第47話 ~ 【小さな勇者団】はこれにて解散する ~
第三章最終回です。
子供の泣き声がサイレンのように聞こえていた。
小さな棺を先頭に泣きわめく子供たちの列が続いている。
棺をそっと持ち上げているのは、老シスター。
子供たちの中で最年長と思われる――鼻筋に傷がついた少年。
赤茶色の髪をした女だった。
たった3人。
それでも抱えることは容易だった。
それほど軽い棺なのだ。
墓地に辿り着くと、あらかじめ掘られた墓穴に下ろされた。
老シスターが自ら聖句を唱える。
その声は震えていた。
しかし、最後まで滞ることなく済ませた姿は、あまりに気丈であった。
子供たちの歌が送られる。
泣いているのか。歌っているのかわからない。
悲しい最後の鎮魂歌だった。
「さあ、みんな最後の挨拶を」
老シスターが促すと、順番に握りしめた花を墓穴に添えた。
強く摘みすぎて、花弁の部分が折れたものを投げた子供がいた。
花の重さよりも涙を流した者もいた。
ただ呆然と何が起こっているのかわからず、隣の子供の頭を撫でている者もいた。
輪に入れず、遠くの木からそっとその光景を眺める子供がいた。
鼻先に水滴がかかる。
マサキは空を眺めた。
「雨だ」
葬儀の最後を待っていたかのように土砂降りの雨が、墓地に振り注いだ。
村での騒動があってから、1ヶ月が経とうとしていた。
マサキは前と変わらない生活をしていた。
朝起きて、顔を洗い。
朝食を食べて、少し休憩。
その後は薪割り。
エーデルンドとの組み手と続き。
午後は自由時間もしくは自習時間だ。
エーデルンドが――本来ならアヴィンなのだが――マサキの本当の師匠になっても、生活は変わらない。
魔法を教えてくれるのかと思えば、相変わらず組み手ばかりだった。
どうやらエーデルンドから一本でも取ればいいらしいのだが、簡単なことではない。
どうやら徹底的にマサキの身体を鍛えるつもりらしい。
おかげで薪割りの量が、以前の3倍ぐらいになってしまった。
少し変わったのは、魔法を隠さなくなったこと。
前は無詠唱で行っていた魔法を、きちんと唱えてくれるようになった。
見て、聞いて、まず学べということなのだろう。
マサキはエーデルンドの意志を敏感に感じ取り、都度頭に入れた。
だが、無闇には使わない。
来る時に備え、忘れないでおこうと頭の片隅に置いておくことにした。
そんなマサキの姿勢の変化をエーデルンドも理解していた。
取り分け、組み手への集中力が以前と比べものにならないほど増していた。
少し前までは嫌々やっているように見えたが、今は違う。
毎日違う戦略を使って、エーデルンドから1本取ろうという明確な意図が読みとれた。
それに身体能力が格段に上がっている。
近いうちに1本取られるかもしれない。
――まあ、それでも1年は取らせないけどね。
師匠はニヤリと笑った。
しかし、マサキの変化はこれだけではなかった。
「マサキ、今日村へ行くよ」
「うーんと……。留守番しておくよ」
「ああ? またかい?」
「うん。ちょっと明日の組み手の前に試しておきたいことがあるんだ」
というやりとりが、ここ何日も続いていた。
いつもはここでエーデルンドから折れるのだが、今日は違った。
「避けたい気持ちはわかるけどね。たまには顔を出してやりなよ」
「……うん」
「なんだっけ? バッズウ……くんだっけ? 会いたがってたよ」
「そう……。そのうち行くよ」
マサキはそう返事して、読んでいた本に目を落とした。
これぐらいが限界だった。
エーデルンドはため息を漏らし。
【風護操桿】ウルノ・ブール
唱えると、風の膜を形成し、空へと飛びだった。
それを確認した後、マサキは壁に寄りかかり、深い息を吐いた。
「ただいま」
エーデルンドが帰ってきたのは、夕方前だった。
随分と早い。
いつの間にか寝ていたマサキは寝ぼけ眼を擦り、ベッドを降りる。
「おお。マサキ、そっちにいたのかい」
「お帰り、エーデ。今日は随分と早かったね」
「まあね。それよりもマサキ……。お客さんだよ」
「お客?」
入口にヌッと人影が現れた。
「よ! マサキ!」
「バッズウ!」
忘れもしない同い年ぐらいの子供が、そこに立っていた。
傷のついた鼻を擦り、白い歯を見せて笑っている。
「どうしてここへ?」
「マサキ、積もる話は後だ」
「へ?」
「肩を貸してくれ。立ってるのがやっとなんだ」
突如、バッズウの目がぐるりと回る。
膝をわなわなと震わせると、崩れるように倒れた。
「ちょ! バッズウ!」
バッズゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウ!!
