自分を大事にしたい転生負けヒロインは舞台に上がらない
負けヒロインとハーレム……に見せかけたヤンデレ作品があったらしい。
ふわっとした設定の書きたいとこだけ
短編にしたつもりが種別が連載になってた
はい、そうです。
琴浦くんとは幼馴染みでした。家が隣で……でも、それだけですよ?そりゃあ、小さい頃は一緒に遊んだりもしましたけど。
中学生くらいからはあんまり話すこともなくなりましたし、はい、会えば挨拶くらいはしましたけど。でも……そんなものじゃないですか?男女の幼馴染みなんて。
特別趣味が合うわけでもなかったですし、女の子と話してる方が楽しいですから。
あ……刑事さんにも覚えがありますか?はい、小学校高学年くらいからは男女で仲良くしてると変な噂を立てられたりとか、そういうこともあって。なんか、距離ができちゃうっていうか。
あ、ごめんなさい!話が脱線しちゃいましたね。
えっと……琴浦くんと最後に話したのは、先週の日曜日です。
その日は私、友達と映画を観に行く約束をしてたんですけど、急に琴浦くんと……はい、百樹さんが家まで押し掛けてきて。
本当に困っちゃいましたよ。私の話なんか一切聞かないで、なんか修羅場みたいになっちゃって……百樹さんは私が琴浦くんのことを奪おうとしてるって思い込んでるみたいだし、琴浦くんは琴浦くんで──亡くなった人を悪く言いたくはないんですけど、気持ち悪くて。
『お前の気持ちは嬉しいけど』とか、『俺はお前のことは妹みたいに思ってるから』とか言ってきて……まるで私が彼に告白でもしたみたいな物言いですよね。
琴浦くんとはクラスも違いますし……この高校だって、家から近いから選んだだけで、別に同じ学校に通いたいからとかそんな理由じゃありませんでしたから。
わざわざ別のクラスに遊びに行くなんてしてませんし、する必要もないっていうか……はっきり言っちゃうと疎遠だったので。
それなのに急に押し掛けられた上に修羅場に巻き込まれて迷惑でしたし、百樹さんのヒステリックな声と、手に持ったハサミが怖くて……。そうです、だから110番しました。
はい、結局その後は両親と警察の人に任せて私は予定通り遊びに行きましたよ。だって、私なんにも悪くないじゃないですか。なのに、楽しみにしてた予定を台無しにされるなんてイヤだったんです!
……わかってくださってよかったです。
琴浦くんの周りに複数の──琴浦くんのことが好きな女子が集まってたのは知ってます。有名な話ですからね。みんな可愛い子達で、人気もありましたし。
でも、琴浦くんはその中から百樹さんを選んで付き合ったって聞いてました。いえ、噂で聞いたんですよ。わざわざ本人から聞く必要あります……?
百樹さんのことですか?
クラスも違うし、高校に入るまで面識もなかったですから……よく知りません。琴浦くんとのことで噂になってましたから、名前と顔は一致するくらいで。
琴浦ハーレムって呼ばれてたんですよ、彼の周りの女の子達。最初は男子が言い出したんです……僻み半分からかい半分、みたいな感じで。
だから私、彼と幼馴染みだって知られるのもイヤで。実は、同じ小学校だった男子にバラされてちょっと迷惑したんですよ。すぐに誤解は解けましたけど。
あ、もしかしてそのせいなのかな……百樹さんが勘違いしてたのって。
はい、はい……そうです。
一昨日のその時間はずっとバイトで、21時にタイムカードを押して帰宅しました。え、もしかして私、何か疑われてるんですか……?
あ、そうですよねすみません。一応の確認、ですよね?
私、本当に怖かったんです。
二人が家に押し掛けてきて、わけわかんないこと言って……私の言葉なんて何一つ聞いてくれないし。だから、もう二度と関わりたくないって思って──
そしたら、あんなことになっちゃったでしょ?
琴浦くんが、その……バラバラになってた、って。琴浦ハーレムの子達は、みんな怪我したり入院したっていうし。
その上百樹さんが行方不明だって聞いたときは、まさか私まで何かされるんじゃないかって怖くて!私は違うのに……琴浦ハーレムじゃないのにっ!!
っ、ぐす、ッ……はい、これ以上お話できることはないです。
あの、百樹さんは本当に逮捕されたんですよね?よかった……。
あの、刑事さん。
私のこと、薄情だと思いますか?
◇◇◇◇
『そうは思わないよ』と言って申し訳なさそうに苦笑した刑事さんに一度頭を下げて、校長室を後にする。
廊下には私の他にも何人か居て、その人達もきっとこの後私と同じように話を聞かれるんだろう。
「サブヒロインの椎名さんと、あと……ああ、確か主人公のバイト先の後輩の明美ちゃん?だっけ」
なるほど。
原作の私程じゃなくても、そこそこ主人公と関わりのあった人物だ。とはいえ、もう前世の記憶もかなり薄れてきているから思い出すのに時間がかかってしまったけれど。
私は、主人公──琴浦大騎の幼馴染みという属性を与えられた負けヒロイン……だった。
過去形なのは、中学に上がる少し前に思い出した前世の記憶から、この世界が所謂ハーレムものの漫画作品だと気付いて彼から離れたから。
本来なら、私も琴浦大騎を囲むハーレムの一員になる筈だったのだけど、フラれるのが確定していると知ってまで、まだ彼の傍にいたいとは思わなかった。何せ前世の私はハーレムものが嫌いだったし、この世界の漫画を読んだのだって、別の作品目当てに毎月買っていた雑誌に載っていたからというだけで。
更に言うなら、メインヒロイン──百樹あんずが所謂ヤンデレ暴走キャラだったのも一因だ。
些細なことで嫉妬してはハサミを振り回す彼女は何故か作者のイチオシで、ハーレム系ラブコメものだった筈の作品が、後半は百樹あんずを中心とした血みどろラブストーリーに変わったくらいだ。
漫画ならまだしも、現実でそんな危険人物に近付きたいわけがない。
「……案の定、主人公死んでるし」
くわばらくわばら。
少しでも何かが掛け違えば自分が命を落とすこともあるのではと、あの日そんな想像をして一人震えた私は正しかったのだ。
作品の強制力が働いたのか何度か巻き込まれかけこそしたけれど、頑として舞台に上がらなかった私は無事にこうして生きている。
負けヒロインでもヒロインはヒロイン。せっかく前世よりずっと可愛く生まれたのだから、人生楽しまなくては損だ。
もし、私が作中の役割を放棄したことが物語を歪めてしまったのだとしても──
「私は私を大事にしたいだけだもの」