第4話 ~ あたしは女だが、二言はないよ ~
第4話です。
マサキたちがセーフハウスに帰ってきたのは、ちょうど陽が沈んだ頃だった。
ハウスにはすでに煌々と明かりがついており、人の気配がした。
「おや。もうアヴィンが戻ってきてるようだね」
飛翔魔法を解き、エーデルンドは家の前に降り立つ。
ずっと膨れていたマサキは、降りるなり保護者から手を離した。
つと立ち止まる。
ハウスの方からいい匂いがしてきた。
「お。久しぶりにハンバーグだね。マサキ、手を洗ってきな」
さぞかし喜ぶかと思ったが、マサキは相変わらず足を引きずるように井戸の方へと歩いていく。
「ったく、あの子は……」
エーデルンドはガリガリと頭を掻くのだった。
◆
「マサキ! B級のライセンス取得おめでとう!!」
パンとクラッカーが1発鳴り響いた。
机の上の料理に、盛大に紙吹雪がぶちまけられる。
大きな音と、勇者アヴィンの歓声を聞きながらも、マサキもエーデルンドも黙々と料理を口に運んでいた。
「あ、あれ? ど、どうしたの、この雰囲気……」
両側に座る2人を交互に見つめる。
やがて黄金色の髪を持つ勇者は、伴侶に尋ねた。
「まさか……。また喧嘩したのかい?」
「別に喧嘩なんかしちゃいないさ。勝手に、こいつが雰囲気を悪くしてるだけ」
「え? ええ? どういうこと? B級ライセンスは取れたんだろ?」
今度はマサキの方に質問を向ける。
早速、ハンバーグをぺろりと食べてしまった育ち盛りの子供は、ミニトマトに似た赤い実を口に放り込んだ。
やがて「暫定のね」とアヴィンの質問に答える。
「暫定でも凄いことだよ。君の年でB級の暫定ライセンスを取れる子供なんて、ハインザルド中を探していないんだから」
「でも……。ダンジョンに入れない」
「入れるさ。師匠とい――――」
一緒なら、と言いかけて、アヴィンはようやく問題の本質を理解した。
居ずまいを正し、一体どこから持ってきたのか。
紙で出来た三角帽を横に置く。
マサキを覗き込み、優しい口調で尋ねた。
「マサキはエーデと一緒にダンジョン探索するのは嫌い?」
質問は、エーデルンドの興味も誘ったらしい。
明るい青い瞳を、息子であり、弟子であるマサキに向けた。
マサキはすぐに答えなかった。
身体をモジモジさせて、答えたくなさそうだったが、父であるアヴィンの圧力に負けてしまった。
「嫌いじゃないよ」
マサキは答える。
エーデルンドは何事もなかったかのようにご飯を口に入れた。
「でも、エーデと行くとネタバレを食らうのがいや……」
「ネタバレ?」
アヴィンは怪訝な表情を浮かべる。
一旦、エーデルンドの方を向いた後、向き直った。
「例えば……?」
「うーん。例えば、ここには勇者候補が張った罠があるぞとか。このダンジョンには、レアアイテムがあるとか」
「ああ……」
「この前なんか、隠し通路をあっさり教えられるし」
「なるほど。マサキは冒険をしたいわけだね」
くつくつと笑う。
エーデルンドの方を見ながらだ。
「そう。そうなんだ。ボクは1人でダンジョンを探索したい。自分が見たことのないものを体験したいんだ。ガイドがほしいわけじゃないんだよ」
「マサキの言い分はわかったよ。でも、それは難しいかな」
「どうして?」
マサキはテーブルに乗り出し、アヴィンに食い下がる。
必死な形相の我が子を見て、勇者は柔らかく笑みを浮かべた。
「エーデにも言われたと思うけど、君ぐらいの年の子供がダンジョンに入るには、保護者の同伴が必要だ。それはこの師弟制度を定めた時から変わらない。400年間、ずっとだ」
「でも、ボクは強いよ。確かにB級とは言わないけど。CとかDなら今なら余裕でモンスターを倒せるし」
「それはどうかな? かつて師弟制度の先駆けとなったボクの弟子――つまりは君の兄弟子に当たるアルミナは、君よりもずっと強かった」
