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スラム街の見えない天使  作者: 月夜野桜
第一章 スラム街の見えない天使
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第一話 スラム街の見えない天使

 無人コンビニ店の一角。棚にいくつも積まれたチョコバーの一つが、誰もいないのにひょいと持ち上げられ、空中に消えた。静止していたとしても気付かないような、ほんの二・五センチほどしかない小さな十字架状のダガー。それらが三つ、空中を素早く飛び、監視カメラのAIですら反応しない速度でやってのけた。


 店内に居合わせた、背の高い金髪の女性だけが反応を示した。鋭く光る翠の瞳が、チョコバーの消えた宙を向く。そこには何も見えない。人も機械も、今取り上げられたチョコバーすらも。


 手に取って眺めていた化粧品の箱を棚に戻すと、誰もいない空間を見つめながら、女性は入り口の方へと足早に歩いていく。


 夕暮れ時の、急速に暗くなっていく頃合いだった。街灯が点いても目が慣れず、見えにくい時間帯。日雇いの仕事にでも行って、僅かな生活費でも稼いだのだろうか。スラムの住人らしき薄汚れた身なりの男が、コンビニに入ってきた。何かに気付いた素振りはない。


 しかし、彼女にだけは何かが見えるのだろうか。男と入れ替わるようにして店外に出ると、迷いのない足取りで歩いていく。さり気なく、それでいて視線だけは常に何かを追って、徐々に荒れ果てたスラムに変化していく雑多な街中を進んでいった。


 周囲に立ち並ぶ、二階建てバラックにその視線が固定され、壁面を上になぞっていく。屋根の上まで行って止まると、右手を開いてかざした。


 直後、緑色の光の壁が立ち昇る。屋上の一角を円形に取り囲んだのを確認すると、女性は隣の建物も使い、防犯用の窓格子を掴んだり足場にしたりして、屋根まで一気に上った。


「お前、こんなところで何やってんだよ?」


 その言葉に反応したのか、見えない何かが慌てた様子で動く。びりりと音がして、白い髪の毛が地面に散りばめられた。へたり込んで手をつき、女性を見上げる瞳の色は、明るい紫。薄汚れてはいるが白い肌が、肩まで露になっている。もう晩秋だというのに、夏用の袖なしワンピース一枚で、素足のままだった。


「誰だお前?」


 知り合いであるかのように女性は話しかけていたが、勘違いだったのだろう。訝し気に眉をひそめつつ問いかけた。白い髪の少女は、床に落としたウサギのぬいぐるみを拾うと、怯えた様子で後ずさりしていく。光の壁近くまでいくと、先程そこに張り付いてしまったことを思い出し、追い詰められる形で動きを止めた。


「名を名乗れ。IDも見せてもらおうか」


 少女はしばらく、女性の顔を見たり下を見たりを繰り返して躊躇した。他人と関わってろくな目に遭ったことがない。誰とも口を利かないようにしていた。話が出来ない振りをすれば、答えないで済むかもしれない。


 しかし、この女性からは何か特別な感じを受ける。少なくとも、敵ではない気がした。迷った末、上目遣いで見上げながら、遠慮がちに口を開く。


「な、名前は、あおい。IDは、ありません……」


 年の頃十二か十三歳位程度。あどけない顔に見合った可愛らしい声で、少女は答えた。


「その恰好でIDなし。スラムの無国籍者か……」


 女性の視線が、右手に握ったままのチョコバーに向いている。葵と名乗った少女は、慌てて両手で抱き締めるようにして隠した。それを見遣りながら、女性も自らの名を口にする。


「あたしはベアトリーチェ・ブレンターノ。長いからベアトと呼んでくれ」


「ベア子?」


「ベアトだ」


 そう訂正した女性は、ダークグレーのパンツスーツ姿。制服ではないが、警察官なのかもしれない。この不思議な光の壁に、二階建てバラックの屋根まで易々と上った身のこなし。少なくとも一般人ではない。


「腹減らしてるのか? それ、今万引きしていただろう?」


(これが、年貢の納め時ってやつですか?)


