表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Another Sky  作者: 須藤鵜鷺
2/11

1.軍議

『お知らせいたします。午後1時30分より、中央会議場において脱走事件に関する軍法会議を行ないます。議長および関係者の方は中央会議場にお集まりください。なお、本会議は関係者以外の傍聴はできません。会議場入口にて本人確認を行ないますので、身分証を携帯してください。まもなく、午後1時30分より、中央会議場にて……』

 抑揚のない女性の声によるアナウンスは、同じ事を繰り返し伝えている。その中をカツカツと高い靴音を響かせながら、正装をした軍部関係者がぞろぞろと歩いていく。大理石造りの、天井の高い廊下は否応なしに物音やざわめきを響かせる。その中でアナウンスの声は遠くぼやけるように聞こえてくる。

「身分証明を確認しています。ありがとうございます」

 受付係がせわしなく一人ひとりの持つ身分証のカードを確認している。

「こういうところ、アナログだよな」

「予算ないんだろ」

「会場費を節約したほうがいいんじゃないのかねぇ」

「ここは買い上げだろ?誰が買うんだよ、こんな建物」

 それらの声は、他の雑踏に紛れて流れていく。

 会議室の天井はさらに高い。この中央会議場は200人ほどが入る部屋だ。席は円形の部屋の端から階段状に設けられている。正面には議長席があり、その一段下がったところに弁論席がある。部屋の中央が一番低く、そこにも一つ席がある。

 この会議に出席する者が全員会議場に入り、入口の大きな扉が音を立てて閉められた。老齢の議長がその席について静粛を求める合図をすると、会議場は静まり返った。

「では、時間となりましたので。これより先日発生した脱走事件に関する軍法会議を始めます。まずは被告人質疑を行ないます。被告人をこちらへ」

 議長が呼びかけると、先程閉められた大扉ではなく、議長席の脇に付いた小さな扉から、二人の男に両脇を固められて被告人である若者が入ってきた。若者は中央の席へと引き連れられていく。

 若者が席の前に立つと、脇を固めていた男たちは入ってきた小さい扉から退室した。

「被告人、名前は」

 議長がその若者と書類を交互に見ながら事務的に問う。

「亜伽原 風人〈アカハラ フウト〉」

 被告人は無表情に議長席を見つめたまま答える。

「罪状の確認をする。先日5月15日午前8時26分頃、サンプルNo.526がBF北第1非常口より脱走し、被告人はその脱走をほう助した、とあるが、この内容に相違は無いかね」

「間違いありません」

 やはり無表情のまま答える。会議場には若干のざわめきが起こったが、すぐにまたもとの静けさに戻る。

「動機は何かね」

「お答えしたくありません」

「なぜ」

 議長が問うと、被告人はそれまでの無表情に少しだけ笑みを含んだ。

「理解してはいただけないでしょうから」

 場に再びざわめきが広がる。「こいつは頭がおかしいんじゃないか」と、本人の耳にも届きそうな囁き。その様子を見かねた議長が静粛を呼びかける。

「君はこの行為が国家の重要機密事項の漏洩にあたるという認識はあったのかね」

「はい」

 議長は少し目を見開く。議長自身も、この若者の考えは理解できないとその目が語っている。議長は手元に視線を落とし、書類を目で追いながら続ける。

「故意によって国家機密を漏洩した場合、現行法では」

 議長はそこで言葉を切り、被告人のほうをちらりと見る。わずかにためらいが感じられる。

「……現行法では、厳罰に処されることを承知しておるのかね」

「はい。承知しています」

 被告人はこともなげに答える。思わず顔を上げた議長は苦しんでいるかのように顔をゆがめた。それとは逆に、さげすむような視線を送る場内の者たち。議長は被告人から視線をそらし、場内を埋める人々を見渡す。

「それでは、これより表決を行ないます。被告人を有罪とすべきとお考えの方はご起立願います」

 議長が会議場全体に響き渡る声で述べると、場内を埋めているうちのほとんどが起立する。人数など数えるまでもないほどの、圧倒的多数。議長は立ち上がった人々を見回して明らかなため息をついた。

