第2話 ~ 第七の穴について ~
【塚守】。
全世界に6カ所ある魔族が通行可能な穴――【魔界の道】を守る監視者の総称である。
幾多の激戦が繰り広げられた【魔界の道】では、何千万という人間の遺体がさらされた。そうした英霊を弔うという意味から、墓を守る者――【塚守】という言葉が生まれた。
その役目は魔族の動向を監視し、動きがあれば即応することである。
故に対魔族のエキスパートが選ばれるのが常で、ギルドにおけるランク、これまで攻略したダンジョンの数、さらに数種類の面接と試技をクリアした上で決められる。
言い換えれば、彼らは次代の勇者にもっとも近い存在だということだ。
赤髪の男【無幻石の殺戮】の異名を取るニアル・ブロードワード。
金髪の壮年【瞬雷にして瞬脚】のワドッシュ・ナロルム。
女性神官【慈悲無し】のパノン・ミラーヤ。
勇者に作られし【自動人形】ケルヴィラ。
【総長】ディナリア・カッサ。
そして1年前に、【塚守】として任命された【新米】立花マサキ。
この6人が、【魔界の道】の【塚守】であり、ハインザルドにあって最高の戦力である。ただし、注意書きとして生存する勇者を除けば、だが……。
マサキは彼らに出会ったのは、これで2度目。
1年前の任命式の折りだった。
【六角会議】の開会を宣誓したディナリアは、落ち着いた様子で椅子に座り直した。
机に手を置き、ゆっくりと指を組む。
【六角会議】とは、数年に1度行われる【塚守】の定例会議を指す。
緊急でも行われことがあり、今回の招集はそれだ。
本来なら【緊急六角会議】とするところだが、【六角会議】が始まって慣例のないことだったので、今回は見送った。
「皆、忙しい中よく集まってくれた」
ディナリアは定型文的な挨拶から始める。
穏やかに開始したかと思ったが、2句目でもう不満が上がった。
「ご託はいい。さっさと始めよう。総長の言うとおり、俺たちに時間がない」
机の上に足を置いたままの姿勢で、ニアルが口を挟み、そのまま言葉を続けた。
「まずは新人の報告をさせるべきだ。その謝罪も含めてな」
「え? オレ、なんか謝るようなことをしたか?」
マサキは首を傾げる。
ニアルは踵で机を叩くと、怒りを露わにした。
「当たり前だ! 持ち場を離れ、魔族の侵入を許した! しかも、てめぇのところの王都にまで侵略され、王城の一部が損壊したというじゃねぇか」
「おお。代わりに報告してくれてありがとな、ニアル」
「な……。てめぇ――!!」
「加えていうと――」
怒髪天を衝くといった様子のニアルの前に割り込んだのは、パノンだ。
剣呑な雰囲気の中、その微笑は一片も崩れていない。
「勇者候補育成校の試験中に起きたということもあって、受験生と教師の中にも被害者が出たそうですね」
「ああ。その通りだよ」
「しかも、お前――」
ニアルは机から足を下ろす。
立ち上がって手を机につくと、改めてマサキを睨んだ。
「その試験に参加してたそうじゃねぇか」
「まあな。遅刻したけど……」
「何故、【塚守】のお前が育成校の試験など受けているのだ」
ワドッシュは逞しい二の腕を机に置くと、野生の猛獣のようにマサキを睨んだ。
「師匠から言いつけさ。15歳になったら試験を受けろってね」
「君の師匠というと……」
「アヴィン――」
ずっと【塚守】たちのやりとりを注視していたケルヴィラが音声を発した。
横のパノンは首を傾げる。
「何故、アヴィン様はそのようなことを……」
「さあ、オレが聞きたいくらいだ」
マサキは肩を竦める。
その態度に、ニアルの攻勢がさらに強まった。
「は! 下手な言い訳だな。教会の孤児の方がもっとマシなことをいうぞ」
「ホントだって。なんなら手紙を見せてやろうか?」
「いいだろう。ここで見せてみろよ。お前お手製の勇者の手紙をよ」
「やめろ、ニアル!」
鶴の一声で、世界最高戦力である【塚守】たちは、口を閉ざした。
声の主は彼らを束ねる【総長】ディナリアだ。
「いい加減にしろ、お前たち。仲が悪いのは構わん。我々はパーティというわけではないからな。しかし、ここは会議の場だ。もう少し建設的に話せ」
「しかしよ、ディナリア! こいつがやったことは、明らかな職務怠慢だ。まず始めに、マサキを罰する方が先だろう」
「具体的には?」
ワドッシュは軽く頷きながら、ニアルに尋ねる。
「決まっている。【塚守】から除名するんだよ」
「そんなことを簡単に決められるわけないでしょ。マサキはまだ【塚守】になって、1年も経っていないのよ」
パレアは擁護する。
「早計だったのさ。確かに実力はある。だが、こいつはまだ15、6のガキだぞ。それこそ学校に行っててもおかしくないほどにな。そんなヤツに世界の命運である【塚守】を任せるなんて馬鹿げているだろう」
「問題ないと思うわ。彼は【塚守】になるための試験を受け、パスした。何も問題ないと思うけど」
「コネに決まってるだろ!」