 葵は心の中で呟いた。三年半も見つからずに続けていたが、もう終わりなのかもしれない。


「ど、どうして、追いかけてこれたんですか? 私、透明なのに。霊子モニターってのにも映らないから、この見た目を透明にする服着てれば、誰にも気付かれないのに」


 魔法や霊的な力の存在が科学で証明されたこの時代。それを検出するセンサーも開発されていた。光学迷彩なども発達しているが、光学的に人が隠れても、その霊体は霊子モニターに映る。故に、AIが常時監視する、コンビニの防犯センサー類を誤魔化すことは出来ない。


 しかし、葵だけは特別だった。隠れようと思えば映らない。そんなことが可能な理由は自分でもわからなかったが、その能力を利用して何とか食いつないできた。


 ベアトと名乗った女性は、葵が手に隠したチョコバーを指して言う。


「それに魔法でマーキングした。どれ盗むかわからないから、店内の商品全部にやるのは大変だったんだぞ?」


 慌ててチョコバーを凝視する。裏返してみると、確かに何かが小さく光っているように見えた。目を閉じてみても、その光は心の眼のようなもので感じる。魔法という話は本当のようだった。これならば、透明になる服の中に隠しても見えるのだろう、この光だけは。


 葵は立ち上がり、チョコバーを女性に向かって差し出した。


「か、返します。食べ物を盗むのが、そんなに重い罪とは知りませんでした」


 これで許してもらえるかどうかはわからない。相当な重罪に違いないのだ。店内の商品すべてにこんな小さな細工を施してまで、自分を捕らえようとしたのだから。


 差し出したチョコバーは、緑色の光の壁に触れると、そこで止まってしまった。押しても引いても動かない。手を放してみると、そのまま張り付いたかのように空中に浮いてしまった。


 透明になる服が脱げてしまった理由が、葵にもやっとわかった。こうやって張り付いてしまい、無理に動こうとしたから破けてしまったのだ。


「これは対物結界。触れると張り付くから気を付けろ。正確には、結界面では速度が異様に遅くなるだけなんだが、人の力じゃまず抜けられないぞ」


 ベアトがそう忠告する。ならば、これは自分を捕らえるためのもので間違いない。魔法を使うなど、普通の警察官ではない。自分を見つけて罰するために動員された、特殊部隊。


「し、死刑……ですか……?」


 何度も死にたいと思ったことがある。生きていく価値を理解出来ない。しかし、いざ生命の危険が迫ると、身体の震えが止まらない。葵は両腕でその身を抱きしめながら、地面にへたり込んだ。この世の終わりとばかりの恐怖に顔を歪めて、揺れる瞳で女性を見上げる。


 食料を盗むのは、やはりとんでもない重罪。あの店の警戒は異様に厳しい。自分以外に盗みが発覚しなかった人間はいないのも頷ける。逃げる前に閉じ込められる仕組み。


「ぶっ、あははははは」


 悪魔の哄笑。葵にはベアトの笑いがそう聞こえた。これから嬲り殺される。この対物結界とやらで捻り潰されるのだろうか? 小さくしていけば、自分の身体は肉団子のようになってしまう。葵の脳裏にその光景が思い浮かぶ。瞼をきつく閉じてぬいぐるみを胸に抱き、地面に蹲ってガタガタと震えた。


「お前、発想が極端だな。――まあいいや、丁度いい。お前はこのままだと死刑だ」


(やっぱり死刑!! 神様ってのに、ちゃんとお祈りしておけばよかった……)


 かつて教わったお祈りの方法。効果なんてないと知ったから、もう忘れてしまった。必死に思い出そうとしていると、ベアトは結界ギリギリまで顔を近づけて言う。


「どういう人間かよくわからないが、能力は本物のようだ。目の前にいても、霊体が視えない。お前に代わりを務めてもらおう。あたしに協力するなら、死刑は取り消しにしてやってもいい」


