岬
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
自分の名前が嫌いです。
岬って、自分の名前が。
いかにも陰気で、薄暗くって。
尖ってて、ナルシストで。
私が旅先で出逢ったあなたは、
そんなことを言っていましたね。
でも私には、あなたの気持ちがこれっぽっちも分からなかった。
岬って名前もどちらかといえば、
陽気で明るくて……確かにナルシストっぽいかもしれないなと、今だから思います。
私がこの身を投げようとした時、
あなたが声を掛けてくれました。
自分のために生きるのが辛いなら、遠くの誰かを照らせば良いと、この灯台に連れてきてくれました。
今の私には、あの時のあなたの言葉の意味が、いたく響きます。
毎日暗い海を照らしていると、丁度良い責任感に救われます。
曖昧に誰かのためになるのが、気が楽で、
それでも確実に世界に活きている感じがして、嬉しいのです。
誰かの足元を照らすわけでも、誰かの影を消し去るわけでもない。
ただただ、曖昧に灯りを光らせ続ける。
その繰り返しが、私をここに留まらせているのです。
なんとなく、あなたが帰って来ないのは分かっていました。
この灯台を私に任せて、旅に出たあなた。
きっと、もっと明確に照らすべきものを、見つけたのではないでしょうか。
だからあなたは、帰って来ないのではないでしょうか。
もうすぐ夕暮れ時になるので、
私は灯台に向かいます。
今日も誰を照らすでもなく、
曖昧な灯りを光らせるために。
私もいつか、誰かを照らせるようになるのでしょうか。
この人だけを照らしたいと思える人が、現れるのでしょうか。
今となって思うのです。
それがあなただったのかも知れないと。
灯台の奥の岬に、誰かいます。
あの時の私のように虚ろな身体を揺らしています。
私は、とても久し振りに走りました。
明確な灯りを光らせました。
私は言うのです。
「自分のために生きるのが辛いなら、遠くの誰かを照らせば良い」と。
その人の虚ろな身体が、輪郭を光らせた気がします。
私は、この人に灯台を任せて旅に出ます。
私にも、明確な灯りを光らせることができると分かったから。
そして、分かったのであれば、この灯台には居られないと、理解できたから。
あなたもそうやって、旅に出たのですね。
あなたをここから追い出したのは、
私だったのですね。
私の身体が虚ろになるのを感じます。
早く照らすべきものを探さなければと、焦ります。
でも、あの時と違うのは、海の向こうであなたの灯りが光っているように感じるのです。
そして時折、私の身体の輪郭を、光らせてくれていると感じるのです。
私は旅に出ます。
いま一度、私自身の足元を照らして。
【固定】
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