第3話 ~ 魔族の主なり ~
今週末もよろしくお願いします。
入ってきたのは、可愛らしい少女だった。
年は若い。まだ12、3……? いや、もっと若く見えるかも知れない。
ピンク色のボブに、紅の瞳。
深窓の令嬢といった風に、肌は白く、しかし唇からこぼれる八重歯が少々やんちゃな印象を与えていた。
鎖骨と肩がむき出しになったボンテージドレスを着ているのだが、子供が着るには少々刺激が強い格好だ。
何かの余興かと思うほど、場違いな登場人物が室内に入ってくる。やや高めのヒールを鳴らし、世界最高戦力である【塚守】たちの前に立った。
物怖じする様子などない。
むしろ顎を上げ、【塚守】を見下げるようにそれぞれを観察した。
身体を強張らせたのは、逆だ。
突如、【塚守】たちは椅子を蹴る。
緊張が走った。
「魔族!!」
そう。
入ってきた少女は魔族だった。
ピンクのボブの上には、巻き貝のように丸まった立派な角。
肩胛骨の当たりからは蝙蝠に似た羽が出ており、今は休めるように下に向けられている。
小さなお尻からは尻尾が出て、くるりと丸まっていた。
「何故、こんなところに魔族がいるのだ!!」
「ワドッシュ……。そんなの関係ねぇよ。俺たちは【塚守】だ。何であれ。魔族となれば――」
ワドッシュの側に立っていたニアルが魔力を込める。
それに反応して、身体中に巻いていた赤い魔石が共鳴した。
呪詛を込める。
すると、ニアルが突然燃え上がった。
自ら炎を纏ったのだ。
「ぶっ潰すだけだ!」
飛びかかった。
「パレア、結界だ」
「もうやってますよ」
総長ディナリアの命令を待たずして、パレアは詠唱を完了していた。
黒曜の石に魔力を通し、結果魔法で包囲する。
もちろん、外に被害を出さないためだ。
少女に向かって跳躍したニアルは、身体を捻る。
勢いのまま縦に回転を始めた。
スキル【火車軍零】!
火の戦車が少女に襲いかかる。
形こそ、人間に近いものの魔族であることは間違いない。
ニアルはこの独自スキルを使い、これまで600匹以上の魔族を屠ってきた。
すでに射程内。
捉えたと思った。
人力の火車が少女に触れる瞬間。
ニアルは確かに聞いた。
「余興としてはなかなか面白い……」
悪戯っぽい笑みを浮かべると、少女は手を差し出す。
高速で向かってくる火車を受け止めるのかと思いきや、回転するニアルの動きを読み、腕を掴んだ。
ニアルの回転が、ピタリと止まる。
急に止められたせいで、肩を脱臼し、魔石魔術の使い手は小さく悲鳴を上げた。
少女の前に跪くように倒れる。
対して彼女は、ニアルの腕を一旦放すと、今度はその手を握った。
また肩に激痛が走り、悲鳴を上げる。
「ダイナミックな握手だが、面白かったぞ、お前」
「て、めぇえ……」
ニアルのターコイズブルーの瞳が、憎々しげに少女を見つめた。
少女はまたも八重歯を剥きだし笑みを浮かべる。
笑っていたのは、希有な攻撃を見せたニアルにではない。
ターコイズブルーに映る――少女の背後の人間だ。
チリッ、電撃の残滓が光る。
いつの間にか、ワドッシュが少女の背中に回り込んでいた。
両拳には雷の呪装。
今まさに少女に向けて繰り出さんとしていた。
「ほう。……人間風情が、余の背後を取るとは」
不遜な物言いが聞こえたが、ワドッシュは無視した。
渾身のストレートを放――――。
バチッン!