「協力します! なんでもやりますから、ここから出してください!」


 お祈りとやらは、所作も文言も関係なく効果があるのだろうか。ベアトの口から出た救いの言葉に、葵は即座に反応した。ニヤニヤと眺めてから、ベアトは右手の建物の屋根を見る。


 釣られて視線を向けると、不思議な光が屋根の上を高速に駆け巡った。一筆書きで複雑な紋様を描いていく。最後に円を閉じると、緑色の光の壁が立ち上がった。その間、ほんの〇・五秒にも満たない。逃げようとしても、すぐに捕らえ直せるとの意思表示だろう。


「お前今、この速度なら逃げられると思っただろ?」


「に、逃げようなんて、これっぽっちも考えてません」


 ぶんぶんと首を振って否定する葵。地面にも届きそうな長い白髪が、一緒に振り回される。


「じゃあ人質取ればいけると思ったか?」


「そんな酷いことしなくても逃げられます!」


 そこまでの悪人と思われているとは心外で、葵はつい口を尖らせて抗議する。


「逃げる気満々じゃん……」


 やれやれといった様子でベアトが呟くのを聞いて、葵は自分の失言にやっと気付いた。


(ぐむむむむ……策士です……。さすが特殊部隊……)


 半眼で睨み付ける葵の前で、ベアトは胡坐をかいて座り込みながら告げる。


「その気になるまで結界は解かない。あたしはここで何日でも粘れる。一方お前は、その中で餓死することになる」


 足元を見られた。空腹なのを見抜かれている。盗みまで働いたのだから、当たり前のことではあるが。


 どう逃げ出そうか思案を巡らせ始めた葵の前で、ベアトはポケットから何かを取り出した。葵が盗んだのと同じチョコバー。それを目の前で開封して、さも美味しそうに食べ始める。


(私がお腹減ってるの知ってて、目の前でチョコバー食べるなんて、話に聞く悪魔ってやつですか!? でも、釣られたりなんてしないんですからね!)


 心の中でそう叫びつつも、身体は自然と反応していた。いつの間にか涎を流しながら、結界に張り付くようにして、ベアトが口に運ぶチョコバーを眺めている。


「それ、顔も手も剥がれなくなるの、わかっててやってる?」


 言われて初めて、自分のしていることに気が付いた。慌てて抜け出そうとするも、顔も手も全く動かない。無理にやったら皮膚が剥がれてしまいそう。完全に嵌められたと思った。


「お前、これ好きなの?」


 ベアトはチョコバーを葵の鼻先まで近づけながら問う。葵は恨めし気に見つめながら答えた。


「このスラムじゃ、滅多に手に入らない高級品」


「あたしんとこの部隊に入れば、まともな給料が貰える。好きなだけ食えるぞ?」


「先払いでチョコバー一年分くれるなら考えてもいいです」


 そんなに出せまいと思って、吹っ掛けたつもりだった。しかしベアトから返ってきたのは、予想外の言葉。


「先払いとはいえ、そんなに少なくていいのか? 一年間働けば、最低でも……そうだな、二十年分は買えるくらいの給料が出るぞ? 働き次第じゃ、五十年分でもいける」


「に、二十年分って……二三〇三年の昨日までの分と考えると、二百六十本ですよ!? そんなに出せるの!?」


 即座に捲し立てた葵の言葉を聞いて、ベアトは目をぱちくりとさせた。しばし考える素振りを見せ、その後答える。


「計算間違ってないか? 二万千九百本だろ?」


「え……ま、毎日三つも食べていいの!? 月に一つでも贅沢なのに? だったら、閏年ってやつ考えると、二万千九百十五本ですよ!? あり得ない……もしかして上級国民ってやつ!?」


