鞠つき子
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふーむ、車のブレーキホールド機能ね。
ほら、車ってブレーキを踏まずにいると、ちょっとずつだけどもどんどん先へ進んじゃうじゃない? しっかり止まっていようと思うと、ブレーキペダルは踏みっぱなしになる。
道をスイスイ進んで、ときどき赤信号で止められる程度だったらそこまで気にならない。けれども本格的に渋滞に巻き込まれたりして、いつ進めるタイミングか読めないまま、ときおり列が動くたびにちょっと前進する……これは疲れるだろうな。
その断続的ではあるが、長期戦になりがちなブレーキ踏みを機械にやってもらおう、という試みが、そのブレーキホールドなのだとか。
ヒューマンだけだとエラーがあるから、機械にフォローしてもらう。あり得る考えだな。
プログラムをしておけば機械はその通りに動き続けてくれるから、速さや正確さという点で人が勝つのは難しいだろう。
かといって、機械におんぶにだっこな状態になっては、いざ機械が故障し、誤った判断をしてしまったことに気づけず自滅してしまうこともある。
あくまで、持ちつ持たれつ。ダブルチェックやフェイルセーフを意識することで、より効果的な運用ができるはずだ。
自分の機能や感覚が鈍っていないかどうか……それは、我々人間も試されることがあるかもしれない。
以前に僕が聞いた話なのだけど、耳に入れてみないかい?
今から数十年前。父母の地元では、「鞠つき子」の存在がまことしやかにささやかれたらしい。
鞠つき子というのは、その名の通りに鞠をついて歩く子のことなのだけど、そいつはこの世ならざるものである、という認識が根強く残っているらしい。これに接してしまうと、よくないことが起こるという、もっぱらのうわさだ。
特徴として、この存在は人間以外では察知することができない、というものがある。犬をはじめとした、よそものへの番となる動物たちは奇妙なくらい、その存在に気付くことができないのだとか。
時代が流れるにつれ、鞠つき子の名は形骸化したものとなり、ボールをつく子全体を指すようになっていく。そのため、帰り際にボールをドリブルして帰る子というのは、距離を取られがちだったのだとか。
母親は、ひとりで帰るのが性分にあっていたとのことで、しょっちゅうボールをつきながら帰っていたらしい。
女子バスケットボールのチームに入っていたから、ボールを持参していてもおかしくない立ち位置だったのも追い風だった。
母親は帰る段になると、ドリブル練習と銘打って、みんなが怪訝そうな顔をするのも構わずにボールをつきつつ、帰宅することを何度もしていたらしいんだ。
帰る途中で、犬小屋をそなえている家の前は幾度か通る。
当初は母親が通るたびに、ワンワン吠えて威嚇されたものだけど、そのたびに家の中から飼い主らしき人が「うるさい!」と怒鳴り、犬がしょげて黙り込む。
本来、警戒するべき役目なのにとがめられ、いよいよ性分とは異なる自分の姿を押し付けられていく。これが飼われるということか……などと、母親は中学二年生ならではの、背伸び理論を頭の中で展開しつつ、ドリブルを続けていた。
それでも中には、犬のほこりを頑なに守り続けている個体もいるもので。自宅までもう100メートルあたりのところにいるブルドックは、その点で忠犬といえた。
母に限らず、家の前を通りかかる人は見逃さない。吠えるかどうかは運次第だけど、身体を起こしてにらむことは欠かさなかったとか。
自宅が近いこともあり、母にはそこを迂回する選択肢はない。その日も吠えられることを覚悟しつつ、すぐ手前の角を曲がるところまで来たのだけど。
曲がって、すぐに気づいた。
例の家の前を、うつむきながら横切ろうとしている女の子がいる。自分と同じようにバスケットボールくらいの大きさのボールをドリブルしながら、こちらへゆっくりと迫ってくる。
――あ~、あの子吠えられそう。
なんとなく、思った。
このあたりで見かけない子だし、そのような相手にあのブルドックは容赦しない。聞いているこちらも飛び上がるほどの勢いで、吠えたけることだろう、と。
けれど、その子はすんなりと家の前を横切っていく。「ん?」と母親が、ちょっと道路にはみ出気味にのぞくと、あのブルドックは小屋の中で寝そべったまま、ピクリとも動かない。
あそこまで無反応とか、初めて見た。思わず、その子を見やったけれど、このときすでに母親の真横あたりまで来ていたそうなんだ。
と、いきなりその子にぶつかられた。
いや、ぶつかられたように思えただけかもしれない。その子は特に力も入れているように思えないのに、母親の身体は衝撃とともに、道路を挟んだ向こうの歩道まで何メートルも吹き飛ばされてしまったんだ。
手放したボールが、何度も弾みながら遅れて手元まで来るものの、母親はそれをすぐには感じ取れなかった。
彼女に触れられた右腕を中心とした右半身が、完全にマヒしてしまっていたからだ。
痛みはない。なのに、自分が出す指示をとたんに受け付けなくなった右半身に、母親は鳥肌が立つ心地になったらしい。
自分の利き手側だし、このままずっと動かなくなったらどうしよう……と。
さいわい、しばらくしてから感覚が戻ったものの、そのときにはすでにあの子はいなかったそうだ。
バスケットボールもこれまで通りにプレイができた……といいたいところだけど、まれに右半身が急にいうことをきかなくなってしまうことが、今でもあるらしい。
おそらく、あれが鞠つき子だったのではないかと母親は考えているようで、ちょっと注意力が散漫だったなあ、と振り返るのだそうだ。