「ありがとうございます。ご着席ください。……表決により、被告人の有罪が確定いたしました。被告人においては」

 議長は再び被告人に目をやる。驚くほど冷静な若者の様子に若干言葉を詰まらせる。

「後の処分を待たれるよう」

 消え入りそうな声で議長が言うと、被告人は再び脇を固められて連れて行かれる。しかしその途中で急に立ち止まった。

「俺が残したのは」

 あまりに大きな声を急に発するので、脇の男たちもひるんだ。その声は場内に響き渡り、ざわめきを一瞬で静めてしまった。誰もが注目する中、若者は振り向いて会議場を見渡す。そしてそのすべてに向けるような声で言い放った。

「俺が残したのは、この国の、未来への希望だ!」

 沈黙が辺りを支配した。若者の目には怒りとも悲しみともつかない光が宿っている。その一言を残した後には、若者は再びおとなしく男たちに引かれて行き、会場から姿を消した。残された者たちは半ば呆然として、その姿を見送った。


「失礼します」

 軍の正装を身にまとった男が入ったのは、じゅうたんが敷き詰められた20畳ほどはあろうという部屋だ。天井からはシャンデリアが下がっており、大きな窓の前に黒檀作りの立派な机と黒革張りの椅子がある。この男は総監の秘書だ。その部屋の奥、窓の外を見つめるように立っているのは現日本軍総監、遠野 誠〈トオノ マコト〉である。秘書が戻ったことを確認すると、遠野は革張りの椅子に座る。秘書は先程行なわれた会議の議事録を机に置いた。遠野はその紙の束にぱらぱらと目を通す。

「被告人の様子は?」

 遠野は書類に目を落としたまま秘書に問う。

「至って落ち着いて見えました。まるですべてを受け入れるとでも言うように」

「……そうか」

 それは普通のことではない。会議中、議長は厳罰と言葉を濁したが、被告人に待っている罰は死刑である。現在軍部は国の司法機関とは独立しており、軍部内の事件については軍部の裁量に任されているため、厳罰が適用されるのだ。被告人がそのことを知っていてなお冷静さを保っていたというのは、ある意味とても不気味だ。

「いかが致しますか」

「何をだ」

「サンプルを取り逃がした護衛たちの処分です」

 秘書はさも当然といった風に話す。遠野は書類を机の上に放り、その上に両肘を付く。

「今そんなことをしている余力はない。今回は不問に処す。それよりも問題は逃げたサンプルの回収だ」

 秘書は軽く片眉を上げる。遠野は気にも留めない様子で組んだ手の上にあごを乗せる。

「あんなサンプル1匹失ったくらい惜しくもなんともないが、あれ自体が軍事機密だ。あの存在が周知されては大問題だ」

 遠野の目は秘書を見てはいない。なにやら思案をめぐらせるかのように、もっと遠くのどこかを見つめている。

「すぐにできるだけの人員を割いてサンプルを探し出せ。被告人にもどこへやったのか口を割らせろ」

 遠野はまるで独り言のように呟く。秘書は怪訝な顔で遠野を見つめる。

「あれを逃がした本人も何かあてがあったのだろう。……どんな手を使っても、構わん。吐かせろ」

「……は」

 秘書は頭を下げて従順を示す。そのまま遠野のほうを向くことなく退室する。遠野は身動き一つせず、その姿を見送った。

 まもなく、兵士たちの緊急召集がかけられる。


 軍法会議から数刻の後、先の会議場と同じ建物内とは到底思えないような、暗く湿っぽい部屋に被告人の若者はいた。そこは通称「取調室」と呼ばれる部屋だ。会議にかけられる人間はここで一応の取調べのようなものを受ける。普通、会議の後にこの部屋に来ることはまず無い。しかし若者は後ろ手に手錠をかけられ、腰に打たれた縄も部屋の格子窓にくくりつけられている。その部屋にもう一人の男がいた。肩書きとしては「取調官」となっている。その男は、軍内部の法規を取り締まる「特別治安部」と呼ばれる組織に属している。軍内で問題とされる行為があった際に動く軍の内部機関である。

