六度目の着信
【固定】
始めまして、三軒長屋 与太郎です。
ゆっくりと物語の中の世界を、楽しんで頂けると幸いです。
不在着信が一つ。
メッセージが一つ。
あなたが何を言いたいのかなんて分かっている。
一方的に別れを告げた僕への不平不満も、あなたをめいいっぱい困らせてしまっている現状も。
ただ、どうしようもないのだ。
心の問題と言えば逃げになってしまうかも知れないけれど、今、僕の手足は微動だにしない。
呼吸も浅く、ベッドの上で、無様に震える事しか出来ない。
不在着信が二つ。
メッセージが二つ。
こうなることが分かっていたから、私はとっくに携帯電話の通知をマナーモードに切り替えている。
音もしないし、振動も生まれない。
でも、せめて電源を切らなかったのは、あなたのためなんです。
僕への怒りを、僕への悲しみを、ありとあらゆる感情を、せめて留守番電話に吐き出して欲しいから。
行き場を失った感情が、細い溝の中で絡まって、塞き止めてしまうのを防ぎたかったから。
不在着信が三つ。
メッセージが三つ。
僕は、一方的に光り続ける携帯電話を優しく抱きしめて、分厚い布団の中にくるまる。
胸が張り裂けそうで、ぎゅっと強く目を瞑る。
この機械に言葉を送り続ける、あなたの顔が脳裏に浮かぶ。
怒ってて、焦ってて、哀しげで、涙は……流していないか……。
もうお互い分かっているはずなんだから、終わりにしましょう。
それでも僕は、耳には届かぬあなたの声を、小さな端末ごと抱きしめる。
不在着信が四つ。
メッセージが四つ。
あなたと出逢った思い出の場所。
僕が大学に入ってすぐ、バイトを始めた焼肉店。
今まで働いたことなんてない未熟な僕は、店の入り口に貼られた手書きの『スタッフ募集』の文字に惹かれた。
今の時代にパソコンを使いこなせない人間を思い浮かべて、当時の自分の無力さと重ねた。
不器用で簡素なA4用紙に、僕が苦手とする“組織力”なんてものが、まったく垣間見えなかった。
規律を無視して自由に躍る文字たちの愛らしさに、僕の心が躍った。
今こうして、その時のことを思い出してしまうのも、僕がまだ、あの店も、あなたの背中も、好きであることの証明なのかも知れない。
不在着信が五つ。
メッセージが五つ。
いい加減にしてくれ。
これ以上僕を苦しめないでくれ。
さっきも言った。
もうお互いに分かっているはずなんだ。
僕たちの関係は、今日きっぱりと終わったんだ。
今までの思い出も、共にした楽しい時間も、たった一年の過ぎたる記憶でしかないのだ。
あなたが注いでくれた愛情を、僕がただ、踏みにじってしまっただけなんだ。
なのに、どうしてまだ、僕に構うんだい?
どうしてまだ、僕を許そうとしてくれるんだい?
その優しさが、尖った針の雨みたく、僕の心をチクチクと刺すんだ。
あなたが優しくしてくれればくれるほどに、僕は、自分のことが憎らしくて堪らなくなるんだ。
布団の暗闇の中を、不躾な光が照らす。
僕は、携帯電話の画面を見る。
無機質な長方形が、六度目の着信を知らせている。
すべて終わりにしましょう。
僕たちは、もう別れたのです。
もう修復なんて出来ないのです。
これからは、きっと二度と会うこともなく、それぞれの人生を生きるのです。
たった一年の短く儚い記憶として、少しずつ忘れていくのです。
若さゆえの過ちとして、癒えない傷を擦るのです。
僕は『応答』の文字をフリックする。
そっと耳に当てる。
向こう側で、あなたが何かを言っているけど、僕の耳には届きません。
僕はただ、短く、簡潔に、この一つの物語の終わりを告げるのです。
「店長、僕、バイト辞めます」
【固定】
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