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目覚め


昨晩起きたことは夢だと思っていた。


だが、夢ではなかった。


翌朝目覚めたレイニーはベッドに残る彼女の香りと、鎖骨辺りに一つだけ付いた口付けの痕

彼女を愛し、彼女に愛された証を見つけてしまった。


それ以外には彼女の居た痕跡は何一つ残されていなかった。

すべてが彼女に出会う前に戻ってしまったように。



それから彼は毎日目覚めてから眠るまで狂ったように仕事をした。

溜め込んだ受注をいつも以上に集中して作った。

食事を取らず、腹が減ったら酒か紅茶を飲んで空腹を満たしていた。


あんなに綺麗だった部屋はどんどん荒れていく一方で、それと同時に彼の心もどんどん荒れていった。




「…ちょっと、あんた。」

開口一番、呆れたようなお姉さんの言葉が仕立屋を撃つ。


「やぁ。受注に来たよ。」


なじみの娼館に受注に来たという仕立屋の恰好は以前の彼からは想像も付かないほど荒れていた。

お姉さんは黙って仕立屋を自分の部屋へ案内した。ベッドに彼を座らせてからバリバリと頭を掻く。


「あんたみたいな人は荒れ始めると酷いっていうけど、…ここまでとはね…!」


目の下には隈、頬はこけてところどころに無精髭が生えている。

服装も何日間も着替えていないらしくよれよれでネクタイもだらしなくほどけていた。


「あんたのファンが見たら自殺しかねないわよ。仕立屋さん。」


ベッドの上で彼の抗議の言葉を聞き流しながらお姉さんは仕立屋の服を脱がす。熱いお絞りで顔を拭き、かみそりで無精髭を剃る。


「関係ないさ。…ただ、ドレスの注文が減るのは困るなぁ。」

裸の仕立屋に馬乗りになって髭を剃ってやっているお姉さんは自暴自棄ぎみの仕立屋に優しく諭してやる。

「そんなになっちゃうなら、なんであの子を捕まえとかなかったのよ。」


「…。」


「その様子だと、受注に行っても女の子触ってないんでしょ?彼女に操を立ててるのかもしれないけど、あんたそうやって一生女抱かないつもり?」


仕立屋は冗談交じりの切り返しも出来ず、ただ俯いた。


「…もう、彼女以外は…」


「呆れた純情少年ね。」

以前の仕立屋なら快楽に身を任せるであろうこの状況でも、彼はお姉さんに手を出さなかった。


「彼女が幸せなら、それで良いとか思ってるんでしょ?」

鎖骨辺りを撫でてやると彼は警戒して身を竦ませた。

彼女の残した痕を後生大事に守っている。いつかは消えてしまうものなのに。


「なんで一緒に逃げてやらなかったの。」



「…え…。」


きょとんとしてお姉さんを見つめる仕立屋。こうしているとまるで小さな子供のような顔をしている。


「あの子がこの国にいられない理由は昨日の話でなんとなく分かったけど、

あんたが、この国にいる理由だってないでしょう?」



お姉さんの言葉が仕立屋の頭に響く。

あんなに悶々と考えていた頭がすっきりと冴え渡るような感じがした。



「そうか…。」

「そうよ。」


お姉さんはまるで犬を褒めるように仕立屋の頭をぐりぐりと撫で、

「あんたのような仕立屋がいなくなったって、あたしたちは自分の魅力で食っていけるわよ。」

そう言って強気でちょっと生意気にウィンクをしてみせた。


仕立屋はありがとうと言う言葉の変わりにお姉さんの頬に音高くキスをした。


お姉さんの部屋を出ると食堂の方からマージがぱたぱたと小走りで走ってきた。手には新聞を持っている。


「どうしたのよ?マージ。」


「あ、ねぇさん。それが、北の方で定期馬車が山賊に襲われたんですって。…あたし、字が読めないから、仕立屋さんに呼んでもらおうかと…。」

マージが言い終わる前に新聞をひったくっていた。


『ここ何ヶ月か姿を潜めていた北方の山賊がグラナダ国境に出現!

グラナダ行きの定期馬車隊(6台編成)を襲った模様。

最近噂になっている国王逃亡を阻止する輩が裏で糸を引いているとも…!?』


事件の日付は推定だが、おそらく彼女たちが出発した便。



脳裏にレーチェの姿が浮かんで赤い色と共に消えた。


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