第44話 ~ だから、君はきっと“最強の魔法使い”になれる ~
一週お休みして申し訳ない。
本年度もよろしくお願いします。
第3章第44話です。
やめて!
やめてよ!!
闇の中でマサキは叫んでいた。
何が起こっているか。
立花マサキには理解不能だった。
自分の身体を借りて、何者かがアヴィンと戦っている。
圧倒的な力で、アヴィンを殺そうとしている。
やめろ!
マサキは何度も叫んだ。
見えたのは、アヴィンに群がる無数骸骨たち。
魔王が生み出した闇の塊が増大する。
「やめろぉぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
少年の願いは、暗闇の中で虚しく響き渡った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
闇が炸裂した。
青の空が。
緑の森が。
水の川が。
茶の大地が。
すべて灰色に染まる。
モノクロの世界。
世界が停止したかのようだが、時は動き続けていた。
雲は吹き飛ばされ。
木はなぎ倒され。
水は渦を巻き。
大地は大きく抉り出される。
巨大な爆風と爆煙が、勇者と魔王が戦う戦地に噴き上がった。
無数の死霊の骨が辺りに散乱している。
だが、中心地の視界はいまだクリアになっていなかった。
「ふむ……」
魔王は笑う。
目は血走り、どこか青ざめた顔は逆に生き生きとしていた。
拘束した上での最上の一撃。
たとえ勇者であっても、生身の人間であることに変わりはない。
決まった――。
そう思った矢先だった。
魔王の表情は強張る。
手から闇の剣を現出させると、背後に振り返った。
飛んできた鎖を叩き落とす。
「おっと。残念」
神々の最終戦争を思わせるような状況で、男の声は愉快に響いた。
「やらせたと思わせておいて、背後から強襲……。決まったと思ったんだけどな」
シャーラギアンは眉を潜めた。
歯を食いしばる。余裕は笑みはすでにない。
激昂した魔王は動く。
剣を振り上げ、現れた勇者との距離を詰めた。
アヴィンは動かない。
剣閃が引く瞬間、その身が何かに飲み込まれ消える。
目標物を見失った魔王は狼狽した。
周囲を窺う。
再び気配を察して、上空から急降下してきた無数の鎖から逃れる。
「時空系の魔法か。よもや余の技術を盗むとはな」
「ご明察」
気が付くと、アヴィンはシャーラギアンの前に立っていた。
「着弾の瞬間、次元の狭間へと逃げたか。だが……」
魔王は薄く微笑んだ。
「すべて回避できたわけではないようだ」
その通りだった。
アヴィンの姿はボロボロだった。
肉体は無数の擦過傷に傷つき、火傷の痕も見受けられる。
何より纏っていた青い鎧がすべて吹き飛び、跡形もなくなっていた。
「いや、鎧がなかったらちょっとピンチだったかもしれないね」
むしろあったからこそ、この程度の軽傷で済んだといえる。
「かつて君に壊された光の鎧を、ドワーフたちに頼み込んで再現してもらったんだけど……。ちょっともったいないことをしたな」
「所詮は、土妖精どもの技術ということではないか?」
「いやいや。……かつての光の鎧なら、ぼくはとっくに敗北しているよ」
それほどの硬度と神託魔法による祝福が重ねられていたにも関わらず、シャーラギアンは一撃で粉砕したのだ。
――末恐ろしいね……。
アヴィンの背中に汗が噴き出る。
正確には、目の前のシャーラギアンは子供の身体を依り代にしているに過ぎない。
有り体に言えば、本来の力ではないのだ。
アヴィンはじっと見つめる。
魔王ではない。
自分の子供の姿を、だ。
シャーラギアンによって強化されているとはいえ、まだ未成年。
骨格も決まっていない状態で、魔王の力を振るうのは、あまりに無謀だ。
「そろそろ決着をつけさせてもらうよ、シャーラギアン」
「ぬかせ、勇者……。それとも貴様自ら自滅してくれるとでもいうのか?」
「それは、ぼくの子供の身体なんだ」
「はっ! 笑わせる。貴様が巻き込んだ子供であろう」
「そうだね。……でも、マサキは言ってくれたんだ。もう2度、本当の両親に会えなくても、ぼくについていくって。それにね」
アヴィンは笑った。
まるで子供に――マサキに向ける親の顔のように。
「彼は『魔法使い』になると言ったんだ。“最強”の……。この世で一番の魔法使いになると」
嬉しかった……。
マサキは賢い子だ。
自分が普通の人間でないことなど、当に気付いているだろう。
それでも何一つ恐れず、この世界を受け入れ、アヴィンを、エーデルンドを、そして自分の運命を受け入れてくれた。
「彼はきっと“最強の魔法使い”になる。このぼくが保証しよう」
「貴様……。何が言いたい?」
「シャーラギアン……。ぼくは決めたよ」
その時から、シャーラギアンの身に何か変化のようなものが起こり始めた。
突然、目を剥き、お腹を押さえ悶え出す。
「ぼくは彼の夢を全力でサポートする」
『本当!』
それは突然、戦地で響いた。
無邪気な子供の声。
吐き出されたのは、対峙する魔王の口元からだった。
アヴィンはキョトンとした。
やがて、また柔らかい笑みを浮かべる。
「ああ。だから、君はきっと“最強の魔法使い”になれる」
『でも、魔法使いは底辺だって。役に立たないって。……みんな、負け犬だっていってるよ』
「大丈夫さ」
勇者は自信満々に返した。
そして胸を叩く。
「何故なら、ぼくが君の師匠なんだから。最強ではないはずなどないよ」
