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それから2日間仕立屋は家に帰らなかった。

久しぶりの受注に(文字通り)精を出して遠方の娼館まで足を伸ばしたと帰ってきた時に聞いた。


溜まった受注がやっと落ち着いたのにまた大量に受注することはないのに…。もっと少量を数回に分けて受ければ負担がかからないのが分からないのか。と少しイライラしながら女中は受け取ったメモをきちんとオーダーとして書類に起こす。


女中はこういった仕事が嫌いではなかった。事務作業や針仕事、毎日こつこつと積み重ねる仕事は曖昧な自分を一つずつ形作ってくれているようで安心する。そこにいてもいないものだと思われていた女中のたった一つの存在する意味のようで。




外で扉の開く音がした。玄関には帽子とコートを着た仕立屋がいた。



「…また、おでかけですか…?」

女中が小さく声を掛けると出かけることを気付かれたくなかったのだろうか、肩をびくっと震わせて伺うようにこちらを振り向いた。


「…あぁ、蝶々さんのところに届け物とか、もう少し受注をしとこうかと…。」


よほど女中に怒られるかと思ったのか返答にいつもの覇気が無いように感じた女中は呆れたような諦めたような顔をして言った。


「…お帰りは、いつになりそうですか…?」


ただ、いつ帰ってくるか分かっていないと食事の準備とか仕事の支度とかちゃんとしてあげられないから。声を掛けたのはそれだけの理由。


仕立屋は少し驚いたように女中を見つめ、困ったように微笑んだ。ほんの少しだけ頭巾からはみ出した髪の毛をそっとつまんで、冷たい指先で女中の頬をちょんとつついた。


「…すぐ、戻るよ。」


まるで帰りを待つ恋人にするような仕草に女中はその場で固まった。仕立屋はすぐに玄関を出て行き、赤くなった頬を見られずに済んで女中は安心して大きくため息をついた。





―お帰りは、いつになりそうですか―



寂しそうな顔をしてそんな事を言われるとなんだか間違った事をしてしまいそうになって急いで家を出てきてしまった。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだった。傘を取りに戻った方がいいかもしれないが、今の今ではガマンが効かない気がする。


「まいったね、どうも。」


自嘲気味に独りつぶやく。いつの間にこんなに恋する少年みたいになってしまったのか。

体だけじゃなくて、心も、全て―なんて、高慢で独りよがりな欲がむくむくと膨らむ。厄介ごとが嫌いで体だけの関係を続けてきたプレイボーイの仕立屋ともあろうものが。


ぽつぽつと降り出してきた雨から逃れる為に近場にあった娼館に逃げ込む。


「あら、探偵気取りの仕立屋さん。雨宿り?」


逃げ込んだのは相談に乗ってくれた「お姉さん」のいる娼館だった。さすがにまだ昼に差し掛かった位でお客といってもラウンジやクラブ代わりに出入りするものばかりだ。


「ああ、ちょっと止むまで一服させて。」


昼の時間帯だとこの辺りでは定食屋としても営業しているらしく陽気そうな親父さんたちもちらほら見かけられる。店の女の子はウェイトレスとして料理を運んでいる。



少し賑わい始めた食堂の片隅に黒いフードを被った男がいた。何故かそこだけ空気が冷えて湿っているように重く静かに座っていた。注文を取りに行った女の子に何か声を掛けては小さく縮こまって水を飲んでいる。


「…?」


男はその後何人かの女の子に話しかけてはちびちびと水を飲み、カウンターに座った仕立屋とお姉さんを見つけると、二人の元に近づいてきた。


「君達は、この国の出身か?」


あまりに小さな声で聞きづらかったがおそらくそんな事を言った。


「…えぇ、まぁ。」

「あたしは、分かんないわね。多分そうだと思うけど?」


男は仕立屋とお姉さんにワインを注文して


「人を、探しています。」

と胡散臭いことを言い始めた。


「丁度、貴女のような金色の、巻き毛か…薄い栗色の髪の毛をされた…。」

注文されたワインには口をつけずに話を聞く。


「で、何で俺たちにそんな話するわけ?自分で言うのもなんだけど、俺たちってそんなに信用されるような人間じゃないと思うんだけど?」

「貴方はこの界隈では有名な『仕立屋』様でしょう?女性のことなら貴方に聞くのが得策かと思いまして…。」


小さく呟きながら男が封筒を差し出した。上質な羊皮紙と赤い封ろう。


「…どういう意味?」

「貴方様は爵位の持てない末っ子ですが他のどの兄上様よりも賢いとお聞きしております。…真意はすでにお察しかと。」


仕立屋はいつに無く怒りを瞳にこめて男を睨んだ。男は「ひっ!」と竦んでそそくさと店を後にした。おそらく人探しよりもこの封筒を仕立屋に渡すのが仕事だったのだろう。


「…ちょっと。」

お姉さんが遠慮気味に話しかけた。仕立屋は安心させるようにいつもより3割り増しの笑顔を浮かべて振り向く。


「あ、心配しないで。家庭の事情っつーか、見栄っ張りな男兄弟の性っつーか。」

封ろうには家柄を表す紋章が刻まれていた。

「ラプティス…大司教の刻印…?」

「厄介に巻き込まれそうだからお姉さんは見ない方が良いよ。」


何番目かは分からないが自分の兄と名乗るものが自分に仕向けた刺客。厄介ごとでないはずがない。仕立屋はお姉さんに奥の部屋を借りて手紙の封ろうを割った。


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