女中
読み易いように改行しました。(内容に変更はありません)
仕立屋の家はアパートの一画で、部屋の中は足の踏み場もないほど布と酒の瓶と他の何か分からないもので埋め尽くされていた。
女中の手荷物は小さなかばん一つだった。それにもたいした荷物は入っていないのだろう、薄っぺらいままだった。とりあえず客間のソファの上にあるものを床に落として女中を座らせる。
女中は部屋の状況に驚いたりした様子も無く真面目な口を開いた。
「なぜ、私を奉公に呼んだのでしょうか。」
向かいの椅子に座った仕立屋は両手を大げさに開いて周りを見渡す。
「見たら分かるでしょ?この有様。毎日ドレスを作るのに忙しくて片付けも食事も出来ない状態なの。」
「一度ドレスの受注をおやめになったら良いのではないでしょうか。」
「なるほど。いい提案だ。だけど俺ってかなり売れっ子なのね。受注をやめちゃったらこの街中の女の子が素っ裸で仕事することになるよ。そんなの楽しく無いじゃん。ドレスは脱がす為にあって、脱がす為には着ててもらわないと困るんだよ。」
「そういうものですか。」
「それに君を引き取る為に蝶々亭にドレスを全員分、発注受けちゃったんだよねぇ。も、これから一ヶ月は寝ずの仕事かなぁ。」
「お体に毒かと。」
「だから、君だよ。」
思わず仕事の話を熱くしてしまったので椅子から立ち上がっていた仕立屋はびしっと女中を指さした。
「俺は仕事に集中したい。でも食事をしないと昨日みたいにぶっ倒れちゃうし、この汚さなんで安眠も出来ないし。でも俺ん家には使用人とかいないんだよね。そこで君には俺の家の片付けと、毎日の食事を作って欲しいんだよ。」
「求人を出してはいかがでしょう。」
「そしたら町中の女の子が殺到しちゃうでしょう。そこから選ぶのなんてめんどくさいし、俺体持たないよ。」
ちょいちょい軽口を挟むが女中は意にも介さない。冗談は無視するようだ。
「君なら仕事に集中してくれそうだし、それに」
「それに?」
「君の作った食事はとても美味しかったからね。」
女中は1分ほど迷ったが「仕方ありません。」と真面目な顔をして仕立屋の提案を引き受けてくれた。
女中の働きは見事だった。
腐海の奥底だったキッチンは半日で元の機能を回復し、その日の昼食からは近所の定食屋の何倍も美味いものが食べれるようになった。
仕立屋が性懲りも無くドレスの採寸のために家を空けて帰宅した時には家の廊下が確認できた。
そうか家の廊下はこんな色だったんだなぁ。とか感心してしまった仕立屋をよそに女中は仕立屋の作業効率を上げるために布は同系色に並べて棚にしまい、切れ端を使って布の見本を作り、糸や鋏は箱にまとめた。
「普段どうやって服を作っていたのですか。」
「そうだなぁ、まずは布を見つけてー、鋏探してー、糸探してー、」
「…そこまでで結構です。」
仕立てに必要なトルソーはなぜか風呂場にあった。この人は忙しいから片付けないのか、ただ片付けられないのか、それとも毎日酔っ払ったような事をしているからなのか。毎日を規則正しく生活している女中には理解の難しい人種だった。
「や、でも、これで一日一着作れるかもねぇ。俺探し物超苦手だったからさぁ。」
「仕立屋様は」
「ん?なに?」
「おっしゃる事はちゃらんぽらんな事が多いですが、仕立ての腕だけは本当によろしいのですね。」
「たまに多く喋ったと思ったら酷い事言うね。」
仕立屋がそう言って笑った顔はいつものとろける笑顔ではなく、意外に子供っぽい素直な笑顔だった。