プロローグ
初投稿です。
よろしくお願いします。
立花マサキは、ふと目覚めた……。
ゆっくりと広がる視界の中央にあったのは、顔の輪郭。
ひどくぼんやりとしていて、誰かはわからない。
はじめはアイシーユー内にいる看護師さんかお医者さんだと思った。
でも、違う。
何故なら、その頭には大きな鍔の黒帽子を被り、肩からは黒いマントを羽織っていたからだ。
――「まほうつかい」みたいだ……。
自分が元気だった頃に読んだ絵本を思い出す。
同時に、いつから自分は元気でなくなったのだろうと考える。
兆候が現れたのは、三歳だった。
友達と遊んでいると、マサキは突然倒れた。
身体が重く、すぐ疲れることはあった。病気がちでよく病院に行ったが、お医者さんは決まって「かぜですな」と言った。
きっと、今回も「かぜですな」に違いない。両親に抱きかかえながら、マサキは思った。
するとたくさんのお医者さんや看護師さんが出てきて、マサキを色々な機械に繋いで調べ始めた。マサキは疲れて、眠ってしまった。
気がつくと、マサキのパパとママが、お医者さんと話していた。
「もってさんしゅうかんというところでしょうな」
聞いた瞬間、マサキのママは泣き崩れた。パパはそっとママを支えながら、悪いまほうつかいの呪文みたいな言葉を繰り返すお医者さんと話をしていた。
そしてマサキは、白い天井とたくさんの機械と、ピッピッピッという音に囲まれて暮らすことになった。
あれから2年が経った。
お医者さんは「きせきだ」と言った。
マサキの調子がいい時、少しだけ「ママ」と話しかけた。
……その度に、マサキのママは目を真っ赤に腫らして泣き始めた。
いつの間にかマサキのパパは、来なくなった。
今、目の前にいるのはパパでもママでもない。
はじめての人だった。
《こんばんは。立花マサキくん》
不思議な声だった。
声が綺麗だとか、変わっているとか言う意味ではない。
聞こえ方がいつもと違う。
まるで頭の中に直接語りかけられているようだった。
《こんばんは》
試しに挨拶してみたら、口も動かさず簡単に同じことができた。
はっきりと見えてきたまほうつかいの顔に、笑顔が灯る。もう一度と挨拶を返された。
《おじさん、誰? まほうつかい?》
まほうつかいはやや複雑な表情をした後、また笑顔で話しかけてきた。
《私の名前はアヴィン。勇者アヴィンだ》
《ゆうしゃ? まほうつかいじゃないの?》
《ちがうよ。それに私は“おじさん”じゃない。……そうだね。29歳から年をとることがなくなったから、この身体は29歳なんだ。だから、まだギリ“おじさん”じゃない》
《?》
《あ、ごめんごめん。マサキくんには難しかったかな。ともかく、私は勇者アヴィン。今は、それだけ覚えてくれればいいよ》
マサキは言われるまま、心の中で頷いた。
アヴィンというのも、ゆうしゃという単語も、彼にはよくわからなかった。
マサキの中で、目の前にいるのがまほうつかいであることに変わりはなかった。
まほうつかいは優しい顔をしていた。
蛍光灯のような明るい髪。天井の色のような白い肌。瞳は大きく、機械に映る波形のような緑色をしていた。マントに隠れて身体までは見えなかったが、マサキのパパよりも大きな身体をしていた。
さて――。まほうつかいは、真剣な表情でマサキを見た。
《マサキくん……。私は今から、君が少し驚くようなことをいうかもしれないけど、落ち着いて聞いていてほしいんだ》
まほうつかいの言葉に、マサキは心の中でまた頷いた。
すると、まほうつかいは一度大きく息を吸い、言葉を吐き出した。
《君はもうすぐ死んでしまう》
マサキは。
《知ってるよ》
と返した。
沈黙が流れた。
マサキは落ち着いていた。
まほうつかいは、息を飲んだ。
そして《そうか》と言った。ママのように悲しげな顔だった。
知っていた。
自分の身体に“ぞうき”というものがあって、それが全く動いていないことを。
そして今、自分が生きていることすら“きせき”だということを。
2年間、マサキはただ“子供”だったわけではない。
彼なりに、自分の状況を分析しようとした。その時間はいくらでもあった。
マサキのパパとママの顔。お医者さんの顔。看護師さんの顔。
時々、交わされる言葉。
ピ――――――という音が鳴った後、部屋からいなくっていく人たち。
悲しみ。罵声。嗚咽……。
この部屋には何もないようでいて、様々なことが起こっていた。
マサキはその中で必要な情報を咀嚼し、考え、分析し、そして1つの結論に至った。
自分はもうすぐ死ぬ…………と――――。
格別な驚きはなかった。
ただ初めて人からはっきり言われたことには、少し吃驚した。
《ねぇ。まほうつかいのおじさん。おじさんは悪いまほうつかいなの?》
《――――!》
《だったら……》
僕を殺してくれないかな……?