「私にはあなたが自分が持つ最年少記録を抜かれて、ひがんでいるように見えるけどね」
「――んだと、コラァ!!」
「何よ、やる気!」
2人が椅子を蹴る。
だが、そこまでだった。
気がつけば、2人の喉元に氷のダガーが突きつけられていた。
気泡もなく、ガラスのように透明な刃は、そのまま美術館に飾れるほど美しい。
マサキはその刃をマジマジと観察する。
――相変わらず、すげー魔力コントロールだな。発生の瞬間までわからなかった。
視線を走らせる。
総長が指を組んだ姿勢のまま座っていた。
目線はニアルとパノンに向けられている。
ノーモーション。発声なし。
体内から放出されるはずの魔力の痕跡すら残さぬ操作力。
上級の魔族をあっさりと屠るマサキですら、出来ぬ芸当だった。
「いい加減にしろ。それともお前達が【塚守】を抜けるか」
「ふふふ……。失礼しました、総長」
先にパノンが降参し、椅子を元に戻し、席についた。
「ニアル……」
「わーたよ」
渋々といった感じで席につく。
再び机の上に足を投げ出し、仏頂面を見せつけた。
「ともかく、マサキ……」
「はい」
「先ほどいったことに誤りはないな」
「ああ。けど、いくつか訂正がある」
「聞こう」
「文脈から推察するに、オレが守る【魔界の道】から魔族が現れたと思われてるようだが、それは違う」
「つまり、それは――」
「おそらく違う【魔界の道】から現れたということだ」
「おい! てめぇ、言うに事欠いて。俺らの責任だって言いたいのか?」
「ニアル。黙れ」
「総長……。しかし、彼は我々にも落ち度があったといっているんですよ」
ニアルを擁護する側のワドッシュが口を開いた。
「だが、そうとしか考えられない。留守番はロトに任せていたし。弟子も監視していたはずだしな」
「弟子? まあ……。マサキ、弟子をとったんですか?」
パノンが口元に手を当てて、驚く。
ディナリアは話を進めた。
「ロトというのは、あの魔族の協力者だな。信頼できるのか?」
「先代の――つまり、アヴィンの友人だ。それを疑うのは、アヴィンを疑うってことだけど……」
「わかった。……では、他のものに聞く。心当たりはあるか?」
「ないに決まってるだろ」
「同じく」
「ないですわ」
「アリマセン」
ディナリアは息を吐く。
このまま犯人捜しをしても埒がないだろう。
悩む総長に、手を挙げて答えたのはマサキだった。
「オレはウソをついていないし。他の【塚守】もウソをついているように見えない。うっかり見落としがあった可能性も高いが、限りなく0に近いだろう」
「つまり――」
「そろそろ第七の穴について、調査すべきと思ってるんだが」
それはかねてより噂はあった。
ハインザルドと魔界サウスハッドは、カードのように表裏一体となっていると推測されている。
そのため、瘴気や魔力の残滓が自然発生的に溜まることにより、表もしくは裏世界に対して膨大な加重がかかり、穴を開けると考えられていた。
そうした自然発生した穴は安定しない。また場所もころころ変わるので、移動手段として非常に使いにくく、これまで無視されてきた。
しかし、6つの穴のように安定した【魔界の道】が出来上がる確率は皆無ではなく、このところの頻発する魔族の侵入の原因と考えられていた。
「各国に呼びかけ、捜索をしてもらっている最中だが、めぼしい物証はない」
「マサキ……。あなたが書いた報告書には、魔族は召喚システムを使ったとあったけど」
「パノン。それは事実だ。かなりの高度な術式だと思う」
「おいおい。そんなものをバンバン使われたら、俺たちが【魔界の道】を守る理由がなくなるじゃねぇか」
ニアルは足を下ろし、身を乗り出す。
「いや……。魔族がハインザルドに侵入しなければ、召喚術は無意味だ」
「つまりは、私たちがよく見張っていれば、問題ないということよ。ニアル」
パノンがたしなめる。
さすがにまた口論することはなかったが、ニアルはパノンの方を向いて、ギリギリと奥歯を鳴らした。
ディナリアが再び口を開く。
「ともかく、侵入経路は各国の調査を待とう。……問題は、何故今になって魔族達が、ハインザルドに侵攻してきたか、だ」
「人間を根絶やしにしたいんだろ。つまりは戦争したいのさ」
ニアルは肩をすくめた。
「事はそう単純なものではない。……マサキ」
「ああ……」
「君がかつて行った魔界での調査書には、魔族たちは人間界に攻め込むことはないとあったと思うが」
「そういうだろうと思ってさ。スペシャルゲストを呼んである。……そのおかげで遅刻したんだけどね」
マサキは入り口に振り返る。
そして声を張り上げた。
「入っていいよ。ルシルフ」
そう言った瞬間、扉がそっと開かれる。
光の線が、さっと室内へと入り込んできた。
次回は来週末に投稿します。
土日の18時に投稿していくと思います。
新作もよろしくお願いします
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