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第三百九十一話 喧嘩上等

「さあ、わかったのなら、私にキャベツと玉子とお米をよこすんだ。ボヤボヤするんじゃ無いよ。下民のクズ共が!!」


 残虐大臣のご夫人略して残虐夫人が、調子を取り戻して言いだした。

 ユキちゃんのお母さんが、苦笑しながらキャベツを一玉差し出した。


「どうぞ!!」


「バカなのかい、この女は!! 十個位よこすんだよ!!」


「おい、おいっ! そんなにどうするつもりなんだよー!」


 残虐大臣が残虐夫人に、とうとう突っ込みを入れた。


「そんなの決まっているじゃ無いか! このまわりの店ならどこでも買い取ってくれる。転売するんだよ」


 すげーおばさんだなあ。常識ってものがすっ飛んでいるようだ。

 いや、政治家やお金持ちの考え方はこんな物なのだろう、そもそも常識が違うのだ。

 底辺で生活する人間の中に入って、自分勝手をするのは大体こんな感じの人達だった。


 そういえば昔、米が買い占められて店から無くなり、高いお米を買わされることがあった。きっと買い占めるのはお金持ちなのだろう。

 少なくとも俺は買い占めるお金が無かったなあ。

 あの時も底辺の貧乏人は、高い米を買いやがれって感じで政府は何もしなかったなあ。米はせめて十キロ、三千円以内で買えるようにしてくれと願ったもんだ。

 どうやら、上級国民の御貴族様というお方達は俺達底辺の人間とは、まるで考え方が違う人種のようだ。


「ゴミ共に渡すキャベツがあるなら、上級国民の私がもらった方が、価値があるってもんだろう。お前達ゴミ共にはそれがわからないのかい」


「おい、大臣すまないが、奥さんを家まで送ってやってくれないか。まわりの人達の顔を見てくれ、そのうちマリーアントワネットのように殺されかねない」


「わ、わかった」


 さすがの残虐大臣も、まわりのご婦人達の怒りの表情を見て察したようだ。


「八兵衛さん、政治家の方々は私達底辺に生きる者のことを、ゴミとかクズとか考えているのでしょうか?」


「ふふふ、悲しいけれど、そうなんだろうなあ。今まであってきた政治家は全員そうだった。生きる世界が違うようだ。もう既にあの方達は、お貴族様か何かなのさ。底辺に生きる人の事などどうでもよくて、自分たちが贅沢するためなら、底辺の人間は犠牲になれば良いと考えているようだ」


「うふふ、それで私達はこんなに飢えているのですね」


「くやしいけれど、まあ、そうですね」


「うふふ……ふっ……」


 ユキちゃんのお母さんは笑いながら大粒の涙を流し、ペタンとすわりこんでしまった。

 そして、両手を地面に付けると、子供のように声を出して泣きだしてしまった。

 それも仕方が無いだろう。ユキちゃんのお母さんは、政治家様のせいで、かわいい娘を残して死にそうになっていたのだから。

 もし俺達が出会うのがほんの少し遅かったら、間違いなく死んでいたはずだ。

 そうなれば、間違いなくユキちゃんも死んでいたはずだ。


「わた……私達は……なぜこんなに我慢をしないといけないのですか? いつまでこんなに飢えていないといけないのですか? 教えて下さい八兵衛さん!!」


「ふふふ、お母さん、ここまでよく頑張ってくれました。感謝しか有りません。そして、ここにいる皆さんも良く耐えてくださいました。この八兵衛が来たからには安心して下さい。必ず救い出します。そのために八兵衛はここへ来たのですから」


「はちべえさーーん、わああーーーー!!!! うっうっうっ……」


 ユキちゃんのお母さんは、一人で苦労をしてきたのだろう。

 そしてずっと心細かったのだろう。俺なんかに、すがりついて泣きだした。

 ユキちゃんが心配そうにお母さんの背中に顔をうずめた。

 何かは良くわかっていないようだが泣いている。

 いや、幼いユキちゃんでも何かを感じ取っているのだろう。

 屋台の前に並ぶ婦人達の中からもすすり泣く声が聞こえる。




「ひゃあーはっはっは!!!! くそがっ!!!! 威勢がいいじゃねえか! 八兵衛さんとやらよう!!」


 昨日あいさつに行った、親分さんが来たようだ。

 少し腹を立てているようだ。まわりの人達すべてに緊張が走った。

 今のこの街では、最強の存在だ。こいつらに逆らえば、何をされても文句は言えない。


「ほう、もう一つの御貴族様が来なすったようだなあ」


「てめー、何を訳のわからねえ事を言っていやあがる! おい! てめーの利益を全部納めるってえ話はどうした」


「ひひひひっ!!!!」


 一緒に来た子分達が笑っている。

 どいつもこいつも、人を怖がらせる嫌な顔をしている。

 十人くらい連れている。


「全部渡してやりてえのは山々なんだが、昨日と今日は開店記念の無料デーなんだ。売り上げはゼロだ」


「なめているのか!! 野郎共、キャベツと玉子と米を差し押さえろ!!」


「は、はは、はちべえさん!!」


 ユキちゃんのお母さんが俺にしがみついたまま、体がガタガタ震えだした。

 どうやら、こいつらの酷い暴力を知っているようだ。


「心配いりませんよ。この程度は日常茶飯事です」


 はー、言っていて情けなくなる。

 こんなことが日常茶飯事とは、せっかくの日本人の心が腐ってしまう。

 俺は、安心させるためユキちゃんのお母さんの体をギュッと抱き寄せて密着した。


「くそー!! ねえ!! どこにもありません!!」


 当たり前だ、俺の許可のある者にしか出せないんだよ。

 うちの屋台と冷蔵庫は優秀なんだ。ちゃんと知能がある。


「馬鹿野郎、良く探しゃあがれ!!!!」


「ふーー、やれやれだぜ。俺はあんた達ヤクザ者も、消費税と考えている男だ。隕石騒ぎの前なら支払う事もしょうがねえだろう。だがなあ、こんな世の中になったら、あんた達は助ける側にならねえとなあ。東北の大震災の時にあんた達のお仲間が、ボランティアをしていたというのを聞いた事がある。感動したもんだ。それがよう困っている人達から、法外な利益を取って市民を苦しめていちゃあ本末転倒だ。政治家様に苦しめられ、お前達にまで苦しめられたら、貧しい生活をする市民は生きていけねえ。貧しい市民を苦しめて食うご馳走はうめえのかなあ」


「やかましい!!!! 屋台をぶち壊して、この豚をだまらせろ!!!!」


「それは、この八兵衛に喧嘩を売っている、ということでよろしいのですか?」


「当たり前だーー!!!! ぶち殺して、豚の丸焼きにしてやる!!!! 野郎共やっちまえーー!!!!!!」


「おおおーーーう!!!!」


 腕まくりをして、子分達が走って来た。

最後までお読み頂きありがとうございます。


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