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道程


彼の仕立てた服に身を包んで朝霧に包まれた街路を歩く。

定期馬車の駅で見送りを装ったお姉さんに切符を受け取り馬車に乗る。ユラは街はずれの駅から乗り込むようになっている。


馬車には老人や子供、夫婦などが何人か座っている。このまま蝶の国を北へ走り、傭兵の国グラナダを経由して西の聖王国へ逃亡する計画だ。

しばらくしてユラも馬車に乗り込んだ。


1時間も揺られると周りの風景は森林と遠くに山脈が見える山間の景色になった。蝶の国が霞んでいく。




さようなら。



さようなら、レイニー。



貴方の瞳も、髪も、細い指も、熱い体も。私は忘れない。

貴方が私を忘れてしまったとしても。





窓の外を眺めているとユラが手を握り締めた。彼女の緊張をほぐそうとレーチェはふんわりと微笑みかける。


蝶々さまが、国が、娼婦のみんなが、そしてレイニーが繋げてくれた自由になる為の道。無駄にはできない。決意をこめた深緑の瞳が行く先を真っ直ぐに見つめる。




きっと、亡命しなければ。






森が深くなってきた。道の周りに生い茂る木々が馬車を覆うように迫ってくる。馬車に揺られて随分と時間が経った。グラナダとの国境は近い。


レーチェに体を預けてユラは眠っている。緊張の糸がさすがに途切れたらしい。肩に乗る心地よい重みを感じながら馬車の小窓から外を眺める。



林の間に何かが通ったように見えた。

鳥か獣かとも思ったが、何故か背中に電気のような緊張が走った。もしかしたら…。


「…ユラ、起きて。」


さすがにこの状況で深く眠れてはいなかったらしく、軽く肩をゆするとユラはびくりと体を震わせて起きた。


「どうかしたの…?」

周りに気を使って小声で話しかける。目配せで外を見るように促す。


気のせいだと良いのだが時折森の中に煌く物が見える。




二人が目を合わせた瞬間、馬車が大きな音を立てて揺れた。



揺れた馬車はゆっくりとした動きで傾いで、辺りに砂埃をたてて横倒しになった。

とっさにユラの頭を抱え、体を小さくする。

馬車の中が叫び声でいっぱいになる。止まっている場合ではない。と思った。

本来ならば周りの人間を気遣わなければならないのだろうが。


「ユラ!」

胸に抱えられたままきつく目を閉じたユラを叱咤する。すぐに横倒しになった馬車の今となっては天井になってしまったドアを開けて這い出す。


先頭を走っていた馬車が馬に乗った山賊に襲われていた。襲っている者達は山賊にしては身なりが良く、統率がなっているようだった。おそらく反国王軍なのだろう。

幸いにもこの馬車には目もくれていないようだった。

6台編成の馬車のうち、少ないが何名か国王軍の兵がカモフラージュで同乗している。こちら側に残った山賊はその兵隊たちと戦闘になっていた。



「今のうちに。」

馬を使おうかとも思ったが不幸なことに馬車に繋がれていた馬は足が折れていた。おそらく転倒したはずみで折れてしまったのだろう。


辺りには反国王軍であろう銀と赤の二色の鎧を付けた兵たちと、明らかに山賊だという男たちがそれぞれ馬車を襲い、高価な身なりをした人間を優先的に襲っているようだった。


女子供の叫び声が何もない静かな森にこだましていく。


血と泥の臭いが砂埃と一緒にわだかまっては吹き抜けていく。


馬車の陰から走り出し、森の中へ。何人か追っ手が来たようだが林の中を必死で駆け抜ける。

二人とも地味な服をしていたからか追っ手はそこまで多くない。ありがたいことに緑を基調にした服は暗い林の中に溶け込むような気さえした。


そんなことまで考えていてくれたのだろうか、あの人は。

こんな時でさえあの人の顔が脳裏に浮かぶ。


枝に引っかかってユラの帽子が取れる。帽子の行方を追ってユラが後ろを振り向くと追っていた山賊から声が上がる。


「賞金の女かもしれねぇ!」

「捕まえろ!」

追っては三人。1人が弓を構え足止めするつもりのようだった。

精度は低いが体の脇を鋭い矢が掠めていく。


体力も限界まで来ていた。ユラは涙を流しながら必死で逃げる。

ここで捕まれば蝶の国に舞い戻ることになる。その前に山賊たちに弄ばれるだろう。さもなくば殺されるか。


レーチェは自分の頭をきつく覆っていた帽子を脱ぎ捨てた。

暗い林の中に明かりが灯ったように広がる淡い栗色の髪の毛。追っ手は目を見開いた。



「あの髪の色!」

「こっちも賞金の女だ!」

「どうする!?」


追っ手が戸惑っている間にレーチェは叫ぶ


「ユラ!逃げなさい!」


ユラが足を止めて振り返ろうとした


「早く!」


強く、彼女を促してレーチェはユラと反対方向、自分が逃げてきた方向へ踵を返す。

どうやら自分の方が高い賞金を掛けられているのか、追っ手は二人レーチェを追って来た。



急な斜面を登る。足はもう思うように動かない。

追っ手の放った矢が太ももを傷つけた。たまらず転倒したが震える足を無理やり立たせ片足を引きずり走る。


喉はからからで、血の味がにじみ出てくる。追っ手はまだ体力が残っていそうだが何とか距離が縮まっていない。どうにかしなければ…。


ふらつく足が土に埋もれ、レーチェの体が斜面から消えていった。


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