 男は被告人の腹に蹴りを入れる。若者はコンクリートの床に倒れこんだ。その体を引きずるように起こして今度は頬を殴る。こんな事が、もう三十分も続いている。被告人の体には至る所に赤黒いあざができ、鼻や口元からは出血している。

「諦めの悪い男」

 取調官は若者のわき腹に再び蹴りを入れる。そのやり方はまるでいたぶることを楽しんでいるかのようだ。その顔には笑みすら浮かんでいる。取調官は、もう立ち上がることすらできない被告人にしゃがんで目を合わせる。

「いい加減吐いちゃえばいいのに」

 見ようによっては優しくも見える不気味な微笑を浮かべて、取調官は被告人の髪をつかんで顔を上げさせる。

「サンプル、どこにやったの」

「だから……言ってるだろ。俺はサンプルを逃がしただけだ。……後のことは知らない」

 被告人が取調官を睨みながら切れ切れの声で答えると、取調官はその顔を拳で殴る。

「だから諦めが悪いって言ってんの。いつまでそんな嘘言ってんの?」

「嘘じゃない」

 被告人が言い終わらないうちに、取調官は再び頭を掴み上げる。

「いつまでそんなこと言ってるつもり?」

 楽しそうに笑いながら取調官は言う。被告人はうつろな目でそれでも取調官を睨みつける。

「ま、僕はどっちでもいいけど」

 そう言うと取調官は持ち上げていた被告人の頭を離した。被告人は床に頭を打って苦痛の表情を浮かべる。取調官はまるで道化師のように不可解な笑みを浮かべ続けている。そして被告人の隣にどかっと座り、男の顔を覗き込む。

「力尽きる前にいい事教えてあげる」

 被告人は切れ切れに息をしながら取調官を見据える。もはやその目に映っているのか疑問だが。

「お前の代わりは用意ができたそうだ。だから、お前はもう用無しだ」

 取調官は被告人の頭をもてあそぶように揺らす。被告人はついに目を閉じた。気力も底をついてしまった。

「もう終わりか……つまんねーの。でも……ゆっくりお休み」

 コンクリートの部屋の中で取調官の独り言だけがかすかに響く。取調官はその空虚な部屋を後にした。

 西暦2135年5月17日、亜伽原 風人被告は死亡した。享年23歳である。

 軍法会議にかけられたこの若い男は、軍部の研究員であった。その明晰な頭脳を買われ、小学校卒業と同時に入軍した彼は15歳で軍の特別研究所に配属となり、そこで8年間研究員を務めた。その特別研究所では、軍部でも一部の人間しか知らないある研究が行なわれていた。

 それは「人間の培養」である。

 人工的に作られた、人間の元となる細胞を「母胎」を模した装置の中で生長させる。一般的に分娩される体重まで育ったものは装置から出され、研究員によって養育される。その後は、さまざまな実験や研究の実験体として利用される。それらの培養された人間は、医療分野や科学技術の向上などに今や大きく寄与している。それらの人間たちは「サンプル」と呼ばれ、生体としての誕生順にNo.が振られている。

 風人はこの研究室で、サンプルの養育を担った一人だった。12歳という異例の若さで入軍した彼は、軍の中でもトップシークレットであり、一部のエリートしか所属しないこの特別研究所にも若くして栄転を遂げた。そこには軍の彼に対する期待値の高さが現れていた。彼は小学生の間に高校卒業程度の知識を身につけ、さらに通常大学で行なわれるような研究を自ら行い、論文まで書き上げたという驚異の経歴を持つ。その才能に注目した軍部と、彼の両親の希望が合致し、史上最年少での入軍となった。

 しかし今、彼は自分の手で養育したサンプルを脱走させ、その罪によって斃れた。そしてこの脱走事件をきっかけに、時代は大きく変貌していくこととなる。―ここは、22世紀の日本。軍国化した極東の孤国である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