少年の叫び声が、【魔界の道】の道程にあるハウスに響き渡った。
「まったく無茶だよ。いきなりエーデに掴まってくるなんて」
マサキはバッズウを自分のベッドに寝かせ、扇で風を送った。
バッズウは、顔を隠すように氷嚢袋を頭に当てている。
まだ目がチカチカするらしく、何度も瞬きをしていた。
「お前、よくあんな風にして村に来てたよな」
「ボクも最初怖かったけど……。慣れ……かな」
「相変わらず、年下のくせに肝が据わってるよな、お前」
「それならバッズウの方がよっぽどだよ? ダンジョンに行くって、最初に言い出したのも――」
言いかけて、マサキは慌てて口を抑えた。
「ごめん」
「いいって。ホントのこと出しな。よっと」
バッズウは勢いをつけて起き上がる。
「もう大丈夫なの?」
「リーダーを舐めるなよ。これぐらいでへこたれるかってんだ」
「……うん。そうだね」
――リーダーか……。
つい最近のことなのに、もう随分昔のことのように思えてしまう。
【小さな勇者団】のことも。
ダンジョンに入ったことも。
ミュースが死んだことも。
「マサキ!」
不意にバッズウは肩を叩いた。
顔を上げる。
そして自分が下を向いていたことに気付いた。
「なに?」
「外に行かね? ちょっとそこら辺案内しろよ」
親指を立て、バッズウはマサキを誘った。
外に出て、まず驚いたのはマサキだった。
普段見えるはずの【魔界の道】がなくなっている。
空を破いたかのような真っ暗な穴が消失していたのだ。
何かが違う。
マサキは魔力の流れを感じ取った。
ハウスの周囲に天幕のように魔法が展開されている。
おそらくエーデルンドだろう。
ハウスの中で夕飯の準備をしている。
鼻歌を唄いながら、随分と機嫌が良さそうだ。
つとマサキと目が合う。
エーデルンドは口に指を当てて「しー」とジェスチャーを送った。
魔法の膜の向こうへは出るな。
そう言うことなのだろう。
「すげぇなあ」
バッズウが感嘆の声を漏らす。
谷の向こうの山や森、飛沫をあげる瀑布を指さした。
「おお! ドラゴンが飛んでる」
「ワイバーンだね」
マサキは赤い飛竜を見ながら、名前を言った。
「違う違う。確かにあれはワイバーンだけど、スカイハーグっていって、ワイバーンの上級種だな」
「そうなんだ。……さすが、バッズウだね」
「まあな」
得意げに、鼻を擦る。
本当にいつものバッズウだ。羨ましいぐらいに。
「あんな大型のモンスターが肉眼で見えるなんて、お前凄いところに住んでるんだな」
――本当ならもっと凄いところを見せてあげたいんだけどね。
魔界のすぐ手前に住んでるなんて知ったら、どう思うだろうか。
ちょっと反応が気になる。
マサキはその好奇心をそっと胸に閉まった。
「なあ、マサキ……」
「うん?」
バッズウはおもむろに草原の上に座る。
マサキも側に腰を下ろした。
「お前、これからどうするんだ?」
「…………」
言うか言おうか迷った。
しかし、マサキははっきり明言することに決めた。
もう決めたことだ。
たとえ、バッズウに責められようとも、折れるつもりはない。
むしろ一番聞いてほしかった。
「“最強の魔法使い”になるよ」
「へへ……。やっぱマサキは凄いな」
「バッズウだって、賢者になるんだろ?」
「どうかな……。親が許してくれるか、な」
「親?」
「里親が決まったんだ。小さいけど、商店を営んでるらしい。結構裕福みたいでさ。前々から子供がほしかったんだって。……俺、頭いいだろ? なんかそこが気に入られたみたいでさ」
