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スラム街の見えない天使  作者: 月夜野桜
第四章 海上都市(アクアポリス)封鎖作戦
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第二話 信頼の必要性

 真綾からの連絡があったのは、三十分後。何気ない通信を装ってきた。


〔葵、私はしばらく泊まり込みになる。着替えを取りにきたんだけど、ぬいぐるみの調子はどう? もし何かあるなら、今見るけど?〕


 どう返答すれば良いのか迷い、葵はコタツの中で名無しネームレスを伸ばして、ベアトに触れる。


〔たまには一緒に飯食おうと言ってみてくれ〕


 訊くまでもなくベアトから提案があった。葵はそのままそれに従う。


〔マーヤさんは何ともないです。意地悪なのが故障じゃなければ、ですけど。それより、たまには一緒に御飯食べませんか? 私たちもこれからなんですよ〕


〔そういえば、一度もないわね。当分機会も作れないだろうから、今日はそうしましょうか。あなたたち、いつも冷凍食品とかばかり食べてそうだし。いいわ、私の家に来て〕


 いつもなら断りそうな場面で受諾するということは、真綾の家で話をするということだろう。


〔お、まさか手料理か? お前、料理なんて出来たの?〕


〔うるさい、ベアト。そんなこと言うなら、あなたの分は作らない〕


 互いに憎まれ口を叩きつつ、ベアトが立ち上がったので、葵もその後に続いた。


 真綾の家は、同じマンションの別の階。居住階としては一番下で、真綾の性格が出ていると思った。エレベーターに乗る時間が短くて済むからという合理的理由なのだろう。


「どうぞ、入って。作るって言っても、大したものじゃないけど」


 出迎えた真綾はそう言って、葵たち二人を中に招き入れる。扉をロックすると、単刀直入に切り出した。


「ここは安全。全ての機器を自分でチェックして、何重ものセキュリティで守ってある。――葵、ベアトはどこまで知ってるの?」


 自分が真綾に情報を洩らしたことを、ベアトに伝えてあるかどうかの確認と葵は捉えた。


「えっと、今朝のことは話しました」


「そう。なら、疑いは晴れたってことかしら?」


「バレてやがる……済まん、真綾……」


 両手を合わせて拝むようにして謝るベアト。真綾は気にした素振りもなく、いつも通りの感情のない面持ちで先を続ける。


「気にしてないからそういうのは要らない。私だって拠点内の人間、信用してないもの」


「いや、疑ってたことに対する謝罪もあるんだが、今改めて疑っちまったから、流石に悪くて」


「へ? どういうことですか、ベア子さん?」


 ベアトの言っている意味がわからず、葵はベアトの腕を引きながら訊ねる。


「疑われてると気付いてたのなら、今日は試されていると思い、情報を流さなかっただけの可能性があるだろう? それじゃあ疑いが晴れない」


「それもそうね。でもそれだと、私は一生疑いを晴らせないわね」


 共に食事をするというのは、最初から予定通りだったのだろうか。キッチンにはすでに食材がいくつか置かれており、真綾はそれを手に料理を始めながら、身も蓋もない返答をした。


「もしスパイなら、確かに今日は大人しくしてただけかもしれません。でも、気付いてたことを教えないと思います。疑いを晴らしちゃった方がいいんですから。余計に疑われるようなことは言いません」


 そう葵が主張すると、真綾は料理を続けつつ、更に身も蓋もないことを言う。


「一理ある。けど、あなたがそう言ってくれることを期待したのかもしれない。私がスパイだとしたら、少なくともあなたのことは騙せているわ」


(ウサ子さん、なんで自分から疑われるようなこと言うんでしょ……)


 真綾の意図がわからず、葵は困惑してその場に立ち尽くす。ベアトも同様なのか、小さく溜め息を吐くと、勝手にダイニングテーブルに陣取りながら口を開いた。


「まあ、ずっと協力してきた仲で疑っても仕方ない。この三人だけは信用出来るとして動こう。それでも情報が洩れるようなら、誰かがスパイだ。あたしかもしれないし、葵かもしれない」


 やっと話が先に進みそうで、葵は表情を緩ませ、ベアトの隣に座る。しかしそのベアトがまた余計なことを話し出す。


「自分で言うのも何だが、特にあたしは怪しい。頻繁にマフィア街に行っているし、売り子との接触も多い。実行部隊だってあたし一人。取り逃がした振りをしているのかもしれない」


「そうね。スパイじゃないと明らかなのは、葵だけかもしれない。こんなお猿さんじゃ、人を騙すなんて無理だもの」


 わざとやっている。葵はそう感じた。この二人の間には元々信頼関係があって、戯れに憎まれ口を叩いているようなものなのだと思った。単なる駆け引きとは考えたくない。だからこそ葵は叫んだ。


「お互い信頼しなきゃ始まりませんよ! 今『必要なもの』は信頼です! それに、この先の調査は、ウサ子さんじゃないと出来ないお仕事のはずです!」


 その言葉に、真綾は目をぱちくりとさせながら振り向いた。


「……葵がまともなこと言ってるわ。故障したのかしら? やっぱりスパイってこの子だったんじゃないの? マインドコントロールが解けたのかも?」


 自分がスパイだったら、入る前から情報が洩れていたことの説明がつかない。それを突っ込むとまた泥沼にはまりそうだったので、葵は半眼になって睨み付けるだけで済ませた。


「で、本題は何? 室長の許可はもらったけど、あまり長居は出来ないのよ」


 真綾自身が話を拗らせておきながら、涼しい顔で訊ねてくる。ベアトがやれやれとばかりに肩を竦めてから、頼みたいことの内容を説明した。


「そうね……。それはもう独自に着手してるんだけど、室長が問題なのよね。アクセス権の関係で、すべての行動監視は出来ないの。拠点内には、当然私には使用権がない機器も用意されている。上層部とのやり取りを私が聞いていいわけがない」


