10
「可愛らしい子を連れていらっしゃいますのね」
「あぁ、聖夜のことかい?この子は私の子だよ」
「あら、オズ様のお子様なんですか?」
「そうなんだよ、ついこの間、私の子になったんだ」
「まぁ、そうですの。よかったですね、坊や」
侍女はあまり深くは踏み込んで来ずに話を切り上げ、聖夜にも微笑みかけた。
華奈に仕える侍女の中でも、頼りになる侍女なのだろうと思われた。見た目の年齢は若いが、性格は真面目でまた朗らかでもあるのだろうと、オズと言葉を交わす様子から感じられた。
「華奈様、オズ様がお見えですが、お通ししてもよろしいでしょうか?」
部屋の前に着き、侍女は部屋の中にいるであろう華奈に向かって声を掛けた。
すると、中からはすぐに返答があった。部屋の主から許しを得たので、侍女は二人を連れて部屋の中に入ると頭を下げた。
奥に高人の籠を揺らしながら座っている華奈の姿を見つけて、オズが声を掛けた。
「華奈様、聖夜を連れてまいりましたよ」
「えぇ。聖夜の様子を見せてもらおうと思ったの。聖夜、お勉強の方はどうかしら?オズは教えるのが上手でしょう?私もいつもオズにいろいろなことを教えてもらうのよ」
華奈自身のことは詳しく聞いていないが、庶民の出身だというから作法などの決まりを覚える必要があったのだろうと聖夜は思った。
「はい。慣れないことばかりですけど、でも頑張ります!」
「そうね。でもお勉強も大事だけれど、時々はここにきて高人の相手をしてあげてちょうだいね」
「はい!もちろんですっ」
華奈の言葉に聖夜が勢い良く頷けば、籠の中でウトウトしているようだった高人が起きて、揺れるのが楽しいのかきゃっきゃと子供らしい笑い声をあげた。
「あらまぁ、お昼寝はもういいのかしら?……聖夜、少しオズと話をしたいから、高人のことを見ていてくれないかしら。ほら、ちょっとこっちに来てみて」
まだ聖夜には理解できないか、または聞かせてはいけない話題なのかは分からないが、聖夜はもちろん大人しく従った。
手招く華奈に近づいて籠の中を覗き込むと、そこには寝転がる高人がいて、高人も聖夜の姿を見止めた。
するときょとんとしばらく聖夜を見つめた後、高人が小さな手を伸ばしてくるので、聖夜は何事かと思って膝を折り体を低くした。
何に向かって手を伸ばしているのか分からないので、とりあえず聖夜も指を差し出したりしてみたのだが、高人はそれらは掴もうとはせずさらに上へと伸ばそうとしているようで、だから聖夜は思い切って頭ごと下に下げて近づけた。
と、高人の手が目当ての物に届いたのか、きゅっと握られて、少し頭を上げようとした聖夜の頭に軽い痛みが走った。
「っ?」
何が起きているのかとっさに理解できずに停止した聖夜は、くすくすと笑う華奈の声を聞いてハッとした。
「あら、高人ったら、聖夜の神を掴んでいるわ。あ、引っぱったら駄目よ」
華奈が苦笑しながら、高人の手に触れて聖夜の髪を放すように促す。
動かずにいながら、聖夜は懐かしい思いに駆られていた。
高人の手から髪が解放されて聖夜が頭をゆっくり持ち上げると、華奈はその頭を優しく撫でた。
そしてよろしくね、と言い残すと侍女を呼び、オズを連れて別の部屋へ行ってしまった。
高人と共に残された聖夜は、一瞬ポカンとしてしまったけれど、籠の中の高人が声を上げたので、はっと高人に目を向けた。
何もないとは思うが、もし何かあればすぐに侍女たちが来てくれるだろう。
高人を見ているように言われたので、ぱっちりと目を開けて聖夜をじっと見つめてくる高人の方にそろそろと手を差し出すと、高人は握り返してきた。
思わず顔がほころんで、聖夜も笑い声をあげた。なんだか久しぶりに穏やかな気持ちで声を出して笑えた。
「高人……早く大きくなれよ。また一緒に遊べるようになるのが楽しみだな」
まだ言葉は通じないけれど、高人が聖夜の髪に興味を示してくれたことが嬉しかった。
この子が、ラインの魂を受け継いでいるという実感が得られる気がして、自分と同じように記憶も受け継いでいるだろうと、聖夜は何の疑いも抱いていなかった。
まだまだ走り回れる年齢ではないから、籠を揺らしてやりながら、穏やかな気持ちで赤子を見守る。
無邪気に笑う高人を見ながら、聖夜はしっかり勉強しようと思うのだった。