 驚愕に目を見開く葵に対して、引き攣った笑いを浮かべるベアト。少々言いにくいことなのか、遠慮がちに口を開いた。


「お前、金銭感覚おかしくないか? 安月給の仕事でも、まともに働けばその半分は貰えるぞ?」


 おかしい、自分が。まともだとは思っていなかったが、スラムの外の人間と、ここまでの格差があるとは知らなかった。


 ベアトはその翠の瞳に憐れみの色を浮かべつつ、葵の顔を覗き込む。


「お前、余程酷い生活をしていたんだなあ……。普段は何食べてたんだ?」


「色々ですけど、いつもはスナックって書いてあるやつ。あれが一番安くてお腹膨れるらしいんで。チョコバーは高いみたいだから月に一回。そしたら、お店の人も死ぬほどは困らないかと思って」


「……万引きするのに、値段を気にしていたのか?」


 呆れ顔でベアトは言うも、それくらいの配慮は当然と葵は思う。


「当たり前です! マフィア街の悪徳商人だって、家族とかいるでしょうし、困るじゃないですか。だから、一週間に一度だけ。お店も毎回変えてました」


「マフィア相手なら、なおさら遠慮すんなよ」


 ベアトは脱力したようにして、再びその場に座り込む。それから斜め後ろを指差して言った。先程、葵がチョコバーを万引きしたコンビニ店の方向。


「ちなみに、あそこはまだマフィア街じゃないぞ? もっと奥。これまでのもそう。お前が盗んでた場所は全部、真っ当な店だ」


 ぶわっと葵の瞳に涙が浮かぶ。ずっと泣かないようにしていた。泣くと喉が渇くし、腹も減る。生きていくためには危険な行為と考えていた。それでも、堪えきれずに雫が頬を伝う。喉から自然と声が漏れた。


「うわーん、私、私、そんなの知らなかったですー!」


 自分は真っ当な商人に大損害を与えていた。その事実が許せない。何年振りかで、大声を上げて泣きまくった。


 この広いスラムには、人殺しや麻薬売買も手掛ける非合法組織が集まる一角がある。人は皆その場所をマフィア街と呼ぶ。境界はあるらしいが、目には見えず、葵にとっては曖昧。


 チョコバーを始め、高級な菓子や豪華な食事、その他様々な雑貨も含め、贅沢品を大量に置いている。当然、マフィア経営のマフィア御用達の店だと思い込んでいた。


 余りに激しい葵の泣き方に、短い癖毛頭を掻きながら、ベアトは狼狽した様子を示す。


「そ、そんなに泣くなよ。週に一度だったんだろ? 菓子一つだろ? 被害はゼロに等しい」


 そうあやされても、葵は泣き止まない。気休めの嘘は要らないと思った。


「今問い合わせて調べてもらったぞ。お前には信じられないかもしれないがな、あの店の一週間の売り上げ、チョコバーに換算したら、二万本近くある。二万だぞ、二万? そのうちの一つくらいなくなったって、大して困らないだろう?」


 ぴたりと葵が泣き止む。チョコバー二万本。想像を絶する数字だった。しかし、あながち嘘でもない気がする。あの店に積まれた山ほどの商品。出入りする人の数。それらを考えると、あり得ない話でもない。スナックはチョコバーより大分安いと聞く。被害ゼロではないが、確かにそんなには困らないのかもしれない。


(でも、ゼロかどうかが問題じゃないんです……)


 そう思い直し、再び葵の眼から涙が零れ始めると、困り顔のベアトが問いかけてくる。


「お前さ、一週間に一度って、他の日は何を食べていたんだ? スラムの無許可の個人商店から盗んでたのか?」


「そんな酷いことしません。お水だけです。雨の日に、缶に貯めてます」


 はあっとベアトは深く溜め息を吐いた。明らかな憐憫の色を浮かべた瞳で、葵に言う。


「よくそれで生きてこれたな……。お前の中のネクロファージは、相当しぶといらしい」


 ぱんっと膝を叩いてから、ベアトは告げた。優し気な微笑みを葵に向けながら。


「お前が気に入った。やるかやらないかは後で決めていい。能力はどう見ても本物だ。とりあえず、あたしと一緒に来い。やらないとしても、ちゃんとした学校にでも入れてやる」


 学校。子供を入れてやりたいが、金がなくてとても無理だという話をスラムでよく耳にする。何もしなくても大金を出してくれるなどというのはおかしい。そんな甘い話はあり得ない。


