第45話 ~ 余は必ず復活する ~
第3章第45話です。
よろしくお願いします。
滝のような雷光が降り注ぐ。
目を閉じて網膜に雪崩れ込んでくる輝きは、ダンジョン全体を覆った。
霧のようにたちこめた闇が振り払われ、青ざめ始めた夜空は一気に昼へと変わる。
轟音が断続的に鳴り響いた。
空気に混じった塵が燃え、異様な臭いが嗅覚を刺激する。
魔王と勇者。
双方ともに神に等しき実力を持つ存在同士がぶつかり合う戦場らしい光景だった。
次第に雷光が収縮していく。
そこに現れたのは、球状の闇だった。
雷光の停止とともに、その球体も解かれる。
夜明けの暗闇とともに現れたのは、子供の身体。
それを依り代とする魔王シャーラギアンだった。
気が遠くなるほどの高熱を長時間浴びたに関わらず、一片の火傷の痕も見当たらなかった。ほぼ無傷だ。
高速詠唱と二重詠唱。
両方を兼ね備えた輪唱魔法。
【雷獣の奏】を下地として、いくつかの神託魔法を付与している。その威力は、単独で使う場合のおよそ数万倍。どんな魔族も耐えきることはできないだろう。
シャーラギアンを除けば……。
魔王の顔は冴えない。
勇者の奥の手を堪え忍び、勝利を宣告するかと思われたが、防御姿勢から上げた表情には、深い焦りの色が浮かび上がっていた。
シャン!!
突如、鋭い音が四方から飛んできた。
光の鎖だ。
シャーラギアンは1本目こそなんとかよけるが、2本目、3本目、そして4本目と引っかかり、身体の自由を奪われた。
「シャーラギアン……。君には礼をいわなければならないね」
上空から声が聞こえた。
金色の髪を揺らし、アヴィンが魔王の前に現れる。
シャーラギアンは眉をぴくりと上げた。
「礼だと?」
「君ならぼくの子供を守ってくれると思ったから」
「お前の息子を守ったのではない。守ったのは余だ!」
「でも、わかっていたんだろ? 輪唱魔法に耐えるほどの力を使えば、いくら魔力お化けの君でも、魔力切れが起こすのは必至だって」
シャーラギアンは睨む。
その目の下には深い隈が刻まれていた。
典型的な魔力切れの症状だ。
「ありがとう。ぼくの息子を守ってくれて」
「皮肉か、勇者!」
「半分ね。でも、半分は本当に感謝している。実はいうとね。ぼくは君とは一度ゆっくりと語り合いたいと思っているんだ」
「語るだと? 余とか? この魔王とか!?」
「そうだよ。ぼくは知りたい。魔王というものはどんな存在か。何をしたいのか。そして世界をどうしたいのか?」
「破壊と滅亡……。それ以外に何がある!!」
「そうさ。だから、知りたい。君がこの世界の破壊を望むわけを。ぼくはそれが正しいと判断できることなら、協力だって惜しまない。でも、君が本当の目的を打ち明けない限り、この不毛な戦いは続いていくんだろう。そして、ぼくの伴侶が何かしらの人を殺める人生も……」
アヴィンは少し悲しそうな表情をする。
俯き気味だった顔を上げた時には、元の勇者に戻っていた。
魔王は勇者を見据えると、口を開いた。
「ふん……。それももう叶わぬ願いよ」
「そのようだね」
「この身体に残っているのは、余の精神の残滓と呼べるものだ。まあ、貴様の方がよくわかっているんだろうがな」
「うん」
「安心しろ。忌々しいことだが、この身体で貴様の前に出るのはこれが最後になるであろう。だが、余の精神が残っている限り、余は必ず復活する」
「ああ。その時は楽しみにしているよ。……400年も待ってるんだ。たとえ1000年であろうと待つよ」
「まったく貴様は……。――食えない男だ」
子供の周りを覆っていた闇が薄くなり、やがて消える。
糸が切れた操り人形みたいに力が抜け、小さな身体は自由落下を始めた。
アヴィンは回り込むと、抱えるようにキャッチする。
子供を見つめる。
規則正しい寝息を立てていた。
寝顔は先ほどまで大暴れし、悪魔のような形相で戦いを挑んできた人間とは思えないほど穏やかだ。
「お帰り。マサキ」
アヴィンはようやく安堵の笑みを浮かべる。
地面に足を付けた瞬間、ふっと力が抜けた。
マサキを地面に下ろすと、立て膝を付く。
激しく息を繰り返し、大量の汗が噴出した。
目の下には隈。アヴィンもまた魔力切れを起こしていた。