――――――――――。
《どうして?》
《パパとママをもう悲しませたくないから……》
5歳の子供の思考とは思えなかった。
いや、むしろ……。
誰かを悲しませたくないから、安易に死を望むというのは、未熟な考えなのかもしれない。
それでもこれは、2年間部屋の中で考え続けたマサキの選択だった。
だが、2年間で得た結論を、マサキはすぐに失敗と位置づけた。
まほうつかいが目を赤くして、泣いていたからだ。
――また人を悲しませてしまった。
パパやママだけではなく、今夜初めて出会ったまほうつかいすら泣かせてしまった。自分の存在も言葉も、人を悲しませるものでしかないのだろうか?
《じゃあ、僕は何のために生まれてきたんだろう》
自己存在への疑問。
それは5歳の少年とは思えない哲学的な自問だった。
《違うよ》
まほうつかいは顔を上げた。
嗚咽こそ上げなかったが、その目は真っ赤だ。
そっと痩せ細った手を取った。
《私は悪いまほうつかいじゃない》
《そうなの?》
《ああ……》
《じゃあ、僕を殺さないの?》
《……うん》
《まほうつかいは、何しに来たの?》
やっとまほうつかいは笑顔を浮かべた。
《君を救いに来た》
と――――。
《僕を救いに?》
まほうつかいは《ああ》と力強く頷いた。
そんなの無理だ、とマサキは思った。
お医者さんより偉いお医者さんに診てもらった。
そのお医者さんよりさらに偉いお医者さんにも診てもらった。
そーりだいじんを手術した人にも診てもらった。
結局わからなかった。
――ああ、でも……。まほうなら、僕を治せるかもしれない。
マサキは少し考えを改めた。
《でもね。そのためには君は遠い遠い国に行かなければならない》
《それって天国?》
誰かが言っているのを聞いた。
死んでしまうと人は天国に行くのだと。
お空の……ずっとずっと遠い遠い場所に国があって、そこでは今まで死んだ人がたくさん仲良く暮らしている、と。
《じゃあ、やっぱり僕は死ぬんだ》
まほうつかいはゆっくりと首を振った。
《その場所は、天国よりは近い場所にあるんだ。だから、君は死ぬわけじゃない。言ったろ? 君を救いに来たって》
《そこに行けば、びょーき治る?》
《ああ》
《外に出られる?》
《もちろん》
《パパとママと一緒に、ご飯を食べれる?》
《それは…………。――――出来ない……》
まほうつかいはまた悲しそうな顔をした。
《ごめん。それは出来ないんだ……》
《どうして?》
《その国に行く切符は、君の分しかないんだ》
《切符があれば、パパとママも一緒に行けるの?》
《いや……。その切符は限定発売でね。もう販売はされないんだよ》
だから――。
《もし、その国に行けば、もうパパとママと会うことができないかもしれない。それでも君が望むのであれば、私が住む世界『ハインザルド』へ君を招待しよう》
まほうつかいは顔をしかめながら告げた。
生きていようが、死んでしまおうが、結局のところ両親を悲しませることに他ならない。
残酷な選択肢……。
5歳に選ばせることも、背負わせることも、あまりに酷なものだ。
そして勇者アヴィンと名乗ったまほうつかいは知っていた。
たとえ、己が住む世界『ハインザルド』にマサキを連れていったとしても、彼に待ち受けているのは過酷な試練……。
それは、この静かな病室でひっそりと死ぬことよりも、恐ろしい体験かもしれない。
それでも問わねばならない。
立花マサキという少年を助けるために。
試練はもう始まっている。
《行くよ》
ぽつり呟いた言葉に、まほうつかいは顔を上げた
《本当にいいのかい?》
《うん。……その代わり、まほうつかいのおじさん。1つだけお願いがあるんだ》
《ああ。なんでもいいよ。……言ってごらん》
マサキはまほうつかいに願いを告げた。
まほうつかいは《おやすい御用だ》と言って、その願いを叶えた。
そして立花マサキは、日本という国――いや、世界から消えた。
忽然と病室から消えた重篤患者の少年。
現代の神隠しといわれ、マスコミはこぞって報道した。
マサキの母は泣き崩れながら、我が子の帰還を訴えた。
誘拐、拉致、エイリアン・アブダクション……。様々な憶測とゴシップネタが流れる中、この事件には、さらなる謎が存在した。
病室に残された置き手紙。
重篤患者が書けるはずもなく、マサキがまほうつかいに願ったことだった。
そこには、こう書かれていた。
「パパとママへ。元気になって、また帰ってくるからね。だから泣かないで」
だが、この手紙を読む者はいなかった。
いや……。読める者がいなかった。
その字は、異世界ハインザルドの公用語の一種だったからである。
世界中の言語学者を巻き込んだ論争は、その後10年以上続き、神隠しの少年の話は多くの情報の中に埋もれていった。
だいたいこれぐらいの文量の前後で投稿していく予定です(ご意見などがあればうかがいます)。
毎日18時ぐらいで、投稿できればいいなと思っています。
割と長いプロットを組んでしまったので、長い目で見てもらえれば……。