第1話 ~ エーデの秘蔵っ子 ~
新作がアップされるまで少し余裕があるので、
更新を続けることにしました。
相変わらず土日更新ですが、よろしくお願いします。
ゼルデ=ディファス地方――。
プリミラ王国の領内にありながら、その存在は特殊だ。
1つに領主が存在しない。
土地のほとんどが、名目上の自然保護区とダンジョンになっており、区長と呼ばれるものは存在するが、実質的な管理は国がすべて行っている。
その国の管理もどちらかといえば、杜撰なものだ。
というのも、地方の80%を占める部分がダンジョンであり、さらに言えばその半分がB級以上のモンスターが出る高難度ダンジョンなのだ。
B級の基準は、国の一般的な衛士や兵では対処できないモンスターと、各国の法律では定められている。
つまり、王国側では手に負えないモンスターが、地方にいる人間の人口よりも存在するということだ。国の管理がおろそかになってしまうのも、無理のないことだった。
そんな危険地帯を管理するものがいる。
1つは【魔界の道】を管理する【塚守】。
そしてもう1つは、この地方にあるギルドである。
ゼルデ=ディファス地方のギルド――正確には町の名前をとって『アタラス支部』と呼ばれている――には、様々なダンジョンの情報が入る。
内部情報や攻略、もしくはレアアイテムの未確認情報。クエストの70%が、B難度という有様だった。
高難度なダンジョンの近くにあるギルド。
冒険者にとって、そこのギルドに登録し、クエストをこなすことは、1つの誉れでもあった。
そのアタラス支部の一角に人だかりが出来ていた。
正確には支部横にある広場。
円形に杭を打ち付けられ、その間にロープが張られている。
人だかりはその規制線の外側に出来ていて、歓声をあげていた。
皆、冒険者だ。
役職は様々だが、どれも手練れであることは、武器や体格などから察する事が出来る。アタラス支部登録の冒険者なのだろう。
変わって円の内側にいたのは、ベテランの冒険者とまだあどけない感じが残る少年だった。
大剣を斜に構えたベテランの冒険者は、ギッと対峙者を睨む。
対する少年は明らかに気後れした様子で、ショートスピアを構え直した。
冒険者は汗1つ掻いていないのに、こちらは一生分の水分を出し尽くしたかのように、べっとりと額を濡らしている。
お互いの戦意は明らかだった。
勝負はもはやついたも同然だったが、冒険者は手を緩めない。
ザッと土を蹴ると、少年との距離を詰める。
野ねずみのような小さな悲鳴を上げると、少年は唱えた。
【炎断砲撃!】
槍の穂先から5つの炎の弾が飛び出す、
炎属性の初級魔法の連続打ち。
少年の年齢は定かではないが、12、3歳というところだろう。
勇者育成学校に入学する前であることは間違いあるまい。
その年で、初級魔法を放てることすら希有だ。
さらに少年は連続で撃ち出してみせた。
才能と呼んでいいだろう。
しかし――。
冒険者は放物線を描き、襲いかかってきた炎弾を難なく回避する。
少年は慌てて呪唱するも、撃ち出せたのは1発の炎弾だった。
動揺した割に、弾は一直線に男へ向かっていく。
だが、渾身の炎弾も冒険者の大剣にあっさりなぎ倒された。
再び少年は呪唱――。
しかし、間に合わない。
「ふぅん!!」
気合い一閃。
冒険者の大剣が振り下ろされた。
何かが爆発したような音が、サークル内に鳴り響く。
土煙が上がり、しばし周囲の視界を奪った。
煙にむせ混む者。
魔法でなぎ払う者。
対応はそれぞれであったが、彼らがそれを見たのはほぼ同時だった。
大剣が地面を抉り飛ばし、さらに土の中に突き刺さっていた。
綺麗に磨かれた刃面に、少年の真っ青な顔が映っている。
「それまで……」
静かに声がかかる。
サークル内に入ってきたのは、ギルドの制服を着た職員だった。
冒険者が「よっ」と声を上げ、愛剣を地面から引き抜く。
力強く剣を振り払って、土を払うと肩に担いだ。
何事もなかったかのようにサークルの中央に立つ。
少年は腰砕けになり、砲弾を受けたような跡の上にへたり込んだ。
小さな肩に、先ほど職員が手を置く。
眼鏡の奥にある瞳は鋭く光っていた。
審査する側の目だ。
「審技の結果。不合格とします。次までに鍛錬を怠らないで下さい」
それを聞くと、少年はがくりと肩を落とした。
しまいには、目から涙を溢れさせ、ワンワンと泣き始める。
そこに駆け寄ったのは、別の冒険者だ。
おそらく彼の師匠なのだろう。
優しくあやすと、2人はサークルを出て、街中に消えて行った。
「あれはダメだな。学校で鍛えてもらった方がいい」
大剣の冒険者は仁王立ちのまま、師匠とその弟子が向かった先を見つめる。
やがて目の前の職員に視線を戻した時には、先ほどの戦いも少年のことも忘れていた。
「さて。もう終わりかい?」
と尋ねる。
職員はポケットから麻の紙を取り出した。
「もう1組いますね」
「そうか。何歳だ?」
「10歳です!」
「はっ?」
声を上げたのは、冒険者だけではなかった。
周りを囲んでいた観衆も、同様に呆気にとられている。
顔を見回し、ざわつく。
熱狂的な雰囲気が、一気に冷やされ、鎮火した形だ。
「10歳ってか? 俺が出っ張るということはB級暫定ライセンス志望ってことだろう? そいつはもうC級を持ってるってことか?」
「ええ……。数ヶ月前、B級の冒険者を倒して、C級の暫定ライセンスを獲得しました。すでにC級のダンジョンにおいて、400時間の経験も持っているようです」
「なんかの間違いじゃないのかよ?」
「書類に偽造された形跡はありません。師匠も確かです」
「名前は?」
「エーデルンド・プリサーラ」
冒険者は一瞬、息をするの忘れた。
おかしなことに、またしても観衆たちも同じような反応を見せる。
沈黙というよりは、何か時間が停止したような静寂が訪れた。
ギルドに登録する冒険者なら、誰もが知っている名前なのだ。
「なるほどね。噂のエーデの秘蔵っ子というヤツか」
「ええ……」
冒険者たちが額に汗を浮かべて息を呑むのに対して、職員は妙に冷静だった。
修羅場に慣れていることもあるだろうが、あまり顔に感情が出ないタイプらしい。
それがより一層、場の雰囲気を硬質化させていた。
「で――。どこにいるんだ?」
「もう来ているはずですが……」
マサキ・タチバナ! 出てきなさい!!
職員は声を張り上げる。
能面顔から出たとは思えない。よく通る声だった。
職員も冒険者も、そして観衆も周囲を見回す。
しかし、10歳の子供らしき姿はない。
その時だった。
上空で飛行音が響く。
皆の視線が同時に空へと向けられた。
だが、何もない。
穏やかな青空が広がっていた。
目をこらす。
すると何かが光った。
帚星のような光が大空を横切ると、転進する。
そのまま地面へ向けて、真っ逆さまに落ちてきた。
ちょっと中途半端ですが、明日もよろしくお願いします。