一瞬、何が起こったのかわからなかった。
気が付けば、体勢が崩れていた。
特にダメージを受けたわけでもない。
ただ頬がヒリヒリとして――痛い。
倒れかけの瞬間、ワドッシュは目の端であるものを捉えた。
尻尾だ。
少女の小尻から伸びた尻尾が、蛇のように伸びて、ワドッシュの頬を叩いたのである。
「だが、詰めが甘いのう」
ニヤリと笑う。
まさしく小悪魔のような笑みを浮かべた少女を見ながら、ワドッシュはようやく背中を地面につけた。
目が回る。力が出ない。
軽い脳震盪を起こしたことは、明白だった。
ワドッシュが一時的に戦線を離脱。
【塚守】たちの行動は止まらない。
両サイドからケルヴィラとディナリアが、挟み撃つ。
ケルヴィラはお腹を開いた。
鉛色をした筒が伸びる。
マサキがいた世界で言うところの大砲に似ていた。
魔力光に似た青白い光が、収縮する。
「発射」
音声を発した。
魔力の光条が、少女に向かって伸びる。
小さな手を掲げられる。
力を込めると、如何にも硬そうな魔力壁を生み出した。
が――。魔力の塊は壁に当たる直前で屈折した。
さらに何もない空中で反射。
反射。反射。反射。
いつの間にか、少女は光の檻に閉じこめられていた。
よく見れば、光は純度の高い真水によって作れた鏡に反射している。
視線だけを動かし、逆サイドの女を見る。
氷剣を携えたケルヴィラは、少女との距離を詰めてきた。
少女の視線を察した総長は、瞬間消える。
速度ではない。
「これも屈折を利用しているのか」
おそらく少女とケルヴィラとの間に氷壁を配置し、身を隠したのだろう。
透明度が高い氷は判別が難しい。
どこに配置しているのか、魔族である少女すら見分けがつきにくい。
つまり、自分を殺しにくるものが、どこから現れるのかわからないということ。
加えて、いつ自分の方に反射が向けられるかわからない光の線――。
吹き飛ばしてしまってもいいのだが、それは相手も読んでいるだろう。
第二第三の対策を考えている。
先の2人と違って、この2人の動きには深い意図が感じられた。
相手の筋書きに乗るのも一興……。
少女は――。
「これはこれで面白い」
楽しんでいた。
歯をむき出し、顔を歪める。
小悪魔を越えて、もはやその顔は邪悪そのものだった。
――来るな……。
少女が何も対抗してこないことを悟ったのだろう。
光が狭まってくる。
緊迫感が『黒の間』を満たされていった。
とうとう光が、少女の方に向けられる。
丁度、脳天から落とされた光条。
少女は反応する。
1歩下がり、光を回避した。
光が地面を穿つ。
だが、そこにパレアの結界は張り巡らせていない。
爆発音が鳴る。
黒曜石がめくり上げられ、基礎の下にある土が火山のように噴出する。
ぽかりと穴が空き、少女の足場がなくなる。
がくりと体勢が崩れた。
それは刹那であった。
我欲が強い【塚守】たちをまとめ上げる総長ディナリアが、見逃すはずがない。
少女の前に躍り出る。
氷剣を振り上げた。
下ろせば、必殺という瞬間。
1匹と1人の前に影が躍り出る。
大鎌を持った少年――。
マサキだ。
少女とディナリアの目が、驚愕に歪む。
総長の剣は止まらない。
そのまま振り下ろされた。
鋭い金属音に似た音が『黒の間』に響く。
総長の渾身の一撃を、横から飛び出したマサキが受け止めた。
それは明らかに彼が魔族を守っているように見えた。
ディナリアは目を細める。
やがて剣を引き、距離を置いた。
絶好の機会を、【塚守】の1人が不意にしたことになる。
マサキと少女は穴の底辺に降り立った。
「どういうことだ。マサキ!
怒声が聞こえた。
ディナリアの声だ。
魔族を何匹と退治してきたマサキですらすくみ上がるほど、その声は怒りに満ちていた。
「いやー。そのさっき言ったろ? スペシャルゲストを紹介するって」
「おい! てめぇ! まさか魔族がそのゲストだって言うんじゃないだろうな」
肩を押さえながら、ニアルが穴を覗き込む。
やがて全員が、穴に集まってきた。
「ああ。そうだ。彼女が協力者だ」
「協力者?」
パノンの美しい顔に皺が寄る。
「マサキよ……。ちまちまするのは余の性にあわん。我が高名をもっとすれば、鼠共も少しは大人しくなろう」
「それは逆効果じゃないのか、ルシルフ」
「よい……。その時はその時じゃ。拳を持ってわからせてやろう。むしろ、そっちの方が好みだ」
マサキは珍しく頭を抱えた。
やがて観念する。
「わかった。どうぞ紹介を……。陛下――」
「うむ」
少女はまだちっぱい胸を反る。
そして1歩進み出た。
息を吸い、高らかに奏上した。
「余は魔王ルシルフ。魔族の主なり」
言葉の意味以上に、その声は不遜に響いていった。
ルシルフは割と初期から設定であったのですが、
ようやく出せました(歓喜)
わーい、ちっぱいだ! ちっぱいだ!!
明日も18時に投稿します。