心底ホッとし、少年は微笑を浮かべた。
「しゃらくさい!」
一喝が中空にこだました。
息を切る。
その顔は魔王へと戻っていた。
「まさか……。まだ子供の意識が戻っていたとは」
「それが彼の才能だ。あとはぼくたちが彼の努力を磨けばいい」
「400年会わない間に、随分とボケたらしいなあ、勇者。お前が鍛えるのは、お前の子供ではない。この身体ぞ」
「わかっているよ、シャーラギアン。だから、ぼくは決めたのさ。君に勝つために“最強の魔法使い”を育てるとね」
「余に勝利するだと。かかか……。魔法使い風情がか! 余の肉体に切り傷さえ出来ない精霊魔法の使い手が、余に刃向かうばかりか、余に勝利するだと。笑わせるのもいい加減にしておけよ、勇者」
「ぼくは至って真面目さ。そしてボケてもいない。その証拠を見せよう。いや、見せるというよりは、もう見せていいるるるんんんだだだだけけけけけ――」
魔王は眉根を顰めた。
不意にアヴィンの言葉が震え出したのだ。
いや――。違う。
震えているというよりは、声が十重二十重と重なり始める。
「ななななんんんんだだだだ!!!! ここここれれれれはははは!!!!」
気が付けば、己の言葉もおかしくなっていた。
まるで山彦。それも近くで反響して聞こえる。
たとえば、透明でよく音を反射する壁というものがあって、それが極狭い空間に置かれているような感じ。
「貴貴貴貴様様様様!!!! 何何何何ををををししししたたたた!!!!」
「精霊魔法でも、魔族の肉体に干渉する技術はあるんだ」
アヴィンの言葉だけが、その空間内にあってクリアに聞こえた。
「1つは高速言語。声帯と舌禍部分を魔法によって増幅させることによって、早口言葉を使い、呪文を何百何十と繰り返し、威力を増大させる方法」
もう1つは。
「二重詠唱。『喉歌』という独特の発声方法を使い、2つの魔法を同時に発露させる別名合成魔法。ともに魔族に有効な詠唱方法だ。ただし、それなりの才能と膨大な努力が必要だけどね」
アヴィンはパンと手を叩く。
丁寧に己の指先を合わせた。
「そこで人は考える。この2つの詠唱を同時に使えば、恐ろしいほどの威力の魔法を扱うことは出来るんじゃないか? ――だが、それは不可能に近い。出来たとしても、実戦に投入できる代物ではない」
特に『喉歌』を使う際、神や精霊が理解できる部分を抜き出す呪文短縮技術というものを使う。それは、長文呪唱を高速化するという高速言語と、完全に矛盾していた。
少なくとも、単独による高速言語、二重詠唱は不可能と言わざる得ない。
よしんば出来たとしても、とても実戦で使える代物ではなかった。
「だから、ぼくは時空をほんの少しずらすことにした」
「ずずずずららららすすすす????」
アヴィンが合わせた手をずらす。
「時間の間隔をほんの刹那ずらすことによって、人の声をほぼ無限に近い状態で連続させ、重ねることができる」
「馬馬馬馬鹿鹿鹿鹿なななな!!!! そそそそんんんんなななな大大大大規規規規模模模模なななな魔魔魔魔法法法法!!!!」
「そうさ。時空をいくつずらすなんてかなり大それた魔法だ。それこそ不可能といっていい。だけど、一定の極狭空間ならそれが出来るんだよ」
「!!!!」
魔王の顔はこの時、はじめて驚愕に歪んだ。
対して勇者は、その反応を楽しむように口端を歪める。
もはや、どちらが悪党で正義なのか。わからない睨み合いだった。
「そう。この空間内で、声が輪唱のように聞こえるのはそのためさ。だから、ぼくはこの詠唱方法を輪唱魔法と呼んでいる」
憎々しげに勇者を睨む。
小さな子供の歯を、ぐっと強く噛んだ。
しかし、不思議なのは輪唱魔法によって生み出された空間だけではない。
狭い範囲ではあるが、やっていることはかなり大がかりだ。
時間がかかったはず。
――まさか! 戦いながら、すでに仕掛けていたのか!
思えば、勇者の攻撃はあまりに単調だった。
依り代に配慮しているのかと思っていたが、力の配分をこちらに振り分けていただけなのだ。
末恐ろしい……。
かつてアヴィンも抱いた魔王への畏怖の言葉。
シャーラギアンもまた同じ事を思っていた。
狭い空間の時間をずらす魔法。
容易であるはずがない。にも関わらず、目の前の勇者は魔王と戦うという難行を行いつつ、完成させたのだ。
「講義はこの辺にしよう。あとは実践あるのみだ」
「貴様のことだ」
「ほう。さすがは、魔王……。自分の周りの時空だけ元に戻したか」
「なめるなよ、勇者。――と言いたいところだが、貴様のことだ。すでに退路は断たれているのだろうな」
「仕込みは上々。……後は御覧じろってね」
「??」
「マサキの世界の言葉さ」
アヴィンは喉歌によって、詠唱を始めた。
瞬間、魔王の耳朶に音の濁流が注ぎ込まれる。
それはもう意味をなさない言葉。
『喉歌』による抑揚ある呪詛も、激しいとさえいえる輪唱によって打ち消されている。
まるで耳の側で、万の鐘を叩かれているようだった。
シャーラギアンは動かない。
中空で仁王立ちした。
攻撃は出来るが、勇者はすでには想定しているだろう。
あえて受ける。
それが悪を極めた存在の矜持だった。
そしてアヴィンは手を振る。
高らかに呪名を告げた。
【雷獣の奏】リューナ!
と――。
いよいよ、長かった3章も今日を含めて、あと4話となりました。
ここまでお付き合いいただいた皆様に感謝を申し上げます。
ありがとうございました。
明日も18時に投稿しますので、よろしくお願いします。