第6話 ~ 我が眷属に迎えようではないか ~
幕間最終回です。
かくして【六角会議】は閉幕した。
先日の襲撃についての調査を引き続き行い、各国には改めて第7の【魔界の道】の探索を求めていくという方向で一致。次に会議が行われるのは約90日後になることに加え、予定としてルシルフの出席も決まった。
【黒の間】から【塚守】たちが出ていく。
その表情は様々だ。
最後にマサキがルシルフを伴い、部屋を後にした。
状況確認に終始したため、総体的に実りのある会議ではなかった。
だがマサキとしてはルシルフを【塚守】たちに紹介できたことは、何よりの収穫だ。魔界の状況もわかってもらえた上、総長のお墨付きももらうことができた。狙いとしては、100点満点と言えるだろう。
なんだかんだで【塚守】たちは頭がいい人間ばかりだ。
ハインザルドを守るという使命感が人一倍強い一方で、相手の戦力を冷静に見極める目を持っている。その目から考えても、ルシルフと争うのは明らかに得策ではない。
魔族の親玉を黙って、ハインザルドに侵入させることは忍びないだろう。
しかしサウスハッドに協力者が出来るというのは、今後にとって大きなプラスになることは間違いなかった。
勿論マイナス面も大きい。けれど、差し引きで考えれば、総長ならプラスを取る――。マサキは予想していたのである。
会うのは2度目だが、【塚守】を束ねる人間だ。
そう難しい判断ではなかった。
「なんじゃ! あやつらは!!」
『黒の間』から出てからというもの、ルシルフは不機嫌だった。
木の実を含んだ栗鼠のように頬を膨らませ、大股でカラトバの廊下を歩いている。
ギルド総本部だが、この辺り職員でも入れない聖域だ。人の姿はない。
背格好こそ子供だが、角や尻尾を見れば、子供でも魔族だと気付く。そうなれば、たちまち大事件に発展するだろう。
「余ならともかく――マサキを嘘つき呼ばわりするなど!」
ニアルやワドッシュの発言のことを、今も気にしているらしい。
「マサキ! あやつらは、お前の友達ではないのか?」
「友達っていうか……。仕事仲間、かな。といっても、オレも会うのはこれで2度目だし」
「そうなのか。……ああ、それにしても腹が立つ」
「もしかして、ずっと怒ってたの?」
「当たり前じゃ!」
「会議中ずっと?」
「だから、当たり前じゃというておるだろう!! なのに、お主は怒りもせんでヘラヘラと……」
「え? オレ、笑ってた?」
「そんなことはどうでもよい! ちょっとは言い返したらどうなのだ? ああ! もう! やっぱり腹が立つ! あの小僧の赤髪が青くなるまで、ぶっ叩いてきてやる!!」
「わーわー! ちょっと待って待って!!」
引き返そうとするルシルフを慌てて引き止める。
目を三角にした小さな魔王は、唯一の人間の友を睨んだ。
「何故、止めるのじゃ! お主も腹が立たないのか?」
「言われた時は、カチンと来たさ」
「そうであろう! だったら――」
「でも、今はルシルフが怒ってくれているからいいかなって」
「な、なんじゃその理屈は――!!」
ますます怒髪天を衝く。
一方、マサキは苦笑するだけだった。
「でも、ルシルフ……。少し変わったな」
「変わった?」
「成長したっていうのかな。オレが君にいうのも変だけど」
マサキの言葉は、ルシルフの琴線にクリーンヒットしたらしい。
怒り顔がさっと拭われ、代わりに満足げに笑みを浮かべた。
むふっと鼻息を荒くし、胸を反る。
「ムフフ……。さすがはマサキだ。これでも余は成長しておる。背も少し伸びたし。胸だって立派に成長しておる。あと100年すれば、ナイスバディになるであろう」
「へ、へぇ……。残念だな。その頃にはオレはいないだろうから、ナイスバディのルシルフが見られないな」
「なんじゃ。案ずるな、マサキ。その時にはアンデッド化して、我が眷属に迎えようではないか」
「…………」
マサキは気まずそうに笑みを浮かべるしかなかった。
ルシルフは決して冗談で言っているのではない。
本気――真剣だ。
今から予約でもしておかないと、本当にアンデッドにされるかもしれない。
ともかく話題を変えた。
というより、本題に戻した。
「ま、まあ……そういう成長もあるけどさ。オレとしては、ほら……。昔のルシルフなら、問答無用であの場で怒り狂ってただろうからさ」
「む……。そうか。昔の余はそんなものだったろうか?」
今度は、真剣に悩みはじめる。
「会議を円滑に進めるために、あの場では怒りを収めてくれたんだろ?」
「何を言っておる。会議などどうでもいい」
「じゃあ、なんで?」
キョトンとするマサキに対して、ルシルフも首を傾げた。
何故わからん? といった感じでだ。
やがて、小さな魔王は口を開く。
「友達のために決まっておろう」
「…………!」
マサキの頬がほんのりと赤くなる。
「あの場で余が暴れたら、一番困るのはお主ではないか? だから我慢したのだ」
呆気に取られ、マサキは思わず黙ってしまった。
やがて口元が緩む。
自然と笑みが浮かび――。
「ありがとう」
と感謝の言葉を口にしていた。
「なんのことはない。余とお主の中ではないか。感謝の言葉をいわずとも」
「友達だから言葉が必要な時もあるんだよ。ルシルフ」
「なんじゃ? そうなのか? ふむ……。ならば、余もそなたに感謝しよう」
「へ? 何?」
余と友達になってくれて――ありがとう。
大きな深緑の瞳が、マサキを覗き込む。
少年の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
「な、なんだか……。改めていうと……。こ、こそばゆいものがあるのぅ」
「――ああ……。そうだな」
ルシルフも尖った耳を赤くしていた。
側にあった欄干に持たれる。
いつの間にか、2人は本殿の中庭に出ていた。
噴水が青い空に向かって盛大に水を巻き上げている。強い日差しを受けて、虹を作っていた。
「ルシルフ……」
ぼんやりと噴水を眺めるルシルフに、マサキは声をかける。
「出会った時のことを覚えてる?」
「忘れるはずなどなかろう。つい昨日のことなのだからな」
「ルシルフにとってはそうだろうけど、オレにとってはもう5年も前になるんだぜ」
「そうだったか?」
ああ、と返事する。
マサキは空を眺めてた。
雲一つのない青空。
しかし、ルシルフと出会ったのは、空すら窺うことが出来ない――暗い樹林の中でだった。
幕間は本日で最終回です。
次章ですが、鋭意制作中です。
キリのいいところまで書けたら、順次アップしていく予定なので、
もう少しだけお待ち下さい。
投稿準備が出来ましたら、活動報告およびTwitterの方でアナウンスさせていただきます。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
またブクマ、評価、感想をいただき重ねてお礼申し上げます。
鈍足進行ですが、今後ともお付き合いいただきますようお願いします。