第四百話 優しい視線
結局、太陽が夕日に変わるまでに百人弱の子供を救助出来た。
すべては、リーダーの少女のおかげだ。
「じゃあ、今日はこれで終わりにしようか。明日も頼めるかなあ?」
「はい!!」
少女の瞳は夕日が反射して、赤く美しくそしてキラキラ輝いていた。
今の少女の心の中が見えたような気がした。
少女は返事をするとその目を静かに閉じた。
そして小さな寝息を立て始めた。疲れているのだろう。
俺は、揺らさないように細心の注意を払って屋台村へ急いだ。
屋台村では、丁度ピーツインのステージが始まっていた。
ご婦人達が多いのでオタ芸は無い。だからか、いまいち盛り上がりに欠けているが、二人の美少女のステージは華やかでいいものだ。
そして、ステージの上から俺を見つけたあずさとヒマリが、嬉しそうに手を振っている。
まさか、アイドルにあんなに嬉しそうに、手を振ってもらえる日が来るなんて夢見心地だ。嬉しくて気絶しそうだよ。
「お疲れ様です」
響子さんとカノンちゃんがステージの二人の挙動を見て、いち早く俺を見つけて出迎えてくれた。
俺は、ぶっとんだ。
二人は浴衣を着ていて、それは、それは、美しかった。
響子さんは赤い地の浴衣に淡いピンク色の花が咲いている浴衣だ。
そして、カノンちゃんは響子さんと同じ浴衣で、花だけが薄い黄色の花になっている浴衣だ。
「あの……」
響子さんが恥ずかしそうに声をかけてくれた。
俺は、二人の姿を見て自分の世界にトリップしてしまったようだ。
響子さんの指が俺の胸をさしている。
視線を下に移すと、不機嫌そうにふくれている少女の顔があった。
「そうか、目が覚めていたのか。すぐに食事をしよう。今日は俺のおごりだ。なんでも好きな物を好きなだけ食べていいぞ!!」
「…………」
少女は俺がそう言うと余計にふくれっ面になった。
だが、お腹は正直で大きな音を立てた。
少女はふくれっ面のまま、真っ赤になっている。
「なにから、食べるかなー? お腹に優しい物がいいな」
俺は、そう言って少女の顔を見た。
「……ハンバーグがいい」
少女が小さな声でつぶやいた。
お腹にまったく優しくねーー!!
いきなりこんなに重い食べ物では、もどしてしまうかもしれない。
でも、まあ食べたいときに食べたい物を食べるのが一番だ。
ハンバーグの屋台に移動した。
「いい香り……」
屋台のまわりの空気を全部吸い込むような勢いで、鼻から大きく息を吸うと少女は言った。
そして、目を閉じて動きを止めた。
屋台の周辺の香りは、ステーキレストランのような香りがする。
俺は、屋台の原田の子分に指を一本立て一つ注文した。
「おかあさん、おとうさん…………」
微かに聞き取れた言葉はそう言った気がした。
そして、俺の胸に顔をうずめた。
はぁぁーー、なんだかこの少女、すごく可愛い。
「へい、おまちーー!」
ハンバーグが出されたら、少女は顔を上げた。
やられた、しっかり仕返しをされた。
少女の鼻から、俺の服に糸がぶら下がっている。
鼻水の糸だ。
「ぷっ!!」
一緒に付いて来ている、響子さんとカノンちゃんが吹き出した。
少女が恥ずかしそうに真っ赤になり、少し目に涙がたまっている。
響子さんとカノンちゃんが「しまった!」という表情をしている。
「ふふふ、あいこだなあ」
俺は、少女の鼻水を綺麗なハンカチで優しく拭いてやった。
そして、屋台前に用意してあるテーブルの前のイスに少女を降ろした。
少女は、自分の体の事がわかるのか、ゆっくり良く噛んで少しずつハンバーグと大盛りご飯を食べていく。
「とーさん、お待たせ!!」
少女がハンバーグを食べ終わるのと同時にピーツインの二人が来た。
「さあ、行こう! ……えーーと」
あずさは手を伸ばすと少女を呼ぼうとして困っている。
「あっ、私の名前はイルナです」
「アアアアァァァーーーーー!!!!」
あずさが悲鳴の様な声を出すと崩れ落ちた。
「また、記憶が戻ったのか?」
「ふあぁぁぁーーぁ! ふぁ、は……い、すごく大切な人です。私の大切な……。でも大切という事しか分かりません。イルナちゃん行きましょう。お風呂に入って浴衣に着替えましょう」
あずさとヒマリとイルナちゃんはお風呂に向って走って行った。
あずさのあの言い方なら、どういう関係かまではわからないけど、とにかく大切な人なのだろう。ここで会ったのも運命だったのかもしれないなあ。
「とうさーーん!!!!」
三人の浴衣少女が帰ってきた。
「うん、三人ともよく似合っているよ」
気がつくと屋台村の音楽が、盆踊りの音楽に変って、踊っている人がチラホラいる。
「兄ちゃん!! 綺麗!!」
いつの間にか、イルナちゃんの守っていた子供達が集って来て、浴衣姿のイルナちゃんを囲んでいる。
イルナちゃんは、集っている子供達のほっぺを両手で包んで、おでこを次々合せていった。
この子供達は、イルナちゃんにとって今日まで生死を共にした、血のつながりは無いかも知れないが兄弟だ。
元気なのを確認出来て幸せそうに見える。
「みんな、今日からは兄ちゃんは姉ちゃんだ。皆で美味しい物を食べて遊んでおいでーー」
俺の声を聞くと、子供達はイルナちゃんの手と浴衣をつかんで引っ張った。
お、おいおい、服が脱げそうになって、イルナちゃんのおっぱいが出そうになっとるぞ。
イルナちゃんは手と服を引っ張られて人混みに消えていった。
「ふふふ、とうさんは、俺様の独り占めだぜ!!」
「ふふふ、そうはいきません事よ!」
俺は浴衣姿の、超美少女あずさとヒマリに片方ずつ手を握られた。
だが、俺の心は楽しそうな人々の姿とは裏腹に素直に楽しめていなかった。
「ねえ、とうさん、楽しいのはいつまで?」
不意に、あずさが上目遣いで可愛い笑顔で聞いてきた。
だが、笑顔とは裏腹の残酷なその質問は、俺の心を凍らせる恐怖の質問だった。
こいつ、気がついているのか?
俺の表情を見てあずさは続けて言った。
「こんな楽しい日々が永遠に続くといいのにね。でも夏休み、みたいにきっとはかなく終わってしまうのね」
あずさの視線は楽しそうに、はしゃいでいるイルナちゃんと子供達に向けられていた。
その瞳は、優しく我が子を見つめる母親のような瞳だった。
まさか、あずさは前世でイルナちゃんの母親だったのか?
そんな気がしていた。
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