「え……?」
「けど、僕は決して彼を1人でダンジョンに入れたりはしなかった」
「どうして?」
「危険だからだよ。単純にね。たとえCやD、いやE級でも不測の事態は起こる。マサキがいた世界とは違う。油断をすれば、死が襲いかかってくる」
アヴィンはマサキの前に手を差し出す。
パッと小さな顔を食うような仕草を見せた。
「ハインザルドには、勇者候補育成校というものがある。そこできっちり学んで、大手を振ってダンジョンにデビューすればいい。君なら、1発合格出来る」
「でも、それまで5年も待たなくちゃならないんだよ」
「5年なんてあっという間だよ」
「アヴィンたちはそうかもだけど……」
やはりマサキには納得できなかった。
「むぅ……」
空気を膨らませた口から、ゆっくりと息を吐き出した。
そのふてぶてしい態度を一瞥すると、エーデルンドは変わらず食事を口に運ぶのだった。
◆
翌朝。
マサキが目を覚まし、台所の方へと向かうと、エーデルンドが身支度を整えていた。
軽めの防具に、腰には魔石がはめ込まれたナイフ。
側には道具袋が置かれ、昼食用らしき弁当が広げられていた。
明らかにダンジョンに潜るための装備だった。
「あれ? エーデ、どうしたの?」
きょとんと、マサキは身支度する姿を見つめる。
「あんたこそ何そんなとこでぼーとしてんだよ」
「へ?」
「ダンジョンへ行くよ」
「え? でも、今日ってそんな予定――」
「行かないのかい? 今日はあんたにとって、初めてのダンジョンなんだけどね」
エーデルンドは微笑を浮かべる。
マサキは自分の全身が総毛立つのがわかった。
血が沸騰し、けだるげだった身体が一気に目覚めるのを感じた。
「行く! 行く! 絶対行く!!」
「じゃあ、30秒で支度しな」
「そ、そんなの無理!」
叫びながら、少年は自室へと戻っていった。
装備を調え、軽く朝食をとり、マサキたちは出発した。
いつも通り、エーデルンドの腰にしがみつき、飛翔魔法で目的地へ向かう。
ちなみにマサキも飛翔魔法が使えるのだが、魔力を温存するため、ダンジョンへ行く時は母親の魔法に頼っている。
1度、近くの――といっても、100キロ近くあったのだが――ダンジョンまで自力で飛行してみたのだが、ヘトヘトになってしまった。
師匠代理曰く。魔力が効率良く運用できていない証拠だというのだが、明らかに引率したエーデルンドのペースが速すぎたのが原因だった。
以来、ダンジョンや遠くの街への移動は、エーデルンドに頼っている。
「なんていうダンジョンなの?」
風切り音が鼓膜を振るわせる中、マサキは声を張り上げ尋ねた。
「【プレナ遺跡】という場所だよ」
「ランクは?」
「D級だ」
「ええっ? D級なのー」
マサキは嫌な顔を隠そうとはしなかった。
少年がどれほど強いのか。どのレベルにあるのか。
昨日の試験の内容を見れば、一目瞭然だ。
相手が油断していたとはいえ、A級の試験官を圧倒したのだ。
エーデルンドもそれを見ていて、わかっているはず。
なのに、連れて行かれるのはD級のダンジョン。
マサキは心底がっかりした。
少年の反応は、エーデルンドからすれば予測の範囲内だったらしい。
明らかに乗り気でない子供を叱るどころか、エーデルンドは口角を上げて、笑みを見せた。
「その代わり、私は口出ししない。あんたの後ろから追いかけるだけ。自由にしていいよ」
「――――!」
一時は興味を失った瞳が、朝日を浴びたように輝きはじめた。
「ホント?」
「あたしは女だが、二言はないよ」
「やったぁあああ!!」
空中で思わず手を離してしまうほど、マサキは喜ぶのだった。
今週はここまでです。
来週末もよろしくお願いします。
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