「し、死刑にするための罠じゃないんですか……?」


 小さく溜め息を吐くと、ベアトはポケットの中をまさぐって、チョコバーを三本投げ入れた。結界は解かれていない。先程張り付いたチョコバーはまだ宙に浮いたまま。どうやら外から中へは素通りらしい。


「とりあえず、今日はそれで雇われろ。話を聞く仕事だと思ってついてこい」


 話を聞くだけでチョコバー三本。余りにも怪し過ぎる。葵は思ったことをそのまま口にした。


「毒、入ってますね、これ?」


 葵が結界から出ようとしないから、死刑の手段を毒殺に切り替えた。そう考えた。


「疑り深いなあ……」


 その言葉と共に、足元に再び不思議な光が駆け巡る。葵は自分を圧し潰すのかと考え逃げようとしたが、結界に張り付いて動けない。――と思ったら、突然剥がれて尻もちをついた。


「その自分で選んだ方を食え」


 目の前に先程盗んだチョコバーが落ちていた。結界を張り直して、元のは解除したらしい。


「これ、盗んだやつですけど?」


「金は払っといてやるから、とにかく食え」


 おずおずとチョコバーに手を伸ばす葵。しかし、先程のマーキングとやらの光に気付いて、慌てて手を放し飛び退った。


「事前にマーキングしたって言ってました。これも毒入り!」


「毒入ってたって、そう簡単には死なない。もしかして自覚ないのか?」


 自覚。何の自覚だろう? 葵が首を捻っていると、ベアトは手のひらを表にして、右腕を伸ばした。その少し上に、不思議な光が集まっていく。空中に白い線が走って紋様を描くと、そこから強い光が放たれて、ベアトの右手を貫いた。


 目を見開く葵の前で、屋根の上に血がぼたぼたと垂れていく。穴の開いた右手のひらを、ベアトが見せつけてきた。その傷は、時間を早送りしているかのように、高速に治癒して塞がっていく。


「お前もこうだろう? あたしもお前も、不死身の身体なんだよ」


 先程からの妙な感覚。誰とも関わらず、口も利かないようにしていた。なのに、何故かこのベアトとだけは、こんなに会話してしまった。その理由が、今わかった。捕まったことで仕方なくだったのではない。仲間だと認識していたのだ。


「お姉さんも……吸血鬼ヴァンパイア?」


 その単語を聞いて、ベアトはあからさまに不機嫌な顔になり強い口調で言う。


「あんな出来損ないのモンスターと一緒にすんな。あたしらは夢幻の心臓イモータル。ネクロファージによって、真の不老不死となった存在だ」


夢幻の心臓イモータル……?」


「お前を捕らえたのは、万引き犯だからじゃない。知り合いと勘違いしたからだ。その霊子センサーも反応しない能力が欲しかった。顔を見るまで別人と気付かなかったのは、お前の身体にもネクロファージがいるからだ」


 ネクロファージ。先程も聞いた単語。しぶといと言っていた。そして夢幻の心臓イモータル。今まで聞いたことのない言葉。知らない概念。しかし葵は知っている。自分の身体も、同じように高速再生することを。


 葵が戸惑っていると、ベアトは不敵な表情を浮かべつつ、葵に向かって手を差し伸べた。その傷は、もう完全に塞がっているように見える。


「その力、他人のために役立ててみないか? これ以上犠牲は出せない。お前のその能力はきっと事件を解決に導く。スラム街には見えない天使がいるって噂が立ってたが、本当だったな」


 スラム街の見えない天使。その噂話は、葵も時折耳にしていた。自分のことを差しているのだろうとも理解していた。透明になる服を着て、霊子モニターにも映らないようにして、先程の十字架状のダガーを使って人を助けていた。


 排水溝に物を落として困っている人がいれば、こっそり拾い上げた。暴漢に絡まれている人がいれば、脚をひっかけ転ばせて救った。そうした行為が、いつしかその噂を生んでいた。


 スラム街には、見えない天使がいる、と。


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