頑丈と思われた遺跡の一部が崩れる。
ちょうど足場にしていたマサキは、不意なことにバランスを失った。
「とと――」
慌てて体勢を整える。
顔を上げた時には、リーダー格は背を見せて逃げていた。
残ったバーダラ・ミオルも、その背を追いかけていく。
情けない後ろ姿だ。
だが、引き際を知っていることは、群で行動するリーダーの1つの素養でもある――モンスター図鑑を作ったアルミナはそう著書で触れていた。
「追わないのかい?」
振り返ると、エーデルンドが後ろに立っていた。
「うん。あんまり弱い者いじめは好きじゃないんだ」
マサキはバーダラ・ミオルを後ろ姿を見ながら、少し目を細めた。
明日も18時に更新します。
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