第2話 ~ 『魔法使い』志望です ~
第4章第2話です。
よろしくお願いします。
突如、現れた飛来物――。
見たこともないスピードに、冒険者はどよめく。
その経験則から魔法による隕石攻撃ではないかと、勘ぐったほどだ。
心配になった冒険者たちの一部がサークルから離れていく。
職員も現場を離れる。
大剣を担いだ冒険者は、刃物を下ろした。
柄を握った手に力を込める。
二の腕の筋肉が隆起した。
隕石であるなら、打ち返そうという魂胆なのだろう。
それほど己の膂力に自信があるのだ。
しかし、それは取り越し苦労だった。
距離が縮まると、物体の全貌が見えてきたのである。
それは人だった。
空気を切り裂き、赤い炎のような髪を乱した女。
そのキュッと締まったウェストには、1人の少年が半べそをかきながら抱きついている。
使用しているのは飛翔魔法。
重力の恩恵もあるだろうが、これまで冒険者が見た中で抜群に速い。
横の少年の瞳に涙がにじむのもわかる。
隕石ではないことを確認したが、ここでまた別問題が持ち上がる。
あれほどのスピードを出しながら、一向に減速しないのだ。
本来なら、落下する手前でブレーキをかけるのが、教則の中でのお約束だ。
しかし、女はスピードを落とさないどころか、さらに加速していった。
「ぶつかるぞ!」
誰かが悲鳴を上げる。
その瞬間、女はようやく減速した。
しかし、遅い。
魔法とはいえ、慣性が働くのは誰でも知っている。
女はほぼ同じ速度で地面へ向かって突っ込んでいった。
冒険者は目を覆う。
賢者職にある一部の冒険者が、エアブレーキをかけようとして呪唱する。
それも遅かった。
パチィン!!
鞭で叩いたような音が鳴る。
途端、突風――というよりは、衝撃波のようなものがサークルを中心に広がっていった。
周囲は煽られ、いくつかの帽子が飛んでいった。
大剣の冒険者は目を開く。
何事もなかったかのように女と子供が立っていた。
一部の冒険者は「すげ」と小さく賞賛の言葉を漏らす。
ともかく女も子供も生きていたのである。
ゴーストにつまされたかのように、冒険者はしばし呆然と口論する2人を見つめた。
「エーデ! 危ないだろ!? 着地に失敗して、地面にぶつかったらどうするんだよ?」
「何をビビってんだい! 男の子だろ。見てみろ! あたしたちはこうして生きてる。問題はないはずだ」
「そういうずぼらなところがダメだっていってるんだよ! そもそもエーデが支度に手間取らなければ――」
「男のあんたにはわからないだろうけどね。化粧は女の戦闘道具の1つなんだ。武器1つ持たずに、ダンジョンを歩くようなものなんだよ。だいたい、あんたが朝の鍛錬でしつこくつっかかってきたのが悪いんだろ!」
「先にやめようっていったのは、ぼくの方だ! なのに、エーデがムキになって続けようとするから」
「かー! 細かいこといってんじゃないよ! 男だろ! それでもチ●ポついてんのかい、マサキ!」
「ちょちょちょ!! 周りを見てよ! そんな大声でチ●ポとかいわないでよ」
「あたしはかまやしないよ!」
「ぼくが恥ずかしいんだよ!!」
「あの……」
2人の口論に割って入ったのは、ひどく機械的な声だった。
気がつけば、ギルドの職員が立っていた。
書類を一瞥した後、子供の方を見て尋ねる。
「マサキ・タチバナですか?」
「う、うん……。あ、いえ――はい!」
「師匠は?」
「私だよ。エーデルンド・プリサーラだ」
職員は冷静な声で確認作業を行う。
おかげですっかり毒気を抜かれた2人は、借りてきた猫のように素直に応じた。
「はい。確認しました。では、お2人に言っておきたいことがあります」
「な、なんだい?」
「指定した時間までに集合願います。今回は見逃してあげますが、次回このようなことがあれば、不合格と見なしますので」
「ああ。わかった」
「ごめんなさい」
親子仲良く肩身を狭める。
職員のお説教はなお続いた。
「双方の言い分はあるでしょうが、わたしたちには関係ありません。ただちに試験を開始して下さい」
「は、はい……」
職員はいまだ呆気にとられた冒険者を一瞥する。
視線に気づいて、慌てて大剣を握り直し、戦闘態勢を整えた。
よろしくお願いします、と頭を下げると、職員はサークルの外へと出て行く。
エーデルンドも軽くマサキにアドバイスを送ると、ロープをまたいだ。
試験会場に残ったのは、ベテランの冒険者と10歳の少年だけになる。
職員は軽く頭を上げる。
空を見上げた。
先ほどあったことを反芻する。
職員は彼らが着地するまでを克明に観察していた。
エーデルンドが地面に迫った時、あろうことか魔法を解いた。
パチンとなったのはこの時だ。
身体の周りを風精の加護を受けている状態であれば、激突した時の衝撃を少しでもやわらげることが出来る。
なのに、彼女は魔法を解いた。
それには理由があった。
エーデルンドが魔法を解いた瞬間、少年マサキがあらかじめ唱えておいた魔法を放つ。
高密度の風属性魔法が逆噴射のように放たれ、結果0になるまでブレーキをかけたのだ。
もし、エーデルンドの飛翔魔法が解かれていなければ、その魔法が加護の内壁に当たって、意味をなさなかっただろう。
ここで驚くべきは、やはりマサキだった。
あれほどのスピードを殺した魔力もさることながら、まるで何事もなかったかのように0スピードにする魔力操作も目を見張るものがあった。
ベテランの魔法使いが同じ事をしても、魔力が強すぎて、再び上空へと打ち上げられるか、完全にスピードを殺すことが出来ず、地面に激突するかのどちらかだろう。
それを10歳の子供がこなしたことは、議論の余地なく類を見ないことだった。
おそらく解説したところで、10人が10人誰も信じないだろう。
それほどのことを、少年はやり遂げたのだ。
偶然か。それとも必然なのか。
それが判明するのは、これから行われるB級暫定ライセンス試験が終わった後だろう。
「いえ……。この試験ですら、判断はできないでしょうね」
思わず口について出た。
いささか興奮していたらしい。
やがて何事もなかったかのように、手を掲げた。
「これより師匠エーデルンド・プリサーラの弟子マサキ・タチバナのB級暫定ライセンス試験を行います」
試験管である冒険者は大剣を構えた。
先ほどの闘った少年よりも、その表情に余裕はない。
マサキもまた若干緊張気味だった。
戦いの空気を取り込もうと、大きく息を吸う。
そして構えた。
「マサキ・タチバナ! 『魔法使い』志望です。よろしくお願いします!」
小気味よい声が、青空のもと行われた試験会場に響き渡った。
来週末もよろしくお願いします。