「ハッキングは出来ないのか?」


 葵の疑問を代弁するように、ベアトが問う。出来上がったオムライスをテーブルに並べながら、当たり前とばかりに真綾が答えた。


「対策してないわけないでしょ? 私が作ったブラックボックス以外を選定して使ってるはず。室長には個人用電子世界プライベート・スフィアのサーバーがあるの。専用の指向性霊子通信アンテナも。それで上層部とやりとりしているみたい。あの中から情報を流しているとしたら、それは拾えない。もしかしたらハッキング可能かもしれないけど、失敗したら私は処分される」


 真綾がいなくなっては困る。確信が持てるまではやるべきではない。しかし、監視出来ないのが室長だけであれば、それはそれでやりようがある。


「でも、逆に他のみんなをきちんと監視すれば、それでも情報が漏れた場合、室長さんがスパイってわかるわけですよね?」


 消去法でそうなると考え、葵が意見を口にすると、ベアトが乗ってきた。


「なら、室長がスパイだとしてもどうにか出来る万全の手筈を自力で整えた上で、試す意味でも室長を通して今後の作戦を続けよう。それで成功すれば、室長もシロということになる」


「どちらにしろ、あの三人が無事組織に戻って、仕事を再開してくれることを祈るしかないわ。念のためにと、組織に処分されてしまうことを、私は恐れてる」


 真綾の言うことはもっとも。誤認逮捕という設定をどこまで信じてくれるかが重要。


 あの地下道に霊子モニターがあったとして、動きの特徴や使った魔法などで、ベアトが逮捕したことを見られていても問題ない。あの三人にそう伝えてあるのだから。しかし、それ自体が不自然と思われる可能性はある。不老不死の薬エリクシル事件を担当をしていることは把握されているのだろうから、何故別件にベアトが協力したのかを疑問に思われるかもしれない。


「それはあたしも心配しているが、まあ、駄目ならまた次があるとも思っている。葵ならもう一度やってくれるさ。別の口実を用意しなきゃならないがな」


 結局ローラを連れてこられていないが、同じ口実で出かけ、また偶然組織の人間を捕らえてくるというのは不自然すぎる。スパイの存在を考えると、その手はもう使えない。


「どうやってその相談したのか知らないけど、ベアトの部屋は監視されているから気を付けて」


「その辺は抜かりない。当然想定していた。展望デッキはどうだ?」


「もちろん監視されているわ。このマンションのほとんど全部。私も部屋の中は隠せてるけど、外への通信をしたら、それは拾われる」


「マジかよ……風呂入ってるとこまで見られてたり?」


「そこまでやってるのかどうかは知らない。その映像見る権利を室長が持ってるのかどうかも」


 見ていたら犯罪行為でしかないと葵は思った。自分の裸を見られているかもしれないというだけで、風呂に入る気を失くす。安心出来るのはコタツの中だけ。コタツムリこそ安全。


「とりあえず、あなたがデッキで何をしているのかまでは掴めてないはず。眠れない時にあそこの自販機で酒を買って呑んでいる、という認識しかされていないと思うわ。指向性霊子通信でも使って、どこかと連絡を取ってるんだと、私は睨んでるけど」


「……もしかして、すべてバレバレ?」


 参ったとばかりの表情でベアトが訊ねる。真綾は涼しい顔で応じた。


「通信先候補が多すぎて、どこへなのかはわからない。その辺把握してるかもしれないと思って、室長にそれとなく確認したことあるの。夢幻の心臓イモータルは睡眠時間が少なくていいから、どうしてもそうなる、と言ってた。室長は呑めないから、そういう時は散歩に出るか、趣味の研究をしてるって。デッキへ行くこと自体を不審に思っている様子はなかった」


「それが本当だとしたら、あたしはずっと前からお前に疑われてたということになるな……」


 溜め息を吐きながらベアトが嘆いた。顔を上げると、感心したような口調で付け足す。


「そして同時に、今考えた作り話だとしたら、お前は相当な策士だ」


 珍しくクスリと笑ってから、真綾は答えた。


「どちらにしろ、誉め言葉と受け取っておくわ」


 そんなベアトと真綾の様子を見て、葵はやっと安心出来た。やはり二人の間には強い信頼関係がある。それは間違いない。こうやって牽制し合うぐらいが丁度良いのだろう。疑われているように見えない方が、逆に心配になる職場なのかもしれない。


 葵も散々疑われてから、やっとのことで採用された。今だってまだ完全に信頼されず、単独行動は出来ないし、活動範囲の制限も解除されていない。自由にどこでも出かけていいと突然言われたら、逆に罠かもしれないと心配になってしまいそうな気がした。


 仮にスパイがいたとしても、三人で協力すれば必ずうまくいく。室長がスパイだなんてこともきっとない。葵への対策は、施されていなかったのだから。スパイがいるとしても、葵について詳しい情報を得られない立場の人間なのだろう。


(よーし、次も頑張っちゃいますよー!)


 心の中でだけ叫ぶと、葵は真綾が作ってくれたオムライスを頬張った。庁舎の食堂のものと比べると不格好だったが、真綾の愛情が籠もっているからか、味はずっと上に感じた。


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