第46話 ~ あんたの師匠はこいつだ ~
第3章第46話です。
ラスト2話です。よろしくお願いします。
丸2日、マサキは眠った。
一時はエーデルンドは心配して、そわそわしていたが、あっさりと目を覚ますと、いつもの保護者に戻っていた。
食欲は普通。
身体がやや重いが、ハインザルドに来てまもなくと比べれば健康そのものだった。
昼過ぎまで、村のある方をぼうと見ていたが、いつの間にか眠ってしまい、目覚めた時には翌朝だった。
そんな日が2日ほど続いた。
帰ってきてから、4日目。
身体のだるさは抜けていた。
エーデルンドにお願いし、薪割りを始めた。
いつもより斧が軽いような気がする。
刃の通りも悪くない。
結局、薪割りの自己最高記録を更新してしまった。
その夜、アヴィンが3日ぶりにハウスに帰ってきた。
薪割りのことを話すと、嬉しそうにマサキの頭を撫でた。
「だいぶ身体が戻ったようだね」
「うん。……もう大丈夫だよ」
力瘤を見せつける。
筋力もだいぶついた。
昔のやせ細った自分が、今では遠い夢のように感じる。
「そうか」
するとアヴィンはエーデルンドに目配せをした。
「いいのかい?」
念を押すと、アヴィンは頷いた。
エーデルンドは席を立つと、一旦寝室に戻る。
やがて戻ってくると、数冊の本を机の上に広げた。
「この本、なに?」
「魔法書だよ」
「魔法書!」
「今日から君のものだ。一応借り物なので、大事に扱ってくれよ」
「ボクの!」
マサキは目を輝かせた。
だが、その光はすぐに収縮する。
「いいのかな、ボク……」
「喉から手が出るほどほしかったんじゃないのかい?」
「そうだよ、エーデ。でも――」
頭の中で、色々な思い、様々な記憶が錯綜する。
自分の力がきっかけで、仲間を先導してしまったこと。
結果として仲間を1人失ったこと。
モンスターを殺めてしまったこと。
すべては自分の未熟さ。
何もわかっていなかった――己の愚かさが招いたことだ。
力を与えられてもいいのだろうか。
強くなっていいのだろうか。
その資格はあるのだろうか。
少年は迷う。
目の前の魔法書を見つめた。
エーデルンドの言うとおり、心の底からほしかった物だ。
学びたかった物だ。
けれど――。
「アヴィン。ありがとう」
「うん。どういたしまして」
「でも……。いらない」
「それはどうして?」
「たぶん、違うから」
「違う?」
「……それはボクがほしいものじゃないから」
「じゃあ……。マサキは何がほしいんだい?」
何がほしい……?
少年は自問する。
「何がしたい? 僕にいってみるがいいさ。何せ僕は君の魔法使いだからね」
アヴィンは穏やかに笑った。
何がしたい……?
――そうだ。ボクは何をしたいんだろ?
あるようで、これまで真剣に考えたことがなかった。
“最強の魔法使い”になる。
それも1つの答えだ。
けれど、魔法使いになって、何がしたいのか、と問われると、具体的なことはわからない。
ただ1つはっきり言えることがある。
みんなを幸せにしたい……。
アヴィンも、エーデも。
日本にいるママもパパも。
バッズウやアニア。
ミルや教会の子供たち。
魔獣使いのポーラさん。
そしてトントンや、モンスターも。
全部……。
悲しそうな顔をしない。
皆が笑っていられる世界になってほしい。
そのためにボクは、魔法使いになりたい。
職業とかじゃなくて、魔法のように人を幸せにする存在に。
そのために強さが必要というなら、“最強”になろう。
“最強の魔法使い”に……。
「うん。いいね、それ」
「え?」
いつの間にかマサキは、自らの口で思いを吐露していた。
「君の魔法使いは、ジョブの魔法使いなんかじゃないんだね」
「うん。……きっとお伽話に出てくるような魔法使いになりたいんだと思う」
はじめてアヴィンと出会った時のことを思い出す。
マサキは「魔法使い」と言った。
同時に心底安心していた。
そうだ。
傍らに立つだけで、安心できる。
背中を見るだけで、勇気が持てる。
――ボクはそんな人になりたいんだ。
「マサキ」
「う、うん」
「魔法書を開いてみるといい」
「え? でも――」
「ふふ……。いいから」
マサキは恐る恐る手に取る。
最初の1ページ目を開いた。
「あれ?」
白紙だった。
さらにもう1ページ開いたが、また白紙。
次の次……。その次の次も全部だ。
「これって?」
笑みを浮かべたアヴィンに尋ねる。
答えたのはエーデルンドだった。
「あんたがもし好奇心でそれを手に取ってたら、魔法の修行は一生しないと決めてたんだがね」
「え? そうなの?」
アヴィンはゆっくりと頷いた。
「言ったろ、エーデ。こんな試し方しても無駄だって」
「本当はあたしは今も大反対なんだけどね」
「え、エーデ!」
「心配しなさんな。合格だ。……悪かったよ。こんなテストをしちまって」
「ううん。ボクの方こそごめん……」
すると、エーデルンドはマサキの背中を叩いた。
思いっきりだ。
「痛った! 痛いよ、エーデ」
「何しょげてんだい。合格だって言ったろ。胸を張りな。それに言ったじゃないか。これから何をすべきかは、あんたと一緒に考えていくって」
「……うん!」
マサキは笑った。
目に涙がにじんでいた。
嬉しかった。本当に心底……。
――ああ。やっぱり……。
得心する。
マサキにとっての魔法使いは、やはり目の前にいるアヴィンとエーデルンドだった。
「さて、エーデ。明日からは頼んだよ」
「ちょっと待ちな。あんたが師匠なんだろ?」
「うーん。でも、僕の修行はとても厳しいからね。君の修行に耐えられないと多分、マサキは壊れちゃうよ」
「そんなこと言って。めんどくさいだけじゃないのかい?」
「そういう言い方は、本人を前にしていうもんじゃないよ。ねぇ、マサキ」
「ええっと……。師匠って。アヴィンが?」
ぽつりと呟くと、2人の保護者はマサキの方を向いた。
「ん? なんだ、あんた覚えてないのかい?」
「何を?」
「まあ、無理もないか」
「???」
マサキはますます首を傾げた。
「ともかく、あんたの師匠はこいつだ。鍛えてもらうんだね、お師匠に」
「ちょ! エーデ! いや、明日からまた魔界の調査を」
「逃げるんじゃないよ、お師匠様」
エーデルンドは意地悪そうに笑う。
「ボクもアヴィンに稽古をつけてもらいたい」
「ちょちょちょっと! マサキまで」
「お手並み拝見だね、お師匠様」
「お師匠様! よろしくお願いします」
マサキは「押忍」という感じで、頭を下げた。
「もう! 2人とも!!」
アヴィンの悲鳴じみた叫びは、暖かい光が漏れるハウスを突き抜け、闇夜にこだますのだった。
明日で3章最後となります。
お付き合いいただきありがとうございました。
18時に更新します。