独火 -Dokubi-
昼と夜。
ふたつを隔てる夕暮れ時。
君はもっとも美しく輝く。
しっとりとした肌は朱に染まり、瞳の奥で陽が揺れる。
河川敷、緑の土手。
ふたり並んで地面に座る。
不規則に飛ぶトンボを、無意識に目で追う。
会話の糸口を探すように。
君は僕を好きだと言った。
僕も君が好きだと言った。
けれど、僕たちは繋がれない。
お互いの身体を慰め合うだけの関係。
君の家にはもうすぐ火が灯る。
君の帰りを待つ笑顔がある。
君の全てを包み込む愛がある。
僕の家に火は灯らない。
僕の帰りを待つ冷えた空気しかない。
僕の家は、この身体以外を受け付けない。
君のほっぺをつねる。
体温と陽の光が混ざり合った温度を感じる。
痛い……と、小さく呟く。
僕を睨み、満足気に微笑む。
憎たらしかった。
遊ばれているのも分かっていた。
あらゆるものを手に入れても尚、僅かな寂しさすら許さない君。
最初から何も持たない僕。
これでは、つり合いが悪すぎる。
遠くを見つめる君の目線をなぞる。
対岸の集合住宅。
ひとつ、またひとつ。
窓の中に火が灯っていく。
「帰ろうか」
僕は立ち上がる。
まだ帰りたくないと駄々を捏ねる。
ズルい人だ。
そのか弱い背中を蹴ってしまいたい。
この土手から無様に転がり落としてしまいたい。
それでも君は、美しく笑うのだろうけど。
「子供たちが待ってるよ」
君は立ち上がる。
子供の話を出さないでと、頬を膨らます。
悪い人だ。
僕のことを苦しめている自覚なんてないのだろう?
僕の心臓が、今にも潰れてしまいそうなのを知らないから、そんなにも可愛らしい表情を作れるのだろう?
それでも僕は、君を愛すのだろうけど。
手を繋ぎ、土手沿の道を歩く。
次の橋でお別れ。
明日から週末。
君に会えるのは来週までお預け。
君の家には火が灯る。
君の帰りを待つ笑顔がある。
君の全てを包み込む愛がある。
君の家に火を灯したい。
君の全てを燃やしてしまいたい。
灰にして、瓶に詰めて、僕の家に持ち帰りたい。
タクシーに乗り込む君の手を離したくなかった。
せめてその美しい指先だけでも持ち帰りたい。
薬指に光る指輪ごと噛み千切りたい。
けれど、また来週と、呆気なく切り離される。
ドアが閉まる。
窓の向こうで手を振る君。
はにかみながら応える僕。
夕陽のようなテールランプが、大通りの向こうへ沈むまで見送る。
僕の家に火は灯らない。
僕の帰りを待つ冷えた空気しかない。
僕の家は、この身体以外を受け付けない。
火をつける勇気なんてないから、
僕は仕方なく、週が明けるのを待つ。