「じゃあ、商人になるの?」
「それもありかなって。……たぶん、跡取りがほしくて、俺を引き取るって決めてくれたみたいだし」
「そう……」
突然、バッズウはマサキの背中を叩く。
ハッとなって、また顔を上げた。
「そんな顔するなよ。金持ちの家に引き取られるんだ。それでもアニアは劣るけどな」
「アニアも!」
「貴族だってさ。……前々から話はあったらしい。なんでもそこそこ高名な貴族の血筋を半分だが四等分だが継いでるらしくってさ」
「え? アニアってお姫様なの?」
「さすがに、そこまで大層なもんじゃねぇだろうけど」
後にマサキも知ることになるが、没落した貴族や家を取りつぶされた貴族の子供が、教会に預けられることはよくあることだった。
アニアもまたその1人だった、ということだ。
「マサキによろしくって」
「じゃあ、もうアニアは教会に……」
「5日前に引き取られてった。すっごい南瓜みたいな馬車に乗ってな」
バッズウは手を大きく広げて、馬車の大きさを示した。
「そう」
「結果的に良かったと思う。あいつ、すげぇ落ち込んでた。責任感も強いし。何より――」
「何よりトーバックが殺されるのを見ちゃったからね」
マサキはぽつりと言う。
間隔を置いて、バッズウは「ああ」と返事をかえした。
そして寝ころぶ。
いい風が吹いた。
2人の少年の髪を柔らかく梳かした。
「マサキ……」
「ん?」
「子供って不利だよな」
「不利?」
「だって、なんも決められねぇもん。結局、大人の言いなりになるだけ。そうじゃないと生きていけない」
「…………」
「だから、マサキはすげぇよ。自分のやりたいことを真っ直ぐ目指せてさ」
「それはきっと――」
エーデルンドがいたから……。
アヴィンがいたから……。
でも、バッズウたちは違う。
大人たちが敷いたレールに乗らないといけない。
そうしないと、生きていけないから。
「マサキ、手を出せよ」
「こう?」
マサキは手の平を向ける。
バッズウは起き上がると、パンと叩いた。
そして握り込む。
「なれよ、お前だけは絶対に! “最強の魔法使い”に!!」
「……うん。なるよ。約束する」
そしてバッズウは声を大きくして言った。
「【小さな勇者団】はこれにて解散する」
「……!!」
「でも、団員タチバナ・マサキの将来はこれからも応援する。どんな時も、どんなことがあっても一生忘れない。それを――ここに誓うものとする」
「うん……」
涙が溢れていた。
止まらない。
熱い涙滴が幾度となく少年の頬に筋を作った。
「泣くなよ。……俺も泣き――」
バッズウも泣いた。
大きな口を開けて、山野に響き渡るほどの大声で。
少年たちは泣いた。
これにて第3章が終了です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。
これにてマサキの幼年編が終了です。
ご感想などいただければ幸いです。
さて、これからのスケジュールですが、
しばらく更新をお休みさせていただきます。
ちょっと商業の方の仕事に集中したいというのが理由です。
再開時期は今のところ未定です。
延野twitterか活動報告にご報告申し上げますので、チェックいただければ幸いです。
(もしかしたら、今年度は更新がないかもです)
ただ続けるつもりはありますので、気長にお待ちいただければ幸いです。
(一応、プロットはあるのでご安心下さい)
しばしのお別れですが、
読者様にいたりましては、体調にお気を付けてお過ごしください。
それでは、また!!