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起源

少し長文になりました。


仕立屋は国王に連なる貴族の血筋の一つだった。

兄弟はすべて男兄弟で仕立屋はその十番目以降の末っ子だった。しかも妾か使用人の子供だったので大した称号も地位も与えられず、家族が細々と暮らしていけるだけの資金を与えられてこの蝶の街に捨てられた。


幼い頃から病弱だった仕立屋は母と共に縫い物をするのが好きで生来の器用さも手伝って母が病死してからも仕立屋を生業として暮らすことが出来ていた。


そして今目の前には三男であろう(顔も見たことが無い)兄からの手紙がある。

今更何の用だと言ってやりたいがあいつら貴族にはそんな言葉は通じない。いつだって自分のことしか考えてないのだ。


手紙の内容は大司教が病床に着き余命いくばくも無いということ。

そこで遠縁の、行方不明の少女を養女にしようという話があるという事。そしてその少女が見つからなければ、また遠縁の仕立屋が養子になってはどうだろうか。という内容だった。


「相変わらず、せこいね。」


寝室で仕立屋は新聞や資料を広げる。

新聞は最近よく見るゴシップ記事、大司教の跡取り探し。

大司教には姪がいて、その娘という少女を探しているという。金色の巻き毛か、淡い栗色の髪の毛。


「淡い、栗色…。」



まるで、ミルクティのような。



蝶々亭のキッチンの勝手口が派手な音で開く。


「もうちょっと静かに出来ないのかい。坊や。」


清潔で明るい部屋にまったく似合わない蝶々さんが白いソファに紫のドレスで座っていた。


「このキッチンにはここしか扉がないんだね。」

「そうさ。あの子はずっと…もしかすると一生このキッチンから出ないつもりだったんだよ。」



―出ることも許されないのに…―


うわごとのような女中の言葉が脳裏に浮かぶ。あの子の存在する場所はこの狭いキッチンだけだった。


「レーチェは、誰の子なの…?」

「名前を教えてもらったのかい?あの子に。」

あんたに預けて正解だったのかもね、良いか悪いかは別として。呟きながら蝶々さんは棚に置いてあったスコッチをグラスに注いだ。



「話長くなるよ。…座りな。仕立屋の坊や。」




今は大司教であるラプティス枢機卿がまだ妙齢の貴族だった頃。


蝶の国も一番の盛栄期でいたるところに娼館が建ち、繁栄と同時に裏の社会はどす黒さを濃くしていっていた。


貴族や中流階級以上の者たちは連日のように夜の街に繰り出しては快楽に溺れ、阿片を吸い、堕ちていく。そんな光景は当たり前のようになっていた。

丁度仕立屋の親も同じで、何人もの妾と、行きずりの娼婦に子供を作らせてはいざこざを起こしていた。


そのラプティス枢機卿だが、修道士としてなのかそれとも元からの性癖なのか、女を受け付けず、もっぱら男娼を何人も買っているような人間だった。


とりわけ枢機卿が愛して止まない男娼が一人いた。

金色のまっすぐな髪にモスグリーンの深い瞳。いつもどこか遠くを見ているような憂いた顔。


少年の名前はイクソスといった。

ラプティス枢機卿の男娼たちは枢機卿の屋敷から出ることは許されなかった。だがそれ以外の生活は貴族と同じように与えられた。

しかしイクソスだけは屋敷の中の行動も制限されていた。寝室と、聖堂だけ。彼はラプティスの為だけの籠の鳥だった。


ある時、西の領土からラプティスの姪がやってくるという知らせがきた。


その時まだ蝶の国王には男児は産まれておらず、ラプティスはあわよくばこの姪を国王の側室に迎え入れていただいて家の勢力を広げてやろうと思っていた。


ラプティスの姪、ネージュはその時18歳。貴族の少女としては遅いデビューだが、すみれ色の瞳。

そして多くの人が目を引く淡い栗色の緩やかな巻き毛。

まるで霧が作った彫刻のような美しい少女だった。


そして二人の美しい少年と少女は聖堂で出会い、惹かれあった。

お互いに許されぬ事だと知りながらたった一晩を共に過ごした。

そこで小さな命がネージュに宿り、それを知ったラプティスはイクソスを遠い別荘にやったというが、きっと道中で彼は殺されたのだろう。

ネージュは遠縁の貴族の元へ嫁ぐ事になった。子供は殺されるところだったが、密かに殺されずに蝶の街へ売られていった。その後遠方へ嫁いだネージュも病死したと聞く。

殺されたか、もしかしたら気がふれてしまったのかもしれない。



「レーチェは、自分の髪の色が他の皆に色々言われるのが嫌でね。」

「噂を通じて大司教に連れ戻されるかもしれないから?」


「…自分が美しいと知りたくないんだよ。」

そういうと蝶々さんは瓶に残ったスコッチをラッパ飲みで飲み干した。




キッチンから出ると裏庭にユラがいた。


「仕立屋さん…。」

「貴女が彼女と行きたい理由が分かりましたよ。」


この国にいる限り女中は女中であるしかない。


「数日中にドレスを仕立てましょう。…準備が整い次第出かけるといい。」

仕立屋の進言にユラは首を横に振った。

「出来るなら、今夜中に。―時間がないんです。」


蝶の国でもうすぐ反乱が起きる。毎夜のように軍師の相手を務めてきたユラが言うのだから時間は本当にないのだろう。


栄期を越え蝶の国は衰退を速めるばかりだった。

現国王であるティターニオ6世は政治にまったく興味を示さない国王で、その実権は周りの家臣や大司教たちをはじめとする貴族たちが掌握していた。


しかし国王は隣国である聖王国から后を迎え入れた。

聡明な后の働きかけもあり国王は次第に国民を考えた政を進めていくが、それまで国家財産という甘い蜜を吸い続けていた貴族たちは政に積極的な国王が邪魔になり、暗殺の計画を密かに推し進めていく。


そして国王を慕う数少ない家臣たちは逆手をとって貴族たち反国王軍を強襲、国王の亡命を計画した。

何組かのダミーの亡命隊と、国王たち、そして良心ある貴族たち。ユラのような謀反の真実を知るものをこの蝶の国から逃がさなくてはいけない。



決行は明朝。


仕立屋は家路を急ぐ。


日はもう傾きかけている。曇り空は朝から変わりなく街を歩く人はもう少ない。

角を曲がると陸橋が架かっている。それをくぐるとアパートが見えるが、その橋の下に人影がいた。

暗い橋の下、黒のフードを目深に被った猫背の男。


「仕立屋様。お手紙、読んでいただけましたでしょうか?」

低い声で呟く男。


「あー、読んだよ。でも残念だけど俺は養子に行くつもりはないからね。」


「行方不明の少女のことはご存知ありませんか?」


「うーん、俺の情報網にも引っかからないねぇ。悪いね。」

話を早く切り上げて家に帰りたかった。柄にもなく焦っていた。



「貴方様のアパートにいる女性は違うのですか?」


「…誰のこと?」

「とぼけても無駄です。仕立屋様。先ほど―」


話をはぐらかす前に拳が出ていた。

男のみぞおちに見事に入り、男は白目をむいて気絶した。


悪いとは思うがネクタイで両手両足をえびぞり状態で縛り、口には採寸用の巻尺と手袋で猿轡をして橋もとの影の方に置いた。しばらく(3日くらい)見つからないだろう。


栄養失調で倒れるわりには強いようです(笑)

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