ツクエさん。
【風聞】
世間のうわさに伝え聞くこと。
さまざまに取沙汰すること。
いいふらすこと。
平安時代に、もう既に使用されていた言葉…… 『風に聞く』か……綺麗な言葉で表現しているが……1000年以上経っても、噂好きという、人間のクソみたいな本質は変わらないのかと、眉を顰めたくなる。
自然現象が言葉を運ぶわけではない。
そこには媒介する存在……人間の口が必要だ。
だが、人のあれこれをヒソヒソと陰で笑い、妬み嫉みや恨み辛みが絡み合い、吐き出された口から伝わる噂は、歪んで捻じ曲がり、拡散する。
人間のドス黒い感情エネルギーはなかなかに強力だからな……良からぬモノの餌には十分過ぎる。
人ならざるモノは、ほら直ぐそこに……。
◇◇◇◇
キーンコーンカーンコーン!
六限が終わり、いつも通り美風と一緒に部室へ行こうとしたところ、廊下で突然呼び止められる。
「なぁなぁ。お二人さん!」
見たことない奴だけど……同じ学年か?
「俺、隣のクラスの山下って言うんだ。よろしく。なぁ、謀と澤奈井さんの二人って……オカルト研究会なんだろ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど……。」
美風と俺は顔を見合わせる。
彼女はぺこりと山下に頭を下げた後、俺を見て小さく頷く。
俺は山下に話を促した。
「二人はさぁ……『ツクエのノート』のこと……知ってる?」
机のノート?
??
意味分からんな。
俺達は首を横に振った。
「そっか、知らないか……。結構有名な噂なんだけどさ、ツクエさんって……『津久江』って珍しい名字でね。学校でも家でも虐められていた女子生徒が……ある日、車道に飛び込んで亡くなったんだ……。」
いきなりなんだよ!?
唐突な話で少し面食らった。
自殺……交通事故死……酷い話だな。
「車の前に飛び出す時、彼女は自分を虐めていた奴らの名前と、そいつに何されたか、事細かく記載したノートを胸に抱いていたんだって。」
……命懸けの復讐だな。
それだけ、悔しかったんだろう……なんで自分がこんな目に合わなきゃならないのか。
世の中は不公平だから……。
「車に勢いよく撥ねられた彼女の身体は、対向車線にまで飛ばされて……今度は向こう側から来た車に轢かれて、手を引き千切られたんだ。」
うっ……想像するだけで手が痛くなる。
隣の美風も眉間に皺を寄せた……可愛い顔がぎゅっと険しくなる。
俺らのことなど気にせずに、山下は話を続ける。
「だけど不思議なことにね……最後のメッセージを記したノートがどこにもなくって……。運転手か、目撃者かが救急車呼んでる間に、誰かが持ち逃げしたらしい……酷いよね。最後の復讐も果たせなくてさ……。」
なるほど。
それが最初に山下が聞いてきた『津久江のノート』か。
血塗れであろう物的証拠は何者かに持ち去られた……。
「それと、もう一つおかしなことがあってな……千切れたはずの彼女の片手が……いくら現場を探しても見つからなかったんだって。」
流石にそれは持ち去らないだろう。
「それからかな? 不思議なことが彼女のいた高校で起こるようになったって。」
不思議なこと?
「ある生徒は、教科書を出そうと机に手を入れると……ぐにっと……紙ではない感触がして……そっと手を引き出すと、手首を掴む手がずるっと一緒に引き出された!」
「……っ!!」
堪らず、美風が声にならない声を上げる!
俺はびびって声も出ない!
驚かそうと、山下が急に大きな声出すからだ、くそっ!
「他の生徒も同じように、机から出る手に掴まれたって話が相次いで……机の中に物を入れるのが学校で禁止になったほどだって聞いたな。それから……彼女の手はずーっと探してるんだって。自分のノートを……。」
一通り俺達に話し終え、すっかり満足したのか、山下がにやっと笑った。
ぎゅっ、と隣の美風がいつも以上にくっついてくる。右腕が照れる……怖いのか?
俺は……めちゃめちゃ怖いぞーー!!
おい山下!
何で俺達にそんな話してくんだよ、初対面で……。
オカルト研究会員だからって、ホラーに耐性強い訳じゃないんだからなっ!!
「あとはなぁ……。」
えっ!? まだ続くの??
すると美風が両手で俺の両耳を塞ぐ!
・・・・・
も、もう大丈夫だよ、ありがと美風。
恥ずかしいので、そっと離れる。
俺を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど……。
「ちょっと! 轢斗に怖い話聞かさないでくださいよ、ねぇ?」
同意を求めるように、山下に言葉を返した。
同意?
「ははっ、謀……お前、オカ研なのに怖いのかよ!?」
ほっとけ。
怖いもんは怖いんじゃい。
津久江さん……か。
今も探し続けているとしたら、彼女が少し気の毒な気がした……。
「ま、ノートのこと知らないならしょうがないか。じゃあな〜。」
そう言って、風のように去って行った。
なんだったんだ、あいつ。
「彼女と二人で来て散々しゃべって帰って……山下くんは何がしたかったんだろうね。」
そりゃノートのことを……。
えっ? 彼女? どこに?
・・・・・
俺には山下、一人しか見えなかったが……。
その彼女、手はあったか?
……とは、怖くてとても美風には聞けなかった……。
亡くなった少女に囚われているのは、生きている人間の方なのかもしれない。
噂好き青年に取り憑いて、風聞づたいに探し物を探し続けていくのか……。
最後までお読み頂きありがとうございました。