第三百九十九話 優しい少女
この学校の校庭の中央に組んだステージは、和歌山で使った物の使い回しだ。
スピーカーが高い位置に付いている。
和歌山の時は城の天守に聞かせるためだったが、今回はなるべく遠くまで楽しい音楽を流して、付近の住民に関心を持ってもらおうと考えて付けたものだ。
その効果があったのか、学校は人がまあまあ集っている。
ここの人達は、昼間は農地で働いたりして仕事をしている。
だから、昼間は人が少ないはずだが、まだ陽が高いのに結構人が集っている。
「とうさん、あずさちゃんは?」
ヒマリが人垣の中から俺に気がついてやって来た。
「ああ、あずさなら、お風呂に行ったよ」
「そうですか。じゃあ私も行って来ます」
「うん、わかった」
ヒマリはそのまま行こうとしたが、立ち止まって戻ってきて上目遣いで俺を見た。
「とうさん、とても楽しい。海水浴をして、今日はまるでお祭りみたいです。まだまだ苦しんでいる人がいるのに、こんなに楽しんじゃっていいのかしら」
ここにも一人、心を痛めている子供がいた。
「苦しんでいる人の事は、とうさん達大人に任せるんだ。子供は楽しんだらいいのさ。精一杯楽しんでくれ。心から楽しんでいる人の姿を見れば、ここで苦しんできた人も同じように楽しめるというものだ」
「はい! とうさん……私は、とうさんと一緒に暮らせてとても幸せです」
ヒマリの横には、黒いメイド服の幼女がいる。
しかも、猫耳、尻尾付きだ。
珍しく、姿を隠さずにアドがヒマリの護衛をしてくれているようだ。
「ニャ、ニャッ、ニャー、ニャッ、ニャー!!」
アドが何かを言ったが猫語だった。
おーーい、お前、日本語忘れとるぞーー!
そして、何を言ったかまるでわからーん。
ふふふ、まあ楽しそうだからそれでいいか。
それだけ言うと、二人は真っ赤な顔をして全力でお風呂に走って行った。
「八兵衛さん、ありがとうございます。ヒマリには一生の思い出になる夏休みかも知れません」
二人と入れ替わるように、響子さんが横に歩いて来た。
そして肩が触りそうな位の距離で話しかけてきた。
ひーーっ、おっ、恐ろしく美人だ。
俺みたいな豚男が、こんなに近距離で見ていいものだろうか。
「……」
「あら、どうかしましたか??」
しっ、しまったーー。我を忘れて見つめてしまったー。
どうするかなー。
「い、いえ。ふふふ、子供の頃の夏休みのことを思い出していました」
口からでまかせだが、何とか誤魔化せたかな。
「そうですか。八兵衛さんの思い出の夏休み……知りたいですわ。教えて下さい」
あっかーーん!!
俺には思い出の夏休みなんかありません。
一人で過ごした夏休みは、ただただ、なげーばっかりの休みでした。
すごく、無駄に過ごしました。
「えーぇーとー……」
「お母さん、抜け駆けは無しですよ」
カノンちゃんが少し、眉をつり上げてやって来た。
た、助かったー。
カノンちゃんナイスタイミング。
つーか、母親の響子さんの血を受け継いでいる為か、この子も滅茶苦茶美人だ。
今は、美少女だが、成長すればもっと美人になる。見たから間違いない。六年後が楽しみだ。
「カノンちゃんも楽しんでいますか?」
「はい。とても楽しいです。夜は盆踊りをするそうですよ」
「ほう、じゃあ、浴衣姿が見られると言うことですか?」
「はっ!! 私達もお風呂へ行って来ます」
親子の声がそろった。
そして、響子さんとカノンちゃんは、そそくさとお風呂に向った。
「ふふふ、浴衣で八兵衛さんを誘惑しないと……」
え、今、誘惑とか聞こえたけど……まあ気のせいか。
「さて、俺達はまた街へ行こう、助けを待っている子供がまだまだいるはずだ」
「へい!!」
原田の子分が明るく返事をした。
「まってーー!!!!」
さっきの子供達のリーダーが走って来た。
可愛い女の子の服を着せられている。
髪はボサボサだったので、わからなかったが綺麗になおすと肩まである。
こうすれば俺でもわかる位には可愛い女の子だ。
「どうした。お腹が空いているだろう。向こうの屋台で好きな物を、お腹一杯食べてくるんだ」
少女は一瞬屋台を見たが、首を振った。
「俺も行きます。その方が子供を探せると思います」
「えっ」
「ふふふ、俺達は縄張りがあって、時々喧嘩をしていたんだ。だからいくつか他の子供達の縄張りを知っています」
その言葉を聞いて、俺は少女を抱きしめてしまった。
「きゃあぁぁぁーーーーっ!!」
「あっ、悲鳴はかわいいなあ」
悲鳴で俺は、我にかえって少女を離した。
「とうさん、『悲鳴は』ってなんですか。全部可愛いでしょ! それにセクハラです!」
あずさが怒っている。
「すまん、すまん、許してくれ! とてもうれしくてなあ。この子が余りにも優しいからよう、くっ……、自分のお腹もペコペコのくせして、それを我慢してまで苦しんでいる子供を助ける事を優先してくれたんだ。その心がうれしくて、つい……」
この少女の腹ぺこ具合は尋常じゃ無いはずだ。
目の前のご馳走を食べたくないわけが無い。
それを我慢してまで、敵だった子供を助けようだなんて、俺にだって出来るかどうかわからない。
それに、どう見たって小学生だ。
俺は泣きそうになっていた。やっとギリギリ我慢が出来ているといったところだ。
「あーあー、せっかくの新品の服がとうさんの鼻水で台無し!! 着替えなきゃ!!」
うおーーっ!!
涙は我慢出来たが、その涙が鼻に行って大量の鼻水になっていた。
すでに服に付いていたとは、不覚。
「いいよ、時間がもったいない。皆に、夢のようなご飯がお腹一杯食べられることを早く教えてあげなきゃ」
そういうと、少女は俺の手をつかむとグイグイ引っ張った。
俺は、少女に近づくと背中に手を回し、お姫様抱っこという状態にした。
「キャッ」
小さく悲鳴を上げて、真っ赤な顔になった。
「すまんな。この方が早い」
俺は、少女を胸に抱き走りだした。
もちろん、もっと速く走れるが原田の子分を置いていくわけにも行かないので、子分達が見失わない程度に先を急いだ。
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