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誓い


木こりの老人に助けられた時、とっさに老人の小刀で顔に傷を付けた。


これでまた見つかっても私に興味を持たれる事はない。老人が慌てて治療してくれたので傷は細い線のようになっただけだったが。


彼は驚いて何も言えないでいた。衝撃と戸惑いが瞳の中で泳ぐ。


レーチェは彼の腕から逃れ窓辺まで逃げる。


「美しくなくなった私は、貴方に見放されてしまう。…それが怖かった。」


あんなに美しいと言われるこの容姿が嫌いだったのに。

レイニーは手を差し伸べて一歩近づく。


「君は綺麗だよ。…あの時と何も変わってない。」


嘘。彼女は首を振った。


「君がいなくなって、正直荒れたよ。周りが呆れるくらいに。」

困ったように笑って見せて、彼女の手を包む。



「傍に居てくれないか。レーチェ。」

そして足元にひざまづいた。驚いて下がろうとする彼女の手を捕らえて離さない。


「君がいないと…上手く生きられないんだ。食事も、仕事も、それまでどうやって生きてきたかなんて思い出せなくて、酷く息が苦しくなった。」


掴んだ手を額に押し当てまるで祈るように


「このまま、息をしなければいい…とも思った。そうして目を閉じると君の姿が浮かんでくるんだ。毎晩、それの繰り返し。」


どれだけ腕を伸ばしても目の前の彼女は霞のように消え、また浮かぶ。

眠ろうとすれば彼女の幻想を見、それを忘れたくて酒に逃げる。



「レイ、ニー…。」

名を呼ぶ戸惑った声が聞こえる。


「お願いだ…。」


そばにいて


なまえをよんで


…笑って。



気がつくと髪の流れに沿ってさらさらと動く感触。頭の後ろには温もり。

しばらく目を閉じたままそれを味わい、そっと目を開けると目の前に彼女がいた。


ふと ユラが彼女の膝に甘えていたあの光景を思い出した。まるで宗教画の聖母ようなあの姿。

目を覚ましたのに気付いて頭を撫でていた手が止まる。


レイニーはもう一度目を閉じて深く息を吐くと、彼女はまた髪を撫で始めた。


「…眠れなかったの?…ずっと、」


こくんとうなずくと、不意に鼻の頭がつんとなった。息を吐いてそれをやり過ごすと衣擦れの音がして彼女の柔らかい唇がレイニーのそれにそっと触れた。






小さな教会。窓は小さな格子窓で、細くなった日の光を真っ直ぐに十字架へと導いていた。

誰もいない礼拝堂でそれを見上げていたレーチェはそっと呟いた


「いままで、教会へ行ったことはないけれど、」


「うん?」

村から少し離れた教会で、二人は誓いを立てることにした。


「いま、神に感謝したい。」

日を受ける十字架を見る横顔を美しいと思いながらレイニーは無言で先を促す。


彼女にまた会いに行くと決めた時に一心不乱に作り上げたドレス。彼女の髪に似た薄い紅茶色の細かいドレープの入ったスカートが花の蕾のように足元を覆う。胸元にビーズの飾りのついた胴衣は濃い暗緑色。スカートに向かって色がグラデーションになっている。

デコルテと肩は素肌を見せ、彼女の華奢な美しさを際立たせている。

顔を覆ったケープはスカートと同じ布。淡い金色の刺繍で繊細な薔薇の模様が施されている。



「貴方に、出会えたことを…」

女神が、微笑んだ。

神を信じているわけではないが、レイニーはそう思った。


ケープを取り、顎を持ち上げるとレーチェは恥ずかしそうに目を伏せる。

まず彼女の頬にある傷にそっと唇を押し当てて囁く。


「俺も、感謝するよ…」



この、美しく卑しい世界に生まれてきたことを

華やかで汚れたこの国に生まれてきたことを

君が、悲しくてもこの世界に生きていてくれたことを

笑って、くれることを



「あいしてるよ」

囁きと共に落とされた優しい口付けにレーチェは溶けそうになった。



寂れた教会の外では木こりの老夫婦や村の子供たちが二人を祝おうと待っていた。



世界は汚い

それでも世界はこんなにも美しい。


本編はこれで終わりです。拙い文章でしたが読んでいただきありがとうございました!!

もう1話後日談がありますので興味のある方はお付き合いくださいませ。

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