「輪唱魔法は威力が大きいけど、魔力を食い過ぎるな。消費を抑える方法を考えないと、単独での実用化は難しいね」
ぐらりと倒れ込む。
意識が遠のきかけていた。
すぐ側に息子の顔が見えた。
皮肉にもこちらの顔色が戻っていた。
魔王の力の流出が止まったことで、体内魔力の循環が通常に戻ったのだろう。
危惧すべきは、魔王によって魔力孔が大きくなってしまったこと。
肉体的にもどうやら魔王によって、かなり魔改造されてしまったらしい。
つい先日見たマサキとは、比べ者にならないぐらい魔力が高くなっていた。
――さすがに……。この状態だったら、放置するのは危険かな。
それに――。
アヴィンは言ってしまった。
マサキの師匠になる、と。
おそらく本人は何も覚えていないだろう。
だが、その言葉を撤回するつもりはない。
きっとマサキは強くなる。
彼が目指す……。
“最強の魔法使い”に。
アヴィンは目を閉じた。
その顔は、側で眠る子供とそっくりで――そして安らかだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
アヴィンが再び目を開けた時、空の上だった。
風を切る音が、耳に飛び込んでくる。
香水のにおいが香る。なかなか悪くない。
顔を上げると、赤茶色の髪が乱れているのが見えた。
「エー……デ?」
首が回る。
見慣れた青い瞳に、涙が浮かんでいた。
「良かった……。目を覚ましたんだね、アヴィン」
顔を真っ赤にし、今にも嗚咽を上げそうなぐらいエーデルンドは涙ぐんでいる。
アヴィンはようやく自分がエーデルンドに負ぶさるようにして、どこかに運ばれていることを理解した。
「心配をかけたね。ごめん」
「ごめんじゃすまないよ、もう! 魔王相手にたった1人で挑むなんて。無謀にも程があるっての!」
「だから、ごめんってば。あ――」
アヴィンは周りを見た。
「マサキは?」
「置いてきた」
「え? いいのかい? あそこはダンジョンだよ」
「あたしもそうしたかったけど、あいつの仲間が来たんだよ。……あたしは顔を知られているからまだいいけど、あんたの顔を他人にさらすわけにはいかないだろ」
「まあ、そうかもだけど……」
アヴィンは一応納得した。
爆心地のような戦場の跡。
その中心に倒れた夫と子供。
子供はほぼ無傷。夫は重傷。
いくらエーデルンドが豊富な経験を持っていても、ひどく狼狽してしまったのだろう。
自分が目を覚ました時の反応からもわかる。
――ごめん。
アヴィンは少し強くエーデルンドを抱きしめた。
「なんだい、もう……。久しぶりに全力で戦ったら、あんたの別の息子が立っちまたのかい?」
「ちょっと……。エーデ! そういうものの言い方はないだろ」
アヴィンの顔が珍しく赤くなる。
それを見ながら、エーデルンドにようやく笑顔が灯った。
「相変わらず、下ネタに弱いね、あんた。400年も生きてるくせに」
「節度を持ってくれ、と助言しているだけだよ。……ところで、そんなことをマサキの前で言っていないだろうね」
「別に使ってても大丈夫じゃないの。むしろ、意味が分かっている方が問題だし」
「そういうの。教育上よろしくないと思います」
「うるさい!」
エーデルンドはぐるりと旋回する。
危なくアヴィンは落ちるところだった。
「ちょ! こっちは怪我人なんだよ」
「はいはい。じゃあ、怪我人様。教会に着くまで、もう少し大人しくしていて下さいね」
「教会ってもしや……」
「モントーリネ大聖堂」
「ナリィのところか……。憂鬱だなあ」
「下手に他の神官に診せるわけにもいかないだろ? まだまだ時間がかかるから。あんたはもう少し眠ってな」
「ああ。そうさせてもらうよ」
すると、すぐに寝息が聞こえてきた。
よっぽど疲れているのだろう。
――ご苦労様……。アヴィン。
エーデルンドは囁くと、魔力の出力を上げるのだった。
昨日、少しアナウンスをしましたが、
来週で第3章が最終回になります。
第4章と続いていくこととなりますが、
しばらく休載とさせていただきます。
投稿をお待ちいただいている皆様には申し訳ありませんが、
何卒ご容赦いただきますようお願